早乙女さんは遠きにありて思うもの
「ミオさん」
「なんだい松友さん」
ひととおりの調理を終えた俺はミオさんと食卓についていた。テーブルにはできたての料理が並び、寒さが混じりだした十月末の夜にぬくもりを与えてくれている。
「俺たち、何をしようとしてたんでしたっけ?」
「ジャック・オー・ランタンを作って、その中身で晩ごはんを作ってたよ」
「そうでしたね」
「うん、おかげでこんなにおいしそうなものができたんだよね」
「白いご飯、鶏もも肉の柚胡椒風味に千切りキャベツ、だし巻き卵、それにお豆腐とキャベツのお味噌汁ですね」
「おいしそー」
たいへんに和風で健康的な香りがしている。ひとつだけ疑問があるとすれば。
「カボチャはどこに行ったんでしょうね」
「……遠いところ、かな」
「遠いところなら仕方ないですね」
「…………」
「…………」
「仕方ないよね」
「そうですね」
――三十分前――
「これがランタンを作るためにくり抜いた中身ですね。いつも食べてるカボチャよりも繊維質で、さっぱりした味のカボチャです」
「味が違うんだー」
ランタン作りを終えて台所へ移動した俺たちの前には、ボウルに収められたオレンジ色の果肉の山。カボチャ特有の甘くてちょっと青臭い香りは、どうやら万国共通らしい。
ベランダでは乾燥中のランタンが丸い目でじっとこちらを見つめている。
「けっこう違うみたいですよ。欧米では、こんなふうに皮がオレンジ色のカボチャだけを『パンプキン』と呼ぶんですよね」
「普通のカボチャは『スクワッシュ』だもんね」
「向こうでよく食べてるのはペポカボチャっていう種類らしいですよ」
「ペポ」
カボチャは英語で『パンプキン』だと思われがちのところ、実際は『スクワッシュ』の中の一部をそう呼んでいるにすぎないらしい。馴染み深いところだとズッキーニなんかもカボチャの仲間だから『スクワッシュ』に含まれる。
「俺たちが日本でよく食べてる緑の皮でねっとりしたのは、西洋カボチャって呼ばれてる種類です。アジア生まれの日本カボチャが使われるのは本格的な和食くらいですね」
「へー!」
「西洋からやってきたから西洋カボチャなわけですけど、西洋ではもうあんまり作られてないみたいで。今では日本人が一番作って食べてる状態になってるんです。だから西洋では西洋カボチャのことを『ジャパニーズ・スクワッシュ』、またはストレートに『カボチャ・スクワッシュ』って呼んでいるんですよ。日本のカボチャ、ってことですね」
「え? 西洋が日本で西洋に、え?」
「シンプルに言うと、日本のカボチャは西洋から来た西洋カボチャだけど西洋では日本から来た西洋カボチャが日本カボチャと呼ばれているんですよ」
「………………へー」
ミオさんが首を傾げて固まっている。たぶんお仕事中ならこのくらい余裕で処理できるのだろうが、夜モードの今では脳が思考を拒否したのかもしれない。
「つまりだけど、松友さん」
「なんでしょう」
「これ、おいしいの?」
「おいしいそうですよ」
ボウルに収められたオレンジの実を、ミオさんはマジマジと見つめている。
「おいしいならいいよね」
「おいしいならいいですよね」
真理である。
「どうやって食べるの?」
「スプーンでかき出してバラバラですからね。欧米にならって、まずはカボチャのペーストにしてみましょうか」
ボウルにラップをし、電子レンジへ。五分ほど加熱すれば菜箸が通るくらいまで柔らかくなるはずだ。昔なら蒸したり少なめの水で茹でていたところ、これだけで済むのだから最新の家電は偉大だ。
「おー」
「潰して裏ごししてペースト状にしたのを、パイやパスタに入れて食べるのが向こうの定番みたいです。あとはスムージーにしたりとか」
「流行ってるよね、スムージー」
「よく見かけますよね。青汁をわざわざグリーンスムージーって言ってたり」
「筋トレしながら飲む人が増えてるんだって」
スムージーというのは野菜や果物に牛乳を混ぜ、ミキサーで均一にした飲み物だ。作り方によっていろんなバリエーションがあり、たいていは濃厚で素材の味を楽しめるものになっている。
そんなスムージーを筋トレしながら飲む。汗をかきながら濃厚カボチャテイスティ。
「しんどくありません?」
「私もそう思う」
「運動後なら分かるんですけど。プロテインみたいな」
「飲んで筋トレして飲んで筋トレして飲んで筋トレするんだって」
「最新のトレーニングは不思議ですね……」
「ふしぎー」
そんな話をしている間にレンジがチンと鳴る。ボウルを取り出して粗熱をとり、ラップを外すと甘い香りがふわっと立ち上った。
「ふぁー」
「秋から冬への香りですねぇ」
「だねぇ」
「これをねっとりするまで潰して裏ごしすればカボチャペーストの完成です。調味料は使う時に入れるので、今はこのまま使います」
「へー」
「お塩を少し入れるだけでもけっこう美味しかったりしますよ」
「すごいいっぱいできそうだけど、食べ切れるかな?」
「潰したらかなり縮みますよ? いってもカボチャ一個分ですし。明日に土屋と村崎も来た時に使う分が七割、今日食べるのが三割くらいかな?」
火を通し、潰した野菜は思った以上にかさが減る。ちゃんと計算しないと明日のパーティで足りなくなってしまうだろう。
頭で配分を考えていたら、身体がくいと傾いた。ミオさんが俺の袖を引っ張っている。
「ねえねえ、私もやってみていい?」
「…………ああはい、もちろん」
「松友さん」
「はい」
「今、なんで間が空いたの?」
「日本がまた野球で世界一をとれる日が来るのか、遠い空に思いを馳せていました」
「とれるよきっと」
以前、ミオさんが卵酒を作ろうとして生卵入り日本酒を一気飲みし、そろばん(納豆)で会社の危機を救おうと奮闘した日のことを思い出して心配になったが。さすがにカボチャを潰すだけで会社も潰れることはないだろう。
ミオさんも自覚と自信あってのことのようだし。
「では、まずはこのヘラで潰してください」
「こう?」
「そうそう」
レンジで火を通したカボチャなら、非力な女性でも十分に扱える。ミオさんは粘土でもこねるようにカボチャをペーストに変えてゆく。
「ヘラも刺さらなかったらどうしようって思った」
「さすがに生活に支障がある筋肉不足なので、スムージー飲みながら筋トレしてもらうところですね」
「刺さってよかった……」
「ある程度潰れたら、こっちを使います」
「ザル?」
「裏ごし器ですね」
見た目はどっちかと言えばザルより粉ふるいだと思うが、そっちはパッと出てこなかったらしい。
「専用の道具があるんだ……」
「前に作ったプリンとかにも使っていたんですよ。あるとないで口当たりがだいぶ違いますから」
「へー!」
「この裏ごし器をお皿の上に置いて、網の上にカボチャを乗せて下に押し出します」
「あ、すごい。むにむにする」
「これを全部やったらペーストの完成ですよ」
「私がやる!」
「じゃあ、おまかせしていいですか? 俺はリビングの方を掃除してくるので」
ランタン作りの工房と化したリビングの片付けも全ては終わっていない。床に敷いた新聞紙くらいは食事前に処分したいし、ミオさんに任せられるのは助かる。
「わかったー」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ミオさん、どうですかー?」
新聞紙をごみ袋につっこみ、床や壁に汁の汚れがないことを確かめて台所に戻る。十分弱が経ったし、もうできている頃だろうか。
「できたよー」
ちょうど終わったところのようだ。ボウルの中身は綺麗に空になっている。
しかし、おかしい。なんかおかしい。
「ミオさん」
「うん?」
「ペースト、少なくありません?」
皿の上に乗っているペーストは、たしかにきっちり裏ごしされて美味しそうに出来上がっている。おかしいところは特に無い。
ベランダでこっちを見ている大きなランタンの中身にしてはえらく少ない点を除けば。
「潰したら縮んだんだよ」
「そうなんですか」
「生命の神秘だね」
すでに熱で死んでいるが、そこはとりあえず置いておく。
「ちなみにミオさん、マンガや小説って読む方でしたっけ?」
「たまに読むけど……?」
「じゃあ見たことあるかもですね」
「何を?」
「つまみ食いしたら、口の横に食べかすがついててバレるってお約束の展開を。あれって現実にもあるんですね」
「えっ、うそ!?」
慌てて口元に手をやるミオさん。口の横をなでで指先を確認するが、そこには何も付いていない。
「ええ、嘘です」
「あ」
「だがおマヌケは見つかったようですね」
「その奇妙な冒険なら、私も読んだことあるよ……」
「ミオさん」
「はい……」
「おいしかったですか?」
「えっとね、松友さん」
「なんでしょう」
「お塩もいいけどバターが一番だったよ」
「よかったですね」
「ごめん……」
そこはミオさんらしいというか、きっちり七割は残してあったのでパーティぶんは足りるだろう。かくして、カボチャは順当にハロウィンの日に食べる運びとなった。俺だけは。
「俺としても初めて使うカボチャなので、おいしくなかったり量が少なかったりする可能性は考えていました。そんなときのための晩ごはんの材料は揃えてあります」
「えらい」
「なので、今夜のご飯は鶏もも肉の柚胡椒に千切りキャベツ、だし巻き卵、お豆腐とキャベツのお味噌汁です」
焼けばいいだけのメインに、粉末のだしを使えばすぐ作れる二品。こういう時の備えにはピッタリだ。
「松友さん」
「なんですかミオさん」
「怒ってる?」
「ちゃんとごめんなさいしたから、怒ってないですよ」
「そっか」
「そうです」
「じゃあ、これは?」
「ミオさんの健康を気遣った、俺の真心です」
アブラナ科アブラナ属の多年草で甘藍とも呼ばれる葉菜、つまりキャベツは偉大な野菜だ。豊富な栄養、甘みのある味わい、十分な繊維質で、低カロリーながら満足感を演出してくれて腸にもやさしい。品種改良の末にこれを生み出した先人はまさしく偉人と呼ぶにふさわしいだろう。
そんな人類の叡智を、ミオさんには少し、ほんの少し多めに提供しておいた。
「キャベツしかみえない……お肉がない……」
「じゃあ、夕食にしましょうか」
「千切りキャベツの富士山とキャベツ九割のお味噌汁……」
「いただきまーす」
「うぅぅ……いただきます……」
涙目でもさもさとキャベツの山を崩していくミオさん。さすがに今回ばかりは少し反省してもらわないと困る。
だからミオさんのぶんの肉を出してあげるのは、もう少し後にしようと思う。
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50,000ptを!!!
達成しました!!!!
ありがとうございます!!!!!
地獄の四国出張が終わり、仕事の方も少しずつ余裕が出てくる(はず)なので、12月くらいから少しずつ更新ペースも戻していけると思います。これ何度も言ってる気がするから信用なくしてそうですけどがんばります。
こんな感じでミオさん松友さんサイドはひと段落。次回は土屋・村崎サイドに入ります。





