#16 漂流者受付嬢優里香さん誕生
優里香さんを送った後、皆の部屋へ転移して戻って来た俺は、ソッコーで部屋から追い出された…ご苦労さまー、お休みー、だって。
これが世に名高い女子会ってやつか…そりゃ俺は邪魔者だよな…。
しょうがないので自分の部屋に戻った…ちょっとだけ寂しかったのは気のせいということにしておきたい。
それ程疲れたわけでも無いと思ってたんだけど、着替えてベッドで横になってたら、いつの間にか眠っていたらしく、気が付いたら三つ鐘の音が鳴る時間だった。
まぁ、ファルが夢の中に来て食事していきましたけどね…疲れてたみたいだし、多分来るだろうなぁとは予想してましたけど。
食事の方法は…ご想像にお任せします。
あんな事があった後で出来るわけが無いと思うでしょうが、本人からの強烈なご要望がありました、とだけは言っておきます。
忘れたかったみたいなんですが、それでも流石にそれは…と思いました。
朝の鍛錬を軽く裏庭でして、朝食を取りに食堂へ向かったんだけど、皆はまだ起きてないみたいなのか、誰も降りてきていない。
ミルに朝食を頼んで一人黙々と食べていたら、バタバタと皆が降りてきた。
昨晩は女子会でさぞかし盛り上がったってとこでしょうかね…楽しそうで何より。
べ、別に寂しくなんかないんだからなっ!
ファルとウェナは直ぐ宿を出て行った…二人とも遅刻寸前だったらしい。
走って出て行ったところを見ると、昨日の事もそれ程引きずってないように見えたから多分大丈夫だろう。
ラナとリズは意外とのんびりしてたんだけど、二人は仕事の時間大丈夫なのか?って聞いたら、もう諦めてクリス女史に怒られることにしたそうだ。
何それ怖いだろって言ったら、割とそうでも無いらしい。
クリス女史の沸点はよく分からないって二人とも言ってた。
いや、あの人は沸点っていうよりフィルさんがスイッチになってると思う。
でもそれ以前に遅刻は沸点関係ないと思う、規則だし、それ。
そういうわけで皆と朝食をとった後、今日の護衛依頼の準備のためニル婆の所で買い物してからギルドに向かった。
ラナとリズも結局俺達とずっと一緒にいたけど。
盛大な遅刻だと思うんだけどなぁ…。
ギルドに着いてまずラナとリズをクリス女史の所へ送り届けようと(俺でも何かフォロー出来るかも、と思って)真っ直ぐ受付カウンターへ向かった。
今日は昨日と打って変わっていつものギルドだ。
ボード前に集まってる冒険者達、受付カウンターに並んでいる冒険者達と、普段通りこれぞ冒険者ギルドって感じで。
戦場の後片付けは昨日一日で終わったってことだろうな、街の人達も手伝ってたみたいだし。
受付に並んでいる冒険者達を避けつつ、ラナとリズと一緒にカウンター脇へ。
他の皆には待合所で待っててもらって、俺はもう何も気にする事なく二人に付いてカウンター内へ入った。
ガルムドゲルンの専属になったことだし、何回も呼び出しされてるからもういいかな、と。
他の冒険者達も特に気にした様子は無かったから、ある程度認めてもらえたんじゃないかと勝手に思ったり。
半分は姫達のおかげだと言えなくも無い…俺が姫達を手懐けたみたいに思われて一目置かれてるとか、そんな感じだったりして。
当然手懐けたとかそんなことは欠片も思ってませんが。
向こうから懐かれた感は半端ないですけれども。
何はなくともまずはクリス女史の所へ向かったら、もう一人昨日見知ったばかりの人が既にいて、二人で会話をしていた。
「チーフ、遅くなりました、すみません」
「おはようございます、チーフ」
「おはよう、二人とも。事情はユリカから聞いたわ。今日のところはお咎め無しでいいわよ」
「チーフ…すみません、ありがとうございますっ」
「おはようございます、皆さん。昨晩はお世話になりました」
「おはようユリカ。来てくれたってことは大丈夫そうねっ」
「ユリカさん、おはようございます。来てくれてありがとうございますっ」
にっこり笑って二人と挨拶を交わした優里香さん。
表情からは大丈夫そうに見えるな。
「クリスさん、優里香さん、おはようございます」
「ナオトさん、おはよう」
「尚斗さん、おはようございます。昨晩はありがとうございました」
「いえ、気にしないでください。少しは休めましたか?」
「はい、お陰様で。家の方も大丈夫でした」
家族も問題無かったんだ、なら本当に大丈夫そうだな、よかった…。
「ナオトさんのおかげでまた助かったわ、こうしてユリカが来てくれて。これでどうにかラナの穴を埋められそうよ」
「えっ?と言う事は…わたしの後釜引き受けてくれるんですか?ユリカさんっ」
「はい、クリスさんの話を聞いて…。待遇も考慮してもらえましたので、お引き受けしようかと」
「そっかー!よかったっ!これでラナも心置き無くナオトに付いていけるねっ」
「うんっ!ありがとうっユリカさん!」
ここに漂流者の受付嬢が誕生しました。
期待の新人ってところかな。
何かあってもリズがいるし、職場環境としてもここは悪くないと思う。
頑張ってください、優里香さん。
「ユリカの事はリズに任せようかと思ってたんだけど、それは戻って来てからにするわ」
「…?戻って来てから…?」
「ええ。リズにはこれをお願いする事にしたから」
そう言いながら書類の束をリズに渡してきたクリス女史。
何だろ?急ぎの書類整理とか?いや、でも戻って来てからって言ってたし…あ、どこかに届けるのか?その書類。
「えっと、これは…?」
「本部への定期報告書よ。先日のガルムドゲルン防衛戦の報告書も含まれているわ」
「本部…ってことは、皇都へこの報告書を提出してこい、ってことですかっ!?」
「ええ、私の代理で行ってきてもらえるかしら?丁度誰かさんも指名依頼で皇都へ行くそうだし?」
「チっ、チーフぅーっ!」
マジか、リズまで皇都へ行けることに…。
クリス女史、なんて粋な計らいを…これは嬉しいっ、リズ一人を残してくのはちょっと心苦しかったからな…。
これでメンバー全員揃って皇都に行けるわけだっ。
「ということでナオトさん、悪いんだけど護衛対象を一人追加でお願いね」
「喜んで!全力で守ってみせますよっ」
「ナオトーっ!」
って、またオレに飛び込んで来たよリズ。
昨日クリス女史に怒られたばっかなのに…ま、嬉しいのはよく分かるけどさっ。
「っと。リズ、嬉しいのは分かるけど、ここ受付カウンターの中だからさ、ほら、みんな見てるし…」
「もう、リズったらしょうがないわね…。後でまたみんなに言われるよ?」
「だって嬉しいんだもんっ」
「はいはい、分かったから落ち着きなさいってば」
「そだねっ、落ち着こうっ!」
そう言ってぴょんと俺から離れたリズ。
珍しくラナの言う事をすんなり聞いたぞ。
「そうと決まれば準備してこないとっ!ラナもじゃないの?」
「あ、そうだった…」
「あまり時間は無いから早くいってらっしゃい。今度は遅刻厳禁よ?」
「「はいっ!」」
「じゃあちょっと準備してくるねっ、ナオト!」
「分かった。慌てて忘れ物とかするなよっ」
「はいっ、気を付けますねっ!」
準備する為に急いで裏口から出て行った二人、変に焦って転んで怪我したりしなきゃいいけど…ラナは大丈夫そうだけどな、獣人だし。
「それと、ナオトさんはこれね。ガルムドゲルン公爵家からの指名依頼。本当はもう必要無いんだけれども。ゲシュト様が律儀に通してくれたわ」
「…?必要無いんですか?」
「ええ。ナオトさんとヒロシのパーティーはガルムドゲルンの専属になったのでしょう?だったらもうわざわざギルドを通さなくても直接依頼が出来るのよ」
あ、そうなんだ…じゃあ昨日俺が余計な事言っちゃったのかな…?
けどゲシュト様はちゃんと通すって昨日言ってくれたし、これはこれで悪いわけじゃないからいいのか、ギルド的にはちゃんと依頼管理出来るだろうし。
「そうだったんですね」
「ギルド側としては助かるからいいのだけれどね。指名とは言っても依頼には変わりないのだから、こちらとしても出来る限り把握しておきたいし。だから今回リズにも仕事を振る事が出来たわけなのよ」
「あ、なるほど…じゃあ俺が余計な事言ったってわけでもなかったんですね。ゲシュト様にギルド通さないのかって」
「あら、ナオトさんが言ってくれたのね。それはそれで何も問題ないわね。むしろ助かったわ」
何となく結果オーライだった、いや、寧ろファインプレーだったかも…こうしてリズも一緒に行けるようになったわけだし。
「それじゃ、これ、依頼書ね。ヒロシの分も渡しておくから」
「了解です。じゃあ初の護衛依頼、頑張ってきます」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」
「…こんな感じでやっていけばいいのでしょうか…?」
今のやり取りを見て優里香さんが尋ねてきた。
受付カウンターじゃなくてクリス女史の席だったけど、概ねこんな感じだよな、クエスト受付って。
「そうね、大まかな流れはこんな感じよ。後は依頼完了時にギルドカードの更新作業があるくらいね。他にも冒険者登録作業とかもあるけど、そちらは追々教えていくわ。どう?少しやってみる?」
「え…大丈夫でしょうか…?」
「大丈夫よ。うちのギルドの冒険者達は受付嬢に優しいから。そうよね?ナオトさん」
「そうですね、なんせファンが付くくらいですし」
「ファン…。ア、アイドルなんですか?受付嬢って…」
「まぁ、冒険者からしたら似たようなものですよ。笑顔で送り迎えしてあげればそれだけでやる気が出る単純なやつばっかりですから、俺も含めてですけど」
そういやファンと言えばラナのファン達に恨まれそうだな…ラナを引っこ抜いちゃったから。
後でガズのおっさんに一言言っておこう。
「それじゃ、五番窓口に入ってもらえる?今入ってる娘はサポートに回ってもらうよう頼んでいいわ」
「わ、分かりました…。よろしくお願いします…」
いきなり受付窓口とか、ちょっとスパルタな気がするけど、優里香さんなら何も問題無いんじゃないかな、とも思う。
俺も少しここから様子を見てみようかな…。
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──五番受付窓口
「あの、すみません。クリスさんからここに入るよう言われて来たのですが…」
「あ、はい。新人の方ですか?」
「はい、ユリカと申します。よろしくお願いします」
「ユリカさんね。私はレミルフィニアって言います。レミでいいですよ」
「レミさんですね。ええと、クリスさんからサポートに回ってもらうよう言われたので、お願いできますか…?」
「ええ、もちろん。ではやってみましょうか。はい、じゃあここに立って…次の方、どうぞー」
「ぼ、冒険者ギルド、ガルムドゲルン支部へようこそ…。ご用件をお伺いします…」
「お、見ない顔だな。新入りか?」
「はい、本日より受付嬢になりました、ユリカと申します。よろしくお願いします…」
「あー、そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ。もっと気楽にいこうや」
「あ、はい…お気遣いありがとうございます」
「おう。んじゃ、これ頼めるか?」
「はい、ええと…ハイシルバーランク『採取依頼(ファングボア〈肉〉)』で間違いありませんか?」
「あぁ、間違いねぇな」
「かしこまりました。では、ええと…」
「ギルドカードの提示ね。ギルドランクとクエストランクを確認して受諾可能か判断するの」
「あ、はい。では、すみません、ギルドカードの提示をお願い出来ますか?」
「おう。おい、お前らも早く出せやっ」
「「へいへい」「おらよっ」「ほいっと」」
「…はい、大丈夫です、確認取れました。ではハイシルバーランク『採取依頼(ファングボア〈肉〉)』を受諾いたします」
「おう、ありがとよ。んじゃ行くか、お前ら」
「「あいよー」「うっし」「ほーい」」
「あっ…」
「ん?どうした?」
「いえ、あの…お気を付けて。無事に…お戻りください、ね」
「「「「………」」」」
「あ、あぁ!任せておけっ!」
「ちゃんと帰ってくるさ!」
「「うんうんっ!」」
「はい、お帰りお待ちしていますね…」
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見た感じ中々スムーズにいってたんじゃないかと。
結構向いてるんじゃないか、優里香さん…元の世界でこういう接客業務の経験でもあったのかな?
そして今対応した冒険者達…早速ファンにしちゃったんじゃないか?チラチラ優里香さんの方見てるし…。
これはもうラナの後釜に不足無しだな、うん。
是非頑張って欲しい、やるからには看板受付嬢まで昇り詰めちゃえ、優里香さんならイケるっ!




