#01 始まりの一幕・看板娘
ここから冒険者としての第一歩を踏み出します。
最初はドタバタしますが…。
ということで、引き続きよろしくお願いします。
───ゴォーン……ゴォーン………
ん……鐘、の音………。
あー、朝なのか…うーん!と、ベッドから身体を起こして伸び一つ、えらくスッキリしてるのと、予想通りだった…ファルシェナさんの膝枕、スゲぇ良かったなぁ……また来てくれるだろうし、次もお願いしてみよう、うん。
今度はもう少し長めに…でもすぐお腹いっぱいになっちゃうみたいだから無理かな…残念だけど。
とりあえず、覚えてるってのが分かったから、後でファルシェナさんの所に行かないとな。
さて、と、今日から本格的に冒険者稼業開始だっ!顔洗って裏庭で軽く身体動かすとするかっ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「シッ!ハッ!」
流石に型とかまで細かく考えてたわけじゃないから、適当に左右の刀剣を振っていろんな動きをしてみた。
昨日の夜も思ったけど、思い通りに身体が動くってこんなに気持ちいいんだな…何か楽しくてしょーがないっ。
調子に乗って技を一つ…。
(絶・乱瞑舞 裏技乱舞〔切腹〕っ!)
左右刀剣を中央前方に向けて突進突き、そこからそれを左右外側へそれぞれ水平斬り…くぅぅ!やっぱ気持ちいいっ!って技の余韻に浸ってたら、
「…か、格好良い……っ♡」
なんて声が聞こえてきて、声のする方に振り向いてみたら…いつの間にかミルがそこに居て、手を胸の前で合わせながらこっち見てた……瞳の中に♡浮かべてキラキラした顔してるのは冗談にして欲しい、ごめんなさいっ!
「お、おはよう、ミル…」
「あっ、おはようございますっナオトさん!何ですか今のっ!もう凄い格好良かったんですけどっ!」
物凄い勢いでこっち寄ってきたよっ、まだ納刀してないんだから危ないっての!
「ちょっ、待った待った!少し落ち着こうかっ」
「ふわぁ…もう何か流れるような感じで剣振ってて、凄い綺麗だと思ってたんですけど、最後はめちゃくちゃ決まっててもう格好良いのなんのって…!」
めっちゃ興奮してるミルを宥めつつ刀剣を納刀したんだけど、全く興奮冷めやらずって感じで見たまんまの感想を言ってきた…うん、もうね、恥ずかしいから勘弁してくださいお願いしますっ…。
「ははは…そ、そんなに言われると、ちょっと恥ずかしいんだが…」
「何がですかっ!めちゃくちゃ格好良かったんですからっ!恥ずかしがる要素なんてどこにも無いですよっ!」
いや、だから、そうやって言われるのが恥ずかしいんだってばよ…でも、何だろう、満更でもないと思ってる俺が心の片隅にいるような気が……。
「あー、うん、そんなに言ってくれてありがとな…。と、ところでミルはなんでここに?」
「え?あっ…えーっと…ナオトさんが裏庭の方に向かって行くところを見掛けたので…ちょっと気になってしまって……ご、ごめんなさい………」
今度は急にシュンてなったぞ…浮き沈み激しいな。
別にどこも悪いところは無いんだけどな、勝手に付いてきて覗いちゃったって思ってるのか。
「いや、別に謝ることなんてないぞ?見られて困るような事してたわけでもないし」
「そ、そうですか…よかったぁ……でも来て良かったですっ、凄いもの見れちゃって…ほわぁ〜思い出しただけでもう……♡」
そこでうっとりした顔するのはヤメてっ!こっちが悶えちまうからっ…!
「分かった、分かったからそれ本人の前では止めてくれ…」
「あっ、ごめんなさい…勝手に見て邪魔しちゃったんですよね……でもでも、本当に格好良かったんです〜♡」
「そ、そんなに格好良かったか…?」
「はいっもちろんっ!昨日うちの宿に来た時から素敵な格好してるなってちょっと思ってたんですけど、さっきの見てますます素敵に…はわぁ〜♡」
だからもうヤメて…俺の羞恥メーターがゴリゴリ削られていくからっ…これ以上ここに居るのはマズい、早々に離脱しなければ…っ。
「そ、そっか…あ、そうそう!朝ご飯ってもう食べれるのか?」
「…はっ!?えーっと、朝ご飯ですか?はいっ、もう食べられますよ?」
「了解、そろそろ切り上げようと思ってたから朝ご飯いただくかな」
「分かりましたっ!じゃあ準備して来ますねっ、食堂で待っててくださいっ」
ぽやーっとしてたミルを呼び戻すのに朝ご飯食べられるのか聞いてやったら、戻っては来たけど、俺がじゃあ朝ご飯いただくって言ったら脱兎の如く駆け出して行ったよ…。
これ、もしかしてこれから毎朝見に来るとか無いよな…いや、まぁ、別にいいっちゃいいんだけど、やっぱちょっと恥ずい……かといって、コッソリやるような事でもないしなぁ、なんて考えながら食堂まで戻って来たら、他の宿泊客であろう数人が疎らに座って朝食を取っていた……のは分かるんだけど、もうテーブルの上に俺の朝ご飯が並んでてミルが待ち構えていた…え、早くねっ!?裏庭への廊下って歩いて数十秒なんだがっ!しかも他の客が軒並み唖然とした顔して見てるんだけどっ……。
「あっ、ナオトさん!朝ご飯準備出来てますよっ」
「あ…ありがとな……」
ミルのポテンシャルに俺も他の客同様ちょっと唖然としつつ礼を言ったけど、何だろう…少しだけかいた汗が冷えてくこの感じ……。
「はいっ!どうぞごゆっくりっ。あ、飲み物はどうしますか?」
「あー、うん、食後に飲めるようなものはあるか?」
ブルっとするこの感じを無理矢理外に追い出しながら、コーヒーとかあるといいんだけどな、と思って聞いてみたら、
「食後ですね、それじゃカフィンをお持ちしますねっ」
って返ってきた…カフィン?名称的にはコーヒーっぽい気がしなくもないけど、それだけじゃどんなのか分からんな。
けど、まぁいいか、来てからのお楽しみにしとこう、こっちの世界の食べ物飲み物は何となく美味しいって昨日で分かったし、見た目は置いといて。
「んじゃ、それで。よろしく」
「はいっ」
ルンルンしながら戻ってったミル、まださっき見た俺が残ってるんだろうか…そんなミルを見て、何となく気恥ずかしいのが俺にも残ってる感じ。
いかんいかん、ここは気を取り直さないと、今日からクエストなんだからなっ。
サッと朝食食べて冒険者ギルドに行こう、早く行かないともしかしたら良さげなクエストが無くなってるかもしれないし。
用意されてた朝食──バターロールっぽいパンと、ベーコンっぽい肉付きのスクランブルエッグ、それにこっちの世界のものであろう葉野菜っぽいやつのサラダと透き通ったスープ、それに何故か肉じゃが…ポクポティだったっけ?が付いてた…昨日の余りだと思うけど、見た目味が凄く染みてそうだった──を食べながら、今日のクエストに思いを馳せていたら、あっと言う間に平らげてしまった…いや、そんなに急いで食べてるつもりはなかったんだけど、美味しくてついつい口に運ぶスピードが上がってたみたい……。
もうちょっとゆっくり味わって食べればよかったかとちょっと後悔してたら、ミルがトレーで飲み物を持って来た…いいタイミングっていうか、もしかしてずっとこっち見てたとかじゃない…よな?
「はい、ナオトさん、食後のカフィンですっ」
ミルがトレーからカップに入ったカフィンって飲み物を俺の前に置いてくれたから、カップの中身を見てみたら…見た目コーヒーっぽく黒かった。
「ありがとな、ミル。丁度食べ終わった後だったんだけど…何でこんなにタイミングいいんだ?」
「そんなの、ナオトさんをずっと見てたからに決まってるじゃないですかぁ、うふふっ♡」
ん、ドンピシャ、しかもまだ引き摺ってたっ!その瞳の中の♡をどうにかしてくれ頼むからぁっ!
これはちょっと鍛錬見せたの本気でマズったか……っ!
「そ、そうか…ずっと見てたのか……」
「はいっ!ナオトさんを見ながら、さっきの格好良いナオトさんを思い出してました…はぁぁ〜♡」
戻って…こないっ!しかも俺を見て俺を思い出すって、どんだけ俺を見れば気が済むんだっ……ちょっと…ちょっとだけ、ミルが怖くなった……。
落ち着こうと思ってカップの飲み物を飲んだら、まんまコーヒー…しかも俺の好きな酸味が少なくて苦味が強い、ボールド系だった……向こうじゃ家ではインスタントコーヒーばっかりだったから、余計に旨く感じる……って、そうだ、ミルをどうにかしないとっ。
「あのな、ミル…その、格好良いって思ってくれるのは嬉しいんだけどな、ちょっと落ち着こうか」
「え?落ち着いてますよ、私。普通にお仕事もしてますし」
「いや、まぁそうなんだが…じゃなくて、ずっと見てるのは仕事じゃないだろ、それ仕事してないよな?な?」
「何言ってるんですかぁナオトさんっ、ずっと見てたなんて冗談ですよぉ。ちゃんと仕事しながら見てましたっ、えへっ♪」
おいなんかキャラ変わってないか!?俺、魅了スキルなんて持ってないぞっ!仕事しながら見てたって、それちゃんと仕事してないだろっ…なんでこうなった……。
「わ、分かった、分かったから、ちゃんと仕事してくれ……ほら、もう俺食べ終わったから、ご馳走様。だからこれ片付けないと、な?」
「はいっ、分かりました!片付けちゃいますねっ」
手際良く片付け始めたミルを置いて席を立ち、一度部屋に戻ろうとしたら片付け最中のミルに呼び止められた…いや、だからちゃんと仕事に集中してくれってばさ…。
「ナオトさん、今日はこれからどうするんですか?」
「…俺は……今日からクエスト受けて本格的に冒険者として活動を始めるよ」
「そっかぁ…そうですよね、ナオトさん冒険者ですもんねっ。あっ、じゃあお弁当とか必要ですか?」
「あー、そりゃあれば嬉しいけど…え、なに、この宿そんなサービスもあるのか?」
必要なものはクエスト受けた後に道具屋とか寄って揃えようと思ってたからな…食料もその辺で買って無限収納に突っ込んでおけばいいか、くらいにしか考えてなかったし。
「あ、はいっ、今始めましたっ!」
「今って…それ、俺限定じゃないのかっ!?」
「はいっ、もちろんですっ、てへっ♪」
ダメだ、最早俺の手には負えない…やっぱこれ見せちゃダメなやつだったか……いや、でもここまで崩壊するとか思わんて!どうすんだよ、これ………。
「うん、ミル、あれだ、もう覗きに来ちゃダメな」
「えっ!?な、なな何でですかっ!!」
「いや、何でも何も、ミルがこんなになるならもう見せない方がいいかって…」
「こんなって何ですかっ!ちゃんと仕事もしてるじゃないですかぁっ」
…そりゃ、な、自分の崩壊っぷりに気付くヤツなんてそうそう居ないだろうけど、ちょっと周り見れば分かりそうな気はするんだよな…。
「よし、じゃあミル、よぉく周りを見てみようか」
「え?周りです…か………っ!?」
うんうん、他の客の反応に気付いたらしいな、これで少しは正気に戻るだろう、っていうかこれで戻ってくれないとこの先困るんだが。
「…う…うきゃぁぁぁああっ!?」
ミルの崩壊っぷりを見て唖然としてるやつ、珍しいものを見てニヤニヤしてるやつ、生温かい目をして見てるやつ、いろんな目に晒されてた事実にやっと気付いたか、やれやれ…。
急激に恥ずかしくなったんだろうミルは奇声と共にその場から逃げて行った…んだが、食事が終わった俺の食器はしっかり持っていったよ……そこは流石と言うべきか。
「ふぅ…これで大丈夫か…?あー、すみません、皆さん朝からお騒がせしました」
当然の事ながら俺も渦中の的だから、他の客に謝りを入れた、朝っぱらからこれって今日一日先が思いやられるんだが…。
「…看板娘のミルがあんなになってるの、初めて見たわ……」
「あぁ、気にするなよあんちゃん。朝っぱらから面白いもんが見れたぜっ、くくくっ」
「ミルも、もうそういうお年頃なのねぇ…」
他の客達も反応は様々だったけど、悪いようには取ってないみたいで安心した、事の発端は俺のせいなわけだし…ん?俺のせいか?ミルが覗きに来なきゃよかっただけなんだが、まぁ、俺が剣振るのに裏庭に行ったのを見られちまったんだから、やっぱ俺のせいか。
「自分のせいっぽいので、あんまり気にしないでやってください。では、自分はこれで…」
元々部屋に戻ろうとしてたとこだから、その場で軽く会釈してそのまま部屋へ。
どうすっかな、明日から裏庭使わない方がいいんだろうか…確かウォルが近くに公園あるって言ってたよな…そっち使った方がいいんだろうか。
ま、とにかく朝の一幕は閉じたわけだから、一旦置いとくとして早速冒険者ギルドに向かうとするか、やべぇ年甲斐も無くワクワクしてきたぞ…。
大した準備も無いから軽くシャワー浴びて、宿を後に。
宿出る時にミルが出てこなかったから、代わりにいたウォルに一言冒険者ギルドに行くことを伝えておいた、結局朝は姫達に会わなかったからな…朝弱いのか?皆。




