#19 帰還
二人のお嬢様を抱きかかえたまま、早くみんなの所へ戻る為に急ぎたかったけど、とりあえず二人が落ち着くまでゆっくりと歩いていくことにした…二人は大人しく抱きかかえられていて、歩くのには何の支障も無い。
ただ、さっき追われてたせいでまだ怖いのか、今のこの状況のせいで怖いのかは分からないけど、二人とも俺の頭にギュッとしがみついている…いやまぁ、前は見えてるから歩くのに支障が無いのは間違いないです、はい。
でも、本当に間に合って良かった…お嬢様達が頑張ってくれたおかげだな、うん、偉かったぞ、二人とも。
歩き始めてちょっと、少し緊張が解けてきたんだろう、金髪のお嬢様が控え目に話し掛けてきた…俺の顔を恐る恐る覗き込みながら。
「…あ、あの……」
「…ん?」
「わ、わたくしたちは…助かった…のでしょう、か…?」
「あぁ、うん、そうだよ。二人とも、よく頑張ったな…諦めずにいてくれて、ありがとう」
いや、ホントにね、こんな軽い小さな体でこんな距離まで走って…もう、良くやった!頑張った!としか言いようがないよ…。
「…そう…ですか……たす、かったん…ですね……ふぅぅっ」
「…もう、我慢しなくても……いいぞ?」
「ふぅっ…ふぇっ……ふぇぇぇぇんっ!」
「…ティシャぁ…ティシャぁぁぁ!うわぁぁぁぁんっ!」
緊張の糸が切れたって、こういうことなんだろうな…二人ともその、くりっとした可愛らしい大きめな瞳から大粒の涙を流して泣き喚きだした……もっと俺にしがみついてきながら。
いいんだ、今だけは…子供らしく、目一杯喚き散らしちまえ…。
泣いてる少女達をそのままに、俺は歩き続けた…暫くするとピタッと嘘のように泣き声が止み、その代わりにスゥースゥーっと静かな寝息が聞こえてきた…そりゃ当たり前だよなぁ、あんだけ走って、そして今こんだけ泣き喚きゃ疲れるに決まってる。
起こさないよう静かに歩くことにして、だけど待ってる皆も心配してるだろうから早く戻らないといけないと思って、急いで歩くっていう無茶振りを自分に課して進んでいった。
そんな感じで何とか進んでいたら、遠くに集団が見えてきた…さっきの戦闘跡で皆が待っていてくれてたんだろう、向こうは大丈夫だったんだろうか…戦闘終わりかけで離脱しちゃったしな。
皆の所へ近付くにつれて、何やら飛び跳ねたりしてる人が見えた…あー、アーネ辺りがこっちに気が付いてお嬢様達が無事なことを皆に伝えたってところか…あいつ視力強化とか付いてるしな。
もう大分近くまで来て、こっちも皆を判別出来るくらいまでになった時に、姫達3人と兵士1人、あと執事が走り寄ってきた…迎えに来てくれるとか、嬉しいね。
「ナオ…っ……」
一番最初に俺のところに着いたアーネが、大声で俺を呼ぼうとして途中で止めた…抱きかかえている二人が眠ってることに気が付いたんだろう。
「…ただいま」
「…お疲れっ」
ニカッと笑って俺を出迎えてくれたアーネ…それに続いて、他の人達も側に寄ってきた…けど、声を掛ける前にアーネに止められた、人差し指を口にまで持っていって。
「シーッ」
「「「「………」」」」
皆もそれで気が付いたみたいで、声は掛けてこなかった…代わりに皆も笑顔で俺とお嬢様二人を出迎えてくれた……あぁ、本当に、よかった…皆笑顔でいられることが。
「…まだ疲れてるみたいだから……このままで」
「ん、そうみたいやな…ほな、このまま戻ろか」
起こさないように小声でシータに伝えて、馬車がある所まで皆で戻る事に。
会話すると起きちゃうかもしれないから皆無言だった…皆は俺にいろいろと聞きたいことがあるんだろうけど、俺も皆に聞きたいことがあったんだけど、今だけは誰も何も話さず、ただゆっくりと歩いていった…。
馬車の近くまで来たら、兵士達が喜びの余り騒いでいて、その声でお嬢様二人は目を覚ましてしまった…こんだけ騒がしいと起きるわな、そりゃ。
「ん…あれ…?セバス…?」
「お目覚めですか、ヒナリィお嬢様…。よくぞ…よくぞご無事で……うぅぅ」
感極まったんだろう、執事…セバスさんが堪えきれず嗚咽を漏らし始めた…あー、もう目が覚めたんならセバスさんにお嬢様を渡した方がいいのか。
「二人とも、お疲れ様。ほら、無事に…帰ってきたぞ?」
「んん…あっ…みなさんも、ご無事でしたか……よかった……」
「ティシャお嬢様、我々が不甲斐無いばかりに護衛の責務も果たせずこのような目に合わせてしまい…申し訳、ありません……」
「ミディおじさま…」
「まぁ、何はなくとも皆こうして無事だったんだから、いいんじゃないですか?誰が悪いとかそんなことは」
「…そうだな、貴殿の言う通りだ…今はお嬢様方が無事だった、ただその事実だけで十分だ…」
「そうですね…あぁ、二人とも、もう降ろしても大丈夫?」
「「あっ…」」
「ん?」
「あ、あの…もう少し、このままでも…いいでしょうか…」
「わたしも、まだここがいい…」
おっと、これは随分懐かれた…かな?良かった…まだ怖がられてたらどうしようかと思った…いいとも、好きなだけここにいたまえ、はっはっはっ。
「そっか、じゃあこのままでいいよ」
「ありがとう…ございます……」
「ありがとっ、お兄ちゃんっ」
お兄ちゃん…そういや昨日カティちゃんにも言われたな……やっぱりちょっとくすぐったいな。
ん…?カティちゃんといえば、昨日話してた時友達の名前に二人ともいたような気が……。
(うんー、いっぱいいるよー!ティシャでしょーヒナリィでしょー、それからーロッサにーヒミカー!)
あー、うん、やっぱりいたな…。
「えーっと、そういえば自己紹介もまだだったな。俺はナオト、漂流者で冒険者だ」
「あっ、ごめんなさい。わたくしもごあいさつしていませんでした…わたくし、ティシャルフィータ・ソル・グリュムセリナともうします。ティシャ、とお呼びください」
「あ、そうだった、わたしも…。わたしはヒーナリナリィ・ルナ・リリエンノルン、ヒナリィでいいよっ」
「ティシャにヒナリィ、ね。二人ともよろしく」
「はい、こちらこそ…それと、あの、わたくしたちを救っていただき、ありがとうございました…ナオト…お兄さま」
おっとお兄さまと来たか…元の世界でも呼ばれた事ないぞ。
そもそも様付けされるようなやつじゃないしな、俺。
「わたしもっ、助けてくれてありがとっ、ナオトお兄ちゃん…ううん、ナーくんっ!」
っ!?なーくん………。
(…なーくん、ねぇあそぼうよぉー…)
(…なーくんっ!あれほしいっ!かってー!)
(…なーくん……いっしょに、ねよ……)
あ…ダメだ、これ……不意打ちだ、それは………。
「っ!?あのっ、どうかしましたかっ?」
「ど、どうしたっ!ナオトっ」
「ナ、ナオトはん、どないしたんっ」
「ナオちゃん…どこか、痛いの…?」
「なんで、泣いてるの?ナーくん」
まさか…こっちの世界で、元の世界の娘と同じ呼ばれ方されるとは、思ってもみなかった……。
瞬間的に思い出して決壊した…もう、随分昔の話なのに…でも、だからこそ、もうその名で呼ばれる事は二度と無いと思ってたのに……。
「…ご、ごめん、何でもないよ、ひぃ……」
「ヒィ?……それって、わたしのこと?」
あ…思わず娘の名前で呼んでしまった……。
「あ、いや…」
「ヒィ…うん、いいよ!ナーくんなら、そう呼んでもっ」
「…そう、呼んでも……いいの、か…?」
「うんっ、ナーくんだけ、とくべつねっ!」
「そっか、いいのか…ありがとう、ひぃ」
「うんっ!ナーくんっ!」
似てるわけじゃない、でも、また娘が出来たみたいで…嬉しかった。
ただ、ただ…本当に、嬉しかったんだ……。
「…なんだよナオト、泣いたと思ったら今度はめっちゃ嬉しそうな顔しやがって……」
「…なんや、めっちゃ気になるんやけど……」
「…私もぉ〜、気になるなぁ〜……」
突然涙流して、その後すぐ嬉しそうな顔するとか、誰でも気になるよな…けど、今ここでは説明は出来ないから…いつか、腰を落ち着けて話さないと、とは思ってるんだけど…。
「あ…うん、ごめん……みんなには、その内話すつもりではいるから…今は、ごめん……」
「あ、いや、別にそんな責めてるわけじゃねーんだし…謝るなよ」
「そ、そうや。それに、いつか…話してくれるんやろ?」
「あぁ、うん…そのつもりだよ」
「うん〜、それならぁ〜いいんだよぉ〜」
「あの…ナオトお兄さま、こちらのお姉さま方は…」
あ、そうだよ、姫達もちゃんと名乗らないとダメだろ…この娘達がちゃんと名乗ってるのに。
ティシャが一番お姫様っぽいってどういうことだよ…。
「あ、うん、ほら皆、ティシャとひぃが挨拶してくれたのに、そっちは無いのか?」
「「「あ」」」
いや、「あ」じゃないだろ、「あ」じゃ。
まったく、これじゃどっちが大人なんだか。
「ええと…ウチはシータフィオラシス、ナオトはんと一緒に冒険者をやっとるよ。シータでかまへんよ」
「私はぁ〜、マールオリザロレッタですぅ〜。同じくぅナオちゃんとぉ〜冒険者をやってますぅ〜。マールって呼んでねぇ〜」
「アタイはアーネルミルヴァ、前の二人と同じだよ。アーネでいいぜ」
「シータお姉さまに、マールお姉さま、アーネお姉さま、ですね。ありがとうございます」
「んー…シーお姉ちゃんにマーお姉ちゃんにアーお姉ちゃんかな?よろしくねっ!」
うんうん、これでみんな自己紹介出来た…と思ったら、流れに乗って側にいた執事のセバスさんと、兵士のミディさんも挨拶してくれた。
「そちらのお嬢様方には先程ご挨拶いたしましたが、改めまして…私は、グリュムセリナ侯爵家の執事をしております、セバスチャリアードと申します。皆様、今回は本当にありがとうございました…マール様に至っては、私の命まで救っていただき、感謝の言葉もございません…」
そう言って深々と頭を下げるセバスさん…そうだ、ティシャとひぃを追い掛ける前にマールに任せたんだった。
見たところ普通にしてるからもう大丈夫なんだろう、マールに任せてよかった、後で俺からも礼言っとかないとな。
「い、いぇ…そのぉ〜、私にぃ出来る事を〜しただけですぅからぁ〜…」
「マール殿だけではなく、アーネ殿、シータ殿の助力にも、兵達を代表して感謝を。私も改めて名乗らせてもらおう、グリュムセリナ侯爵家護衛兵を取り纏めている、ミディガルドだ。貴殿にはいくら感謝してもしきれぬ恩が出来たな…」
そっか、俺達を待ってる間に挨拶してたんだ、まぁいきなり割って入ったんだ、説明したりするのは当然だよな。
「いえ、そんな。マールが言った通り自分に出来る事をしたまでですから…。それに、一番頑張ったのは、この二人…ですよ」
「…ナオト殿……」
「わたくしたちは、ただ逃げていただけです…みなさんに、守ってもらうことしかできません……」
「いいんだよ、それで。子供を守るのが大人の役目なんだから、ティシャもひぃも、そのままでいい」
「ナオトお兄さま…」
「あっ、じゃあ、ナーくんはこれからもわたしたちを守ってくれるの?さっきみたいに、「あいすふぇざー!」とか言って」
ぐっはっ!やべぇさっきブチ切れてた時思いっ切り技名とか叫んでたんだった!メッチャ恥ずいぃぃっ!
「なんやの、その、「あいすふぇざー!」とかいうんは」
「…すまん……深くは追及しないでくれ………ティシャもひぃも、頼むからさっきの事は忘れて……」
「あれを忘れてなんて、お兄さまは無茶を言いますね…」
「うん…あんなこわい思い、そうかんたんには忘れられないよ……」
あ…そうだよ、二人にとっては逃げて助けられたところまでが全てじゃないか…何言ってんだ俺。
トラウマレベルの事をそう簡単に忘れられるわけがないだろう…。
「ごめん、二人とも…ちょっと無神経だった。とにかく今日はもう疲れただろうし、早く家に帰った方がいいな」
「…だな。アタイらも今日はここで切り上げるしかねぇよな……」
「そうだねぇ…。でもぉ…皆ぁ無事でぇ〜本当にぃ良かったよぉ……」
「我々もかなり疲弊したからな…戻る事にしたい。お嬢様方、申し訳ありませんがよろしいですか?」
「もちろんです。わたくしとヒナリィもゆっくり休みたいと思っていますから」
「うん、みんなでお家に帰ろうっ!」
いろいろあり過ぎたけど、一先ずお嬢様方のお許しも出たことだし、皆で帰るとしよう…。




