#16 異変
後半からシリアス展開になります。
話をしながら歩いていると、街道左手脇にちょっとした森っぽいのが見えてきた…そんなに大きそうな森じゃないな、危険な感じは全くしないし…あ、もしかしてあの森の中にあるのか?囁きの泉って。
「おー、見えてきたな」
「ナオトはん、あそこに見える森の中に囁きの泉があるんや」
どうやら当たりっぽいな…森の中、しかも囁きの泉…とても心地良い感じしかしないんだが……何ていうか、こう、リラクゼーションCDをリアルで聞くみたいな。
「へぇ、森の中の泉か。何か良い雰囲気そうじゃないか」
「そうだよぉ〜。静かでぇ〜ゆっくりぃ時間がぁ流れる感じのぉ〜所だよぉ〜」
「そっか、それは楽しみだな」
そんな場所でお花摘み…元の世界でも子供の頃はよく森の中で遊んだりしたけど、主にカブトやクワガタ取りに行ったりしてたからなぁ……花は流石に摘んだことは無かった。
それにこの歳になって花を摘むとか流石に思わなかったしな…でもワクワクしてるのは何故だろう?一人じゃ無いから…かな?
「周りも特に異常は無ぇみたいだし、とっとと行こうぜっ」
「あっ、ちょお待ちぃやアーネっ!」
アーネが森目指していきなり駆け出した、相変わらず元気一杯だなアーネは。
それを追いかけるようにシータも走り出したけど、身体能力の違いでどんどん離されてってる…そりゃスカウトとマジックユーザーだもんなぁ。
でも更に上がここにいるんだけどね。
「ちょっとぉ〜っ二人ともぉ〜っ!もっとぉ〜ゆっくりぃ〜行こうよぉ〜っ!」
駆け出した二人に付いていこうとしてるんだろうけど……マールさんや、それホントに走ってるんですか?ステータス的には確かシータより身体系の能力値は上だったと思うんですが……おっとりしたのは喋り方だけかと思ったら、運動もどうやら相当おっとりらしい…これ確実に置いてかれるなぁ……。
「マール、それじゃ追い付けないからさ…ちょっと我慢してくれよ……ごめん」
「ふぇ?……ふぇぇ??」
このままだと離される一方なのは目に見えてるから悪いとは思いつつ、でも置いていかれる方が嫌じゃないかな?と思ってマールには我慢してもらうことになるけどお姫様抱っこをした…今の俺のステータス表示だと良く分からないんだけど、多分軽く出来るんじゃないかと思ってやってみたら、やっぱり余裕だった。
マールは3人の中では一番肉感的だけど、それでも全然重さを感じなくて、お姫様抱っこしたまま結構なスピード、すぐシータに追い付くくらいの速さで駆け出すことが出来た。
まぁ目的地は見えてるからこのまま遅れて付いて行ってもいいのかもなんだろうけど、到着して疲れちゃって暫く動けないとか、そういうのは可哀想かなって思って…3人の中ではお花摘み一番楽しみにしてくれてたっぽいし。
「すぐ追い付くから、それまでの辛抱な」
「………(コクコクッ」
「んじゃ、しっかり掴まっててくれよ」
そう言ったらマールがギュッと腕を首に回してしがみついてきて、ついでに目もギュッと瞑ってた…すぐ追い付くからそのまま我慢しててな。
マールの足だと多分追い付けなかっただろう距離を、俺はマールを抱きつけたまますぐに縮めた…前にいたシータの横に着けると……シータがめっちゃギョッとした顔をしてきた。
「…なっ、何しとるんっ……?マールっ………」
「………(フルフルフルッ」
走りながらちょっと息を切らしてマールに疑問をぶつけるシータ…見ての通りお姫様抱っこ中ですけど。
マールは俺の腕の中で一生懸命首を振ってる…これ相当我慢させてるんだろうなぁ……ごめんよマール。
「ほらシータ、もうちょい速度上げないとアーネに追い付かないぞ?」
「こっ、これ以上はっ、無理やっ、ウチもっ……」
「そ、そうなのか…じゃあ頑張るしかないな」
「そっ、そうやけどっ!マールっ、ズルいやんかっ!」
「あー、マールは…あのままだと置いてかれるの確定だと思ったから……俺が無理矢理連れてきたんだよ」
話しながら走ってる時点でまだ余裕があるんじゃないか?シータ、と思いつつ前方を見たらもう森はすぐそこで、アーネがまさに今森の中に入っていくところだった。
「アーネがもう森の中に入るぞ?もうちょいだ、頑張れシータ」
「ちょっ、待ってっ、そろっ、そろっ…限界、やっ……」
いや、そんな大層な距離でも無いような気がするんだが…これあれかな、シータとマールの身体能力鍛えないとこれから先いろいろとマズいんじゃないか…?
そんなこと考えてたら俺達ももう森の入り口に着いて、そのまま森の中に入って行った、頑張ったなシータ。
「マール、泉は森の中のどの辺にあるの?」
「………すぐぅそこぉ〜……」
そう言って泉があるんだろう方向を指差してくれて、そっちの方向を見ると既に到着したアーネが立ち止まってる姿が見えた…あそこか。
「ホントにすぐそこだったな。シータ、もう着くぞ?」
「………はっ……はっ………はっ………」
あー、もう返事出来ないくらいだった…泉着いたらまず休憩だな、こりゃ。
このまま何とかアーネの元に辿り着いた俺達…案の定シータはその場で膝と手を着いて、へたり込んでハーハー言ってた。
俺もお姫様抱っこしていたマールをゆっくり降ろして身体は大丈夫だったかな?と少し気遣うように顔を覗き込んだら……もの凄く真っ赤に染まってた…頬やら首が。
やっぱ相当我慢させちゃったみたいでホント悪いことしたとは思うけど、こうして早く着いたことだし勘弁してもらいたいところなんだけど……。
「ご、ごめんな、マール…その、こうして早く着いたから許してもらえない…かな?」
「………(コクっ」
「そっか…ありがとう、ホントごめんな」
「おいおいマール、何楽して来てんだよっ」
「それを言うならアーネ、お前も急に走り出すなよっ」
「すぐそこだったんだからいーじゃねーか。シータとマールの体力が無さ過ぎなんだっつーのっ」
「そりゃそうだろう、職種自体違うんだから使うところも違って当たり前だろ。アーネと同じにするなよ」
やっぱりアーネって二人のこと全然考えてない…こともないけど、割と考えてない方が多いよな……走るのなんて二人とも苦手だって分かっててやってたんじゃねぇの?
「それよりさっきの何だよ、ナオト。マール抱きかかえてきやがって」
「アーネが急に走り出したからだよっ。あのままだとマールが置いてきぼりになるだろ、可哀想じゃないか」
「…ナオちゃん……」
「いいんだよ、いつものことだし。こうやってマールのこと鍛えてんだから余計なことすんなって」
え、あれ鍛錬の一環だったの?いや、だったらそう言ってくれよ、それこそ俺マールに悪いことしちゃったじゃないか……。
「そうだったのか…それは気付かなかった。マールは…知ってたのか?」
「………鍛錬じゃぁなくてぇ……いつものぉ…アーちゃんのぉイジワルぅだからぁ………」
「……おい、アーネ。マールはこう言ってるけど?」
「ヒュぅ~♪ヒュぅ~♪」
口笛鳴ってねぇからな、それ。
やっぱりこいつ、思い付きでしか行動してないな…こんな身体まで使わされて二人はしょっちゅう振り回されてたってことか、そりゃ大変だわな。
「ったく、アーネ、お前なぁ…少しは二人のこと考えて行動するって昨日言ってなかったか?」
「そんな急には変えられねぇ」
「はぁ……まぁ、いいけどな。だったら次もこうやってマール運ぶけどいいよな?」
「「なっ!?」「ふぇっ!?」」
「ちょっ、それはズル…じゃねぇっ、マールを楽させ過ぎだろっ!」
「………ナオちゃん〜……私ぃ…重かったでしょぉ……」
「いや、全然。重かったらあんなに早く走れないだろ?」
「…………そ、そうなん、だぁ…………」
あ、いや、次もって言ったけどもしアーネがまたこういうことしてきたらって話だぞ?ちゃんとアーネが二人のこと考えてくれればもうしないから、さ。
「…チッ、マールにだけ良い思…じゃねぇ、楽させるとか割に合わねぇし……しゃーねぇ、もうやらねぇよ」
「これも昨日言ったけど、やる前に考えてから事起こせって。じゃないといつまでたっても変わらないぞ?多分」
「あー、んー、そ、そうだったな……分かった、やってみるわ………」
あ、これダメなやつだ、しばらくはこんな感じだな…まぁ昨日も思ったけどそうそう簡単に治るようなものでもないだろうし、俺の方が慣れるしかないか。
「……ふぅぅ……やっと落ち着いたわ…。ほんまアーネに振り回されるのは勘弁してほしいんやけど………」
「まぁいいじゃねぇか、シータはこれで鍛えれらたと思うぜ?どっかの誰かさんは楽してたみたいだがなー」
「…せやな……一緒に走ってて羨…やない、楽してズルいやんって思たわ」
「あー二人とも、あれは俺が勝手にやったことで、マールに相当我慢してもらってたんだから、そんなに責めないでやってくれよ」
「……我慢…ねぇ〜………ほんまか?マール」
「…………(コクコクコクッ」
「へぇ……ま、そーゆーことにしといてやるか。んじゃシータも復活したし、やるか?花摘み」
着いて早々グタグタ話してたから、よく周りを見れてなかったんだけど、改めて見回したら泉を中心に結構な花が咲き誇っていた。
パッと見ただけでもかなりカラフルだから、種類も豊富そうだ…これならギルドも少しは華やかになるか?
「そうだな、見た感じ良さそうな花いっぱい咲いてるし、ここなら文句ないな。じゃあ悪いけどみんな頼むよ。量は多分そんなにいらないと思う、ギルドに飾れるくらいかな。種類っていうか、いろんな色の花が欲しいんだよ」
「そういやギルドに飾ってあったな、花…そっか、これギルドに飾る用の花か」
「ギルドに飾る花やったんか…確かに今飾ってあるんは一色だけやったしな」
「…私ぃ……頑張ってぇ……摘むよぉ〜!」
何故かマールが気合十分なんだけど…ま、まぁ、頑張ってくれるならそれに越したことはないし、いいか。
「なんや現金なやっちゃな、マールは…」
「まったくだぜ、アタイだってあんなんされたら気合入りまくりだっつーの」
「…ん?何か言ったか?二人とも」
「へ?あっ!いや、何も言うてへんよっ!」
「お、おぅ!何でもねーよっ、何でもっ!」
「…?そ、そうか……」
何かボソボソって聞こえたから何言ってるのか聞いてみたら、焦った声で返事返ってきた…まぁ、何でも無いっていうならそれでいいけど。
んじゃ、俺も早速花を摘みますかね…ちょっとキョロキョロして見てみたら、いい感じにいろんな色の花が咲いてる一角があった…そこで摘むことにするか。
そこにしゃがみ込んで、赤、青、黄、白…は元々ギルドに飾ってあった花の色だからいいか、どうせ他の冒険者がまた近場で摘んでくるだろうし、白は置いといて、紫、橙、緑…緑?あれ、これ葉っぱじゃなくて花が緑だ…向こうの世界じゃ見たこと無かったからちょっとびっくりした、っていうか緑の花ってあったっけ…?ま、まぁ今目の前にあるからいいや、摘んでいこう、それから黒…黒?あー、まぁ黒は確か薔薇であったよな…目の前にある花は薔薇じゃないけど…まぁこれもいいか、摘んでけ。
そんな感じで摘んだ花を無限収納に放り込んでいったら、この付近の花が大分少なくなってきた、そろそろ別のところに移動しよう…しゃがみっぱなしだったから身体も伸ばしたいし、なんて思って立ち上がったら…
ぐぅぅぅ〜……
…盛大に腹が鳴った。
そういやもうお昼には丁度いい頃合いなんじゃないかな…みんなに聞いてみよう。
「なあ、みんな。そろそろお昼にしないか?」
「あー、そういやいい時間だな。休憩がてら飯にすっか」
「う〜っん…賛成ぃ〜。頑張っちゃったからぁ〜、少しぃ休憩ぃしたいかなぁ〜」
「せやな、みんなでお昼にしよか」
満場一致で昼食休憩に突入。
みんなで泉の縁に移動して花摘みで少し汚れた手を洗い流した後、適当な場所に座り込んだ。
泉付近はどこも草が短く芝生っぽくなっていて天然の絨毯みたいな感じだったから、何の躊躇いもなく座れた…寝そべったら凄い気持ちよさそうだとさえ思う。
みんな座ったのを確認して無限収納からウェナお手製サンドイッチを取り出し目の前に置いた…腹が減ってるせいか受け取った時よりもっと美味そうに見える。
「やっぱ美味そうだよな、これ。あのウェナが作ったとか信じらんねぇ」
「シャリーのやつ見た後だったからなぁ…」
「…あれ、ちゃんと食べたんやろか、シャリー……」
「これからぁ、食べようとしてるのにぃ〜思い出させないでぇ……」
しまった、余計なこと言った、マールの言う通りだ…折角目の前に美味そうなものがあってこれからそれを食べようって時に、わざわざ食欲が無くなるようなものを思い出すのは勿体無い…。
「ごめん、一言多かった…と、とりあえず、目の前の美味しそうなものに集中しよう」
「だな。んじゃ早速…いただきっと」
アーネが一番に手を出してサンドイッチを口に放り込んだ…それに続いて俺とシータ、マールも手に取って各々口に運ぶ。
「もぐっんぐっ…。おー、見た目通り美味ぇなこれ」
「ホンマやな。これをあのウェナがなぁ……」
「うふふっ、ウェナちゃんのぉ〜愛情がぁ篭ってるってぇ感じがぁするねぇ〜」
「…やるなぁ、ウェナ。普通に店で売れるんじゃないか?」
姫達のために作ったって言ってたけど、向こうの世界で売ってたコンビニのサンドイッチより美味しく感じられた…サンドイッチの味なんてどれも同じだと思ってたけど、何でだろう?やっぱり愛情込められてると違うのか?いや、俺に対しての愛情なんか入ってないだろうから、普通にウェナの腕がいいってことか。
みんなそれなりに空腹だったせいか、それともサンドイッチが美味しかったせいか、あっと言う間に平らげてしまった…やっぱりというか、当然というかアーネが一番最初に食べ終わってたけど。
「ふぃ〜。食った食った。ごっつぉーさん」
「ん〜っ、美味しかったぁ〜」
「…これはあれやな、またウェナに頼むことになりそうやな」
「そうだなぁ。これだけ美味いんだったらありだよな」
みんなの評価を見ても、またウェナに弁当お願いしてもいいかなって思えるくらいの出来だったからな、今日みたいな日帰りクエストならいいと思う。
「ふぅ…しかしここ、ホントに静かだな…」
「でしょぉ?運がいいとぉ〜精霊がぁ──」
と、マールがいきなり会話の途中で急に立ち上がって、真剣な表情であさっての方向を向いた……長い黒耳を振動させるようにピクピクさせながら。
「…?マールどうし──」
マールに話し掛けようとした途端、今度はマールの隣に座ってたアーネがガバッと立ち上がった……マールと同じ方向を見てるんだけど、こっちは眼がもの凄く険しく鋭かった……何だ?一体……。
「アーちゃん」
「あぁ、分かってる……」
俺もちょっと異様な雰囲気になった二人に倣って立ち上がり、シータも続いて立ち上がって俺の方に寄ってきた……何か、変だ。
「…剣戟音……それなりの数……」
「……気配もそこそこだ………数は……50以上はいるな………ナオト、この先で集団戦闘だ」
「っ!?」
急いでマップを表示して確認したら、今の縮尺では何も表示されていなかった…慌てて拡大すると、確かにマールやアーネが見ていた方向のマップ端に丸いマーカーと四角いマーカーが数個、入り混じって表示された……間違いなく戦闘だった。
「間違いないっ、人と魔物が戦闘してるっ!俺は向かうけど、みんなは…」
って俺が聞く前に、既にアーネとマールは走り出していた…マールはさっきの鈍足が嘘みたいにアーネにぴったり付いていけてる程のスピードだった。
俺も二人に付いていくのに走り出そうとしたが、隣にはシータが…そうだよな、戦闘ならマジックユーザーは外せないよなっ。
「シータ、悪いっ、少し我慢しろよっ!」
そう言いながらさっきマールを運んだみたいに今度はシータを抱きかかえ、全速力で二人を追い掛けるように駆け出した。
※次回から少しシリアス展開が続くと思います。




