早乙女さんは刺さらない
十月も後半になれば朝晩は冷え込んでくる。朝に淹れるホットコーヒーを少し熱めにしながら、俺はミオさんの鼻歌を聴いていた。少し前に流行った映画の主題歌だったろうか。
「ご機嫌ですね」
「そう見える?」
「何かいいことでも?」
「上期の決算報告が出たのよ。増収増益、利益率も上々。そろそろ他地域に手を広げることも検討されているみたい」
「東京の外にですか。へえ、どの辺まで?」
「そこは社外秘だから……。でも、たぶん来年には動き出すんじゃないかしら」
ミオさんの会社の業績は好調らしい。しかし外に支社なり支部ができるとなれば、当然そこに配置される人員も必要になるわけで。
「ミオさんがそっちに行く可能性もあるんですか?」
「私から希望すれば分からないけど、こっちの案件がまだまだ残ってるしね。まずはそっちを片付けてからでないと。マーケターだってプロジェクトチームの一員、そう簡単には入れ替われないわ」
「なるほど……。そういう姿勢が敏腕マーケターたる所以ですね」
「そ、そう褒められると気恥ずかしいわね。でも、ありがと」
少し厚めなアイメイクの、刃のような眼差しを綻ばせてミオさんは新聞を畳んだ。そろそろ出勤の時間か。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。今日は帰ったら……」
「ええ、ハロウィンの準備ね」
「はい、ではお気をつけて」
こうしてミオさんを見送る生活も、もうすぐで五ヶ月。十二月には半年を迎えるわけだけど、クリスマスの前に何かしてみるのもいいかもしれない。
「さて、そろそろ衣替えも終わらせないといけないかな」
掃除に洗濯といつもの家事を終わらせて、自分の家の水道料金を払い忘れて百円増しの再請求ハガキが来ているのに気づいて割と凹んで。
ミオさんの家に戻って、『準備』をして。待つこと数十分、少し早めの午後五時に玄関のチャイムが鳴った。
「ただいまー……?」
「はい、おかえりなさい」
「あ、よかった……」
「今日もちゃんといますよ」
「いつもと時間がちがうから、忘れられてたらどうしようって」
「それ、誰もいないのにチャイムを押したらドアの鍵が開いたことになりませんか?」
「…………はっ」
「やめましょっかこの話」
今夜ミオさんが眠れなくなってしまう。それよりもっと楽しい話をしよう。
「あ、そうだカボチャ!」
「ええ、準備できてますよ」
今夜のメインイベント。それはハロウィン前の必須工程。作業場所はリビングに準備してある。
ミオさんのカバンを預かり花粉をブラシで落としたら、ふたりでリビングへ一直線だ。
「あ、すごい。新聞がいっぱい」
「けっこう飛び散るそうなので、スペースを広めにとりました」
「そうなんだ?」
「ミオさんも汚れてもいい服とエプロンに着替えてくださいね」
「わかったー」
ぱたぱたと寝室へ消えるミオさんを見送り、昼に支度したリビングをぐるりと見渡す。そこはソファとプロジェクターとぬいぐるみたちのリビングではなく、床一面に新聞紙を敷き詰めた工房だ。
その中心に鎮座するのは大きめのスプーンに包丁やナイフ、皿に絵の具。そして本日の主役の黄色いカボチャ。
「ジャック・オー・ランタンって初めて作るよ……!」
「俺もですよ。ミオさんがやりたいって言ってくれたおかげです」
「松友さん、作り方ってわかる?」
「予習はしました。こんな感じで」
「あ、かわいい!」
練習がてら、普通のカボチャで作ってみたランタンを手渡す。ミオさんの両手にすっぽり収まるミニサイズだ。大きめのひとつ窓からロウソクの光が漏れている。
「こうやって上のとこに穴を開けてですね、スプーンで中身をくり抜くんですよ」
種と中身を取り除いて、最後にナイフで光を出す穴を開けてやれば完成だ。工程がシンプルで特別な道具もいらず、食べ物もムダにならないのが広く親しまれているゆえんかもしれない。
「松友さん上手だねー。私もできるかな」
「ゆっくりやれば大丈夫ですよ」
「こっちの大きいのは、ただの窓じゃなくて顔を作ればいいんだよね」
「どんな顔にします?」
「んー」
ミオさんは床に置かれた黄色いカボチャと手元の緑のカボチャを見比べて。
「あ」
「ぬいぐるみの顔はかなり難しいと思いますよ?」
「ま、まだ何も言ってないよ!?」
「ではなんと言おうと?」
「……あーちゃん作りたい」
「そうですね。いろんな見本をプリントアウトしておきましたんで、参考にしてください」
「なんか松友さんがつめたい……」
「ミオさん」
「え?」
「やれば、わかります」
まずはカボチャの頭、フタになる部分を開ける作業だ。そこから手を入れて中身を取り出すので、ちょっと大きめに開けたほうがいい。包丁をそっと手にとったミオさんは、その先端をカボチャのおでこにあてがった。
「松友さん」
「なんでしょう」
「……硬くて刺さらない」
「俺がやりますよ」
大きいカボチャは皮も厚い。大根の頭を落とすようにはいかないので、大きめの包丁を何度も突き刺して切れ目を丸く繋ぐようにして穴を開けてゆく。
腰のいる地道な作業の末、オレンジ色の中身が顔を出した。
「おー」
「練習に使ったやつより鮮やかな色してますね。さすが本場仕様」
これは食用だが、ランタン作りに向いた観賞用カボチャというのもあるらしい。中身がほとんど空洞で、種だけ除けば顔を彫るだけなんだとか。
今回はせっかくなら有効活用したいと思って食用のペポカボチャを買い求めた。どんなものかと思っていたけど、これはなかなか味も美味そうだ。
「これをスプーンでかきだすんだね。よーし」
「それでくり抜く時なんですけど……」
俺が言う前に、ガッと鈍い音がした。ミオさんが右手を抑えてぷるぷると震えている。
「刺さらない……」
「……ほどよく硬いので、勢いよくつっこむと反動がありますよと言いたかったんですが」
「ふふ、身をもって学んでこその知識なんだよ……」
「女性の握力だと大変ですから、まずは持ち手にタオルを巻きましょう」
出鼻こそ挫かれたが、慣れてくれば楽しい作業だ。疲れるたびに交代しながらゴリゴリと少しずつ中身を皿に移してゆく。中身を出し終えると、いよいよメインともいえる顔つけだ。
まずはナイフで小さめの穴を開け、それを好きな形に広げていくのがコツだ。
「松友さん」
「はい」
「やっぱり刺さらない……」
「これをあーちゃんの顔に仕上げる難易度たるやですよ」
「お仕事で触ったマキ●の小型チェーンソーと電動ドリルがあれば……」
「今日はないのでシンプルに行きましょう。はじめてで無理は禁物です」
うっかりすると顔を作るどころか、目と口が繋がって巨大な一つ目のランタンになる。今はテーブルに移動した練習用ミニランタンを横目に、俺はミオさんからナイフを受け取った。
「最初の穴は開けますから、広げて好きな形にしてくださいね」
「そうする」
かくしてランタンは完成した。ジャック・オー・ランタンといえば不気味なにやけ顔が定番のところだが。
ミオさんのこれはまん丸い目に真四角の口をしている。
「面白い顔ですね。モデルとかあるんですか?」
「大豆とお豆腐」
「大豆、アンド、お豆腐」
「目の丸いのが大豆で、口がお豆腐」
「その発想はありませんでした」
「お豆腐は関西弁で『ほないこかー』とかしゃべるよ」
「親しみやすそうな設定ですね」
ちょっと大豆を食べてもらいすぎたかもしれない。そんな反省は少しありつつ、これで皮の準備はできた。
「あとは中身の黄色いとこと、種だね」
「今日に食べるぶんと明日に食べるぶんに分けて、料理に入りましょう」
いつもは月の残業時間が15時間くらいの職場なのに、ここ2週間半で残業36時間。祝日あったのに。なぜだか分からない黄波戸井ショウリです。
更新ペースもこの通りで申し訳ない限りなんですが、それでも皆さんのおかげで5万ptの大台が見えてきました。さらに感想も1000件が近づいています。1000件めで「5万ptおめでとう」と言ってもらえるよう、できる限り続けていきます。仕事さえ落ち着いたらペースも内容ももっと濃くできるはず……!
ちなみにランタン作りはカナダでの経験を元にしています。目と口が繋がってスエゾー(モンスターファーム)みたいになった奴もいたりしてけっこう楽しかった。私じゃないぞ。





