早乙女さんは育てたい
https://twitter.com/39wdc/status/1139846647930707970
↑ファンアート! いただきました!!
第6話の黒い悪魔との戦闘シーンです。下着です。Gです。
「ここは……」
さきほどのぬいぐるみ専門店やブティック、クレープ屋が並ぶファンシーな通りから一本ずらした場所。もう少し俗っぽいというか、いかにも若者の街らしい場所の一角にそれはあった。
ゲームセンター『ヴァンパイア』。
新機種そこそこ、古い機種いっぱいな古めの佇まいは、町並みからほんの少し浮いている気がしないでもない。それでも地域に根付いた娯楽施設は休日を楽しむ人たちでにぎわっている。
「あの時のゲーセン、こんな近くにあったのか」
「知ってる場所なの?」
「ええ、前の職場の同期と後輩で来たことがありまして」
後輩があまりに真面目すぎるからと、三人でお客のところに顔出した帰りに同期が引っ張っていったんだったか。
前の職場の数少ない楽しい思い出……でもない気がする。
「どうしたの松友さん。顔が般若みを帯びているわよ」
「ちょっといろいろ思い出しまして。思い出してしまいまして」
はじめは良かった。仕事中に遊ぶのは抵抗があったが、なにしろ朝から終電まで働かされる会社だ。少しくらいの息抜きなら、と俺も賛成して踏み込んだ。
クレーンゲームで後輩にぬいぐるみをとってやったり、同期とパンチ力を比べたり。二人プレイのシューティングで誰を余らせるかケンカしたり。
「仲が良かったのね。いいめぐり合わせじゃない」
「ええ、童心に帰った気分でしたよ。うちの社長が、見知らぬ女性とプリクラから出てくるのに鉢合わせるまでは」
「……いいめぐり合わせじゃない」
「まつ毛をバッチリ盛れる機種でした」
髪の毛を盛れる機種が無かったんだろうなー、きっと。
「それで、どうなったの?」
「どうもなりませんよ。お互い『やっべ』って顔で数秒見つめ合って、何事もなかったかのように別れました」
「大人の対応ね」
「帰ってきた童心はどこへ行ったんでしょうね」
おかげで限りなく微妙な空気のまま、告発すべきか本気で悩んでる後輩にソフトクリームを渡して考えさせないようにしつつ会社へと戻る羽目になった。
そもそも二年目二人と一年目一人でお客のところに、ってところからちょっとおかしい日だった。何もかも狂っていたのだろう。そうとでも思わないとやっていられない。
「ちなみにひとつ聞いてもいい?」
「なんでしょう」
「後輩の子にあげたっていうぬいぐるみ、どれかしら」
ふむ。
「ぬいぐるみ好きとして気になりますか」
「まあ、そんなところね。専門店で買えるようなものでもないでしょうし、どんなのがあるのかは軽い興味があるかも」
軽くない。ものすごい見てる。俺と話してるけどゲームセンターの方ガン見してる。『ヴァンパイア』にあんな視線送る人、ヘ○シングのハンターしか見たことない。
まあ、あまりゲームセンターに来るようなタイプでもないだろうし、こういう機会でないと入ることもないのだろう。
「行ってみますか、戦場へ」
「そうね。ちょっとだけ」
ミオさんをともなって店内に入ってみれば、あの日と変わらない電子音の激流が辺りに満ちあふれている。辺りを見回して案内板を見つけたミオさんがその下の方を指さした。
「クレーンゲームよね? なら一階だからその辺のはず」
「ですね。ただプライズ品ですからねー。あれも一ヶ月近く前の話ですし、まだ同じものが残ってるかは……うっわ、すごいくたびれてる。氷河の冬を乗り越えたサーベルタイガーみたいになってる」
結論から言うと残ってはいた。
景品として成立するギリギリ下限、色が褪せて少しほころんで毛もパサパサになった、あまりに哀れな状態での再会だったが。
「あれは猫、よね? 紫色の。チェシャ猫かしら」
「たぶん関係のないオリジナル品でしょうね。あの会社の版権はいろいろ面倒ですし」
傷ついたぬいぐるみの姿に、ミオさんは筐体のガラスにへばりついて小さく震えている。
「どうしてあそこまでボロボロに……育児放棄じゃない、あんなの」
「ミオさん、ぬいぐるみは育ちませんよ目を覚まして下さい。あれはですね、ゲームセンターの作戦に使われて戦場に取り残されてしまった歴戦の戦士なんです」
「作戦?」
「長くお金を回収するためにめちゃくちゃ取りづらくしたら、取りづらすぎて余っちゃって客が寄り付かなくなったやつですよ」
「法律的にどうなのかしら、それ……」
そこはそれ、暗黙の了解というやつだ。古参は口をつぐみ、新参はカモにされる。場末のゲームセンターに定められた掟は時に法律に勝る。
「さすがにあれは取っても仕方ないですねー。次のお店でいいのを探しましょう」
これをいくらになるかも分からないお金を出して取るのはちょっと抵抗がある。
もともと出来のいいわけでもない安物だろうし、ぬいぐるみにこだわりのあるミオさんにとっては関心の外だろう。
「ぐえっ」
そう思い、その場を離れようとした俺の身体がつんのめった。
袖が固定されている。
「あの子にする。あの子がいい」
俺の袖をホールドしている年上のお姉さんは、捨て猫を見つけた小学生の目をしていた。
「……本気ですか?」
「あの子は私が育てる」
「育ちませんよ」
一応言ってみるがミオさんの視線は紫の猫に釘付けのまま動かない。これは止めてもムダか。
「分かりました。やり方は分かりますよね」
「ええ、この出会いが運命だってことを証明してみせるわ」
「一発で取る、とかそういう意味の宣言なんですね。理解しました」
悲壮な決意を胸に、ミオさんが粛々と両替機に向かう背中を、俺は黙って見送った。
そして、一〇分後。
「運命は残酷ですね……」
「ごめんね……ごめんね……。痛いよね、ごめんね……」
いや、すごいなこの人。
クレーンでぬいぐるみを痛めつけるたびに謝ってるけど、逆にすごいぞ。
https://twitter.com/39wdc/status/1139846647930707970
↑前書きと同じリンクですが。ファンアートです。
黒髪をつやっぽく描かれるセミプロの方で、そのせいかGのツヤもやけにリアルです。是非ご覧ください。





