次女ヴィヴィアンの場合
今更ですがシリーズ読んでいないと話がわからない部分があるかと思います。次女編。
トリスターにとって女は政治の道具だ。力を持つ家に娘たちを嫁がせ関係を作りそれを足がかりに勢力を拡大させていく。そうして元はしがない地方領主だったトリスター家が今や王家に一目置かれる有力貴族に伸し上がっていった。その方針は盤石な地盤を持った今でも変わらない。その証拠に、長姉は王弟である大公閣下の子息に、三女は王家の懐刀と言われるヴァイス家にそれぞれ嫁いでいった。そして彼女もまた───
「ヴィヴィアン? 準備はよくて?」
「はい。お母様」
純白のレースをふんだんに使った豪奢なドレスは彼女をより美しく魅せてくれる。大粒のダイヤモンドをあしらった首飾りにおそろいの耳飾りはきらきらと輝いてその未来までも輝きあるのものに思わせる。
美貌で有名なトリスターの女の中でも彼女、ヴィヴィアンは飛び抜けて美しいと自負していた。何故なら彼女は家族の中で唯一純粋な金の髪に、母方の祖母より受け継いだ紫の瞳は母に似て大きく、父に似たきれいな鼻筋や、手入れを欠かさないきめ細かい肌に薔薇色の唇、手は長く足は細い、出る所は出、引っ込む所は引っ込んだ完璧なボディを持っているからだ。元々の作りの良さを殺すことなく最大限引き出す努力を惜しまなかった結果がこれ。
──王都の男たち全てが羨むような女を手に入れられる幸運な男は、事もあろうに辺境地の田舎もんだというのだから世も末だ。もちろん歴とした貴族の跡取り息子らしいけど、この自分がどうして海沿いの片田舎にいかなくてはならないのか!
とは思うものの…家長である父親に逆らえるわけもなくヴィヴィアンは今日、結婚する。
実はヴィヴィアンはろくに相手の資料を見ていないし、男の方も領から離れられない理由があるらしく顔合わせなんかもしていないので結婚相手に会うのは今日が初めてだった。
自分から会いに行くという選択肢はもちろんない。どうせ芋臭い男に決まってる。いくら家が最近振興してきた新進気鋭の有望株だろうと彼女にはそんなこと関係なかった。
「どうしたのヴィヴィアン。そんな浮かない顔をして」
「お母様……いえ、なんでもないですわ。ちょっと緊張しているだけで」
「そう? エヴァンス様は優しい方だからそんなに不安にならなくても大丈夫よ」
何度か夜会で会ったことのあるらしい母はヴィヴィアンの優れない表情を見てそう言った。
──いいえお母様、私は不安なわけではないのです。ただちょっと、不満なだけで。
ふんわりと笑っている美貌の衰えない母親に恨み言などを言えるはずもなく、ヴィヴィアンは顔が引きつらないよう細心の注意をはらって微笑んだ。
「さぁ行きましょう。もう用意は出来ていますからね」
「はい」
控え室の扉を母とともに出る。目線は下げたまま。だってヴィヴィアンは田舎男の顔なんて見たくもなかったのだ。どうせ顔を上げなくたって式は万事良好勝手に進んでいく。すぐに夫の顔を見ることになるのはわかっているけれど、彼女のささやかな反抗だった。
「手をこちらに」
初めて聞いた男の声は思っていたよりも澄んだ耳障りの良い声だった。でも声がいいだけの男なんてごまんといる。
白い手袋に包まれていてる手は思ったよりごつごつしているのが布越しにわかった。剣を持つ男の手だ。長兄もこんな手をしているがこの男ほどではない。相当の使い手かもしくは日常的に剣を使う生活をしているのだろうか。
──貴族の跡取りが? まさか。と思うが、初対面の、それもこれから式が始まるというときに「あなたは人を斬ったことがありますの?」なんて流石のヴィヴィアンも聞けない。
思うことはあれど、不自然にならないくらいに頭を下げてその顔を見ないように彼女は会場の扉をくぐった。
ヴィヴィアンはずっと目を伏せたままこの薄っぺらに思える儀式を、執り行う人間が話す大仰な文句を、聞き流している。
ちらりと目をやると隣にいる男も軽く頭を下げているようで顔は見えない。もしこれに聞き入ってるのだとしたら……随分と真面目な男だと思う。
会ったこともない女を娶る酔狂な男。まあ大方自分の絵姿でも見て気に入ってしまったのだろう。そしてここに至ると。ここに至ったのだからトリスターに益のある相手なのだろうが、それがどういった理由かまではわからない。トリスターの女は基本的に政治に疎く育てられるのだから。余計なことを知る必要はないと教えられている。もともとヴィヴィアンは自分の美貌以外にはあまり関心がないのだけど。
「では、誓いのキスを」
気がつけば式はもうクライマックスを迎えている。顔覆う薄いベールが無骨な手に捲り上げられて、そこから現れた彼女の美貌に周囲が一瞬ざわりとする。いつものことだ。夜会に出た時はもっと人々がざわめくのだ。悪魔的な美貌は、トリスターの人間が持つ魅了のひとつ。
ヴィヴィアンは心の中でひとつため息を吐いて、しぶしぶ顔を上げた。
──さあ、私の夫になる幸運な男はどんな醜い面をしているのかしら?
不遜な気持ちで目を開くと、彼女は言葉を失った。
家族で見慣れたはずの黒髪と見慣れない緑の目を持った男……マルク・エヴァンスの予想外の端正さに。
「……失礼」
と、ムードも雰囲気もへったくれもない断りを入れてマルクはヴィヴィアンの唇に軽く触れる。キス、というよりは唇で撫でただけというような軽さで、羽で撫でられたかのような一瞬の口づけだった。
会場からは割れんばかりの拍手が響き、家族からの「おめでとう」という声をかすかに聞き取るだけで精一杯だった。
ヴィヴィアンは動揺を隠せない。
──待って、待って。聞いてないわ……! 自分の夫がこんなに美丈夫なんて……!!
*
「ちょっと貴方! そんな埃まみれの格好でこの部屋に入らないで!」
輿入れして早数週間。慣れない新居での生活もようやく落ち着きを見せてきた。けどひとつだけ慣れないものがある。
「すまない」
「そう思うならせめて外で上着を払ってからにしてちょうだい!」
「ああ、次からそうしよう」
「次じゃない、今からよ!」
この衣服や外見にまっったくの無頓着である夫マルクの存在だ。領内の自警を務める騎士団の団長だったマルクは最近横行している強盗団の調査をしているらしく、いつもひどく汚れて帰ってくる。
どこを調査しているのか……それも貴族の端くれにも関わらず、煤だらけやら今日のように埃まみれやら、頭に葉っぱの土産をつけて帰ってくることもあるのだ。
外見にすべてを懸けてきたヴィヴィアンには信じられない所業だ。せっかくいいものを持って生まれたのにそれを汚して平気だなんて信じられない。
……たまに返り血をつけていることもある。それに関しては不思議なことに念入りに気をつけているらしく服についていることはないのだが、襟に隠れた首筋や耳の裏あたりにひっそりとついているのを見たことがあった。少しだけ、恐ろしくて、指摘はできなかったのだが。
「これでいいか?」
疲れているだろうに部屋を追い出されたマルクは文句も言わずヴィヴィアンの言う通りご丁寧に服を払ってきて、伺うように彼女を見る。
「……ええ、構わないわ」
ヴィヴィアンも好きでこんな態度をしているわけではない。確かに気が強いとか思ったことを口からすぐ出してしまう性格だとは自覚しているけれど、夫を立て陰日向に支えるのがトリスターの女としての生き様だというのもよくわかっているのだ。
だけど、どうしてか。この夫を目の前にすると、思っていることから思っていないことまでスルスルと口から出ていってしまう。口に戸は立てられないとはいうものの自分でもおかしいくらい歯止めが利かない。
──せめてもっと優しく言えたら。それだけでいいのに。
素直になれない自分がひどく歯がゆかった。己に正直なところが彼女の美徳でもあったのに。
「どうかしたか、奥方」
ひっそりと落ち込んでいるとマルクは軽く首を傾げてこちらを見る。いつのまにかラフな服装に変わっている。彼はほとんどのことにヴィヴィアンの手を必要としない。また役に立たなかったと落ち込んで息をついた。それからこの呼び方も気に入らない。まるで誰か他人の妻を呼ぶように、“奥方”だなんて。
「いいえ、なんでもないわ! 私もう空腹でたまらないの、早く食事にしましょう!」
──あなたを待っていて遅くなったのよ、というのは辛うじて飲み込んで、ヴィヴィアンはずんずんと廊下を進み始めた。寂しい……いや、イライラするのはお腹が減っているせいよ! と自分に言い聞かせながら。
開け放たれた扉の前で、マルクが困ったような顔をしていたことなんて知らないまま。
「好きな食べ物はあるか」
「特にありませんわ」
「じゃあ嫌いなものは?」
「……ありませんわ」
「そうか……だが、あまり食事が進んでいないようなのだが」
「ちょっと、食欲がないだけですわ」
「なら医師を呼ぶか?」
「いえ、そこまでではないのでお気になさらず」
──食事が進んでないですって? だってあなた(のお美しい顔)と一緒だからなんですもの!! そんなこと言えるわけないでしょう、恥ずかしい!
正直に言うここまでマルクの美貌に惚れ込むとは思っていなかった。彼は下手をしたらヴィヴィアンよりも美しいかもしれない。あまり手入れをしない男だからこそヴィヴィアンの方が輝やかしい容姿しているが。
彼女はその顔を見ていると胸いっぱいで食事も取れないのだ。
美は食から、をモットーとしているヴィヴィアンには一回の食事も疎かには出来ないというのに。
なんとかスープとワインで流し込むように食べるとマルクもなんだかんだ納得したようでそれ以上何かを言うことはなかった。
早く慣れなければ美味しいものも楽しめない。
「今日は遅くなる。先に寝ていてくれ」
「……わかりましたわ」
見送りくらいはせめてと思い、ヴィヴィアンもともに朝早くから起きている。帯刀した凛々しい姿のマルクにうっかり見惚れそうになって告げられた言葉に少しがっかりする。
ここのところ例の強盗団が活発になっていて、マルクの周囲は慌ただしい。なにごともなく捕まえられるといいが、何が起こるかはわからない。
いつものように振り返らない背中を、見えなくなるまで見送ってヴィヴィアンはその無事を祈った。
「未亡人なんて、ごめんですからね」
なんて、ただの冗談のつもりだったのに。
──風雲急を告げる、とはこのことを言うのだろうか。
マルクについているはずの従者が慌てた様子で屋敷へ駆け込んでくるのを、たまたま怪しくなった空模様を観察している時に見つけた。
速足で玄関まで向かうと先に報告を受けていたらしい執事が蒼白な顔で「旦那様が賊に襲われ重体だと……」と言った。
ヴィヴィアンは急な耳鳴りを起こしたのかと思う。だって執事が言っていることが全然理解できないのだ。
「え……?」
──そんな、まさか。あの旦那様が? 日の出前から起きて鍛錬を欠かさないあの人が? この領内で右に出る者はいないというほどお強いあの人が負けた? ……そんなことあるわけないじゃない。
「どうやら彼奴等は正面突破はかなわないと背後からの複数名で奇襲を仕掛けたのだと……大方のやつらは旦那様が返り討ちにしたそうですが、ひとりまだ幼い子供といえる少年がおり、その姿に一瞬戸惑われた旦那様へ致命の一撃を与えたのだと……」
そこからの記憶はあまりない。たくさんの男たちに担ぎ上げられて帰ってきたマルクは血の気を失って真っ青な顔をしていた。
誰よりも先に駆け寄ると男たちはマルクを下ろして、悲しそうな目でヴィヴィアンを見る。
横たわった体を、マルクが運ばれる前から駆けつけていた医師が見始めた。
ヴィヴィアンは膝をついてその頭を抱えて乱れた髪に触れた。
──ダメじゃない、こんなにボサボサにして。
「奥方様……申し上げにくいのですが……彼はもう……」
検分し終わった医師が彼の未来を告げる。その言葉にヴィヴィアンは弾かれるように叫んだ。
「いやよ! お願いこの人を助けて!」
「助けたいのは山々ですが……しかし、太い血管をやられ、大事な臓器も著しい損傷が見られます……手の施しようがありません……」
「そんな、なにか、なにかあるでしょう!? 他にもできることが!」
「……できるだけのことはしてみますが、なんの保障もできません」
無慈悲な宣告にヴィヴィアンは髪を振り乱して子供の癇癪のように喚いた。
「嘘よ、だって、そんな……私まだ、この人に言いたいことのひとつも言えていないのに! 好きだって、愛してるって言えないままなんて……!!」
血塗れのマルクの体は徐々に冷たくなっていく。血が流れ出ているせいだと医師は言った。まるで命そのものが流れ出ていくようで怖かった。なによりも、夫を失うことが、恐ろしかった。
「すま、ない……」
ヴィヴィアンの悲痛な叫びで目をうっすら開いたマルクは呻くように言った。
今そんな言葉を聞きたいのではなかった。彼女はもう一度叫びたかったけれど彼の口が動くのを見て止めた。
モゴモゴと動く口はもうほとんど声になっていなかったけれど「俺も」と言ったのが、なんとなくわかった。
マルクはまたそのまま気を失ってしまってヴィヴィアンは自分まで気を失いそうなほど血の気が引いたが、聞こえないだろう彼に最後まで泣き喚いた。
──だって彼はこれまで私の言うことは全部聞いてくれていたから。どんなに語尾が荒れた言葉でも耳を傾けてくれた。私に寄り添おうとしてくれた。だから今もきっと。
「俺もって何よ! ちゃんとはっきり言いなさいよ! このまま死ぬなんて許さないんだから!」
最善を尽くすと言った医師がヴィヴィアンをマルクから引き剥がし、この家の従僕やら自分の部下とともに担架に乗せた身体を運んでいった。
それを呆然と見送ったヴィヴィアンは手も髪もドレスも血に染まってとても見られたものではなくなっていたけれど、しばらくその場から動くことができなかった。
***
なんとか一命を取り留めたマルクに医師は「奇跡だ」と言った。
ヴィヴィアンはたぶんマルクが鍛えまくった体のおかげなんじゃないかと思う。それを次兄のクラウスに言えば「そうかもしれないね」なんて適当なことを返して、長兄のスタンレイならきっと「ありえない」と一蹴されたはずだろう。
「どうしてもう歩けるのよ。貴方おかしいわ」
「いや、君なしでは歩けない」
「はいはい、私は都合のいい杖代わりよね」
「……そうではないんだが」
「じゃあこの手を離して私をエスコートできて?」
「……すまない」
「それは聞き飽きたわ」
マルクが生死の境をくぐり抜けてから早三ヶ月が立っていた。例の強盗団はマルクがほとんどを切り伏せたため壊滅状態になり残党も着実に捕らえられ数を減らしている。
マルクに一撃を与えた人間はまだ年端も行かない少年で、どうやら家族を盾に取られ仕方なく一団に従っていたらしい。急に子供が現れたら油断するかもしれないという、敵側の策は見事に嵌り彼は絶体絶命の窮地に陥ったのだ。
その少年の家族は無事救い出され、少年もどうしようもなかったとはいえ負ってしまった罪を償いたいと申し出た。
マルクはその思いを受け自分の騎士団の下働きを申し付けた。むしろ厚遇ともいえる扱いに反発した者もいたが、こんな思いをする人を減らすのが自分の役目だと言った彼に逆らえる者はいなかった。
医者にいつ死んでもおかしくないと言われたマルクは驚異的な回復力を見せ、化け物じみた回復速度で今や歩けるようにまでなっていた。医師の見立てだとあと二ヶ月は絶対安静だと言われていたのにも関わらずだ。
そういう訳で動けるようになった彼はもう部屋に篭りきりは嫌だというので、ヴィヴィアンは仕方なく外へと連れ出した。といっても屋敷の裏にあるちょっとした丘までの短い散歩だ。
この家には庭がない。何故なら海から吹き寄せる強い潮風で大抵の植物は枯れてしまうから作れないのだという。けれどその代わりに海を一望出来る場所に建っていた。
「ここはいつ来ても綺麗ね」
光を浴びてキラキラと輝く海面は美しいエメラルドグリーン。もっと暖かくなれば泳ぐこともできるらしい。ヴィヴィアンは自慢の髪が痛むから泳がないけれど。大体彼女は泳げない。
「ああ、俺の好きな場所だ」
ここはマルクが嫁いだ彼女を一番最初に案内した場所でもある。トリスターの領には海がないのでヴィヴィアンが海を見た初めての場所がここだった。その美しさに一目で心を奪われた。まるで初めてマルクを見た時と同じように。
その海と同じ色の目をした彼は凪いだ海を見つめ穏やかに笑っている。
──ああ、ほんとうによかった。
ヴィヴィアンは心から夫の生還を祝った。今なら素直に気持ちを言える気がする。大好きだと、一目惚れだったのだと。今までのはすべて照れ隠しだったのだと。
「なあ」
これまでひた隠しにしていた思いを打ち明けようとすると一足先にマルクが口を開いた。
「何かしら?」
「あのとき。……俺が瀕死の状態だったとき」
「ええ」
「君に言っただろう」
「──『すまない』?」
「ああ、いやそれではなく」
「冗談ですわ。…………あの言葉の続きを教えてくれるのですか」
「聞いて、くれるか」
「貴方がおっしゃってくれるなら」
胸が異様にドキドキした。こんなにドキドキしたのは彼が死にそうになった時以来だ、なんて不謹慎にも思う。
いつも何を考えているかわからないマルクがじっとヴィヴィアンを見つめている。
「では、聞いてほしい。俺も、君が好きだ。まっすぐで飾らない言葉が、態度が心地いい。君も気づいていると思うが、俺は人の心を察するのが苦手でな。歯に絹を着せたような貴族のやりとりは得意じゃない。だから言いたいことをちゃんと言ってくれる君が嬉しくて、次第に好きになった。
こんな俺だが、できれば愛想を尽かさずにそばにいてほしいと思う」
そのときばかりは常に響いているさざなみの音も、海鳥たちの歌声も、どこか遠い世界のものになった。
実直で無口で無骨な人間であるマルクが、ヴィヴィアンだけを見つめている。慣れない様子で愛を囁いている。それだけで彼女の胸は熱く苦しくなる。
グリーンの瞳の奥でヴィヴィアンは自分が泣きそうになっているのを見た。
「すまない、あまりこういうことは、言い慣れていなくてな、気を悪くしたら謝ろう…………おい、どうした? 泣くほどダメだったか?」
「……もうっ、貴方は少し空気を読む力をつけるべきだわ!」
「いや空気は吸うものだろう」
「お約束の返しは結構! 私は嬉しくて泣いているのです! ……馬鹿マルク様!」
「今、名前を……」
「さあ今こそ空気を読んでくださいまし!」
「あ、ああ。……ヴィヴィアン。愛しき俺の奥方様」
「遅いですよ……言うのが」
「すまない」
「でも特別に許してあげますから、これからはもっと言ってくださいね」
「…………善処しよう」
「もう、もう! そこは『もちろんだ』って言うところでしょう!」
「すまないな、どうにも照れくさくて。……ところで君からは言ってくれないのか?」
「……そこには気づくのね。意外と目ざといのかしら」
「なんて言った?」
「……いいえ何でもありませんわ。そうですね……ここは風が強いですから身体が痛む前に戻りましょう」
「ヴィヴィアン、俺はまだ、」
「……帰ったら聞かせてあげますから!」
「そうか、それじゃあ急いで帰ろう」
二人の家へ。どちらともなくそう言うと二人はお互いの手を取り静かに歩き出した。
「ああ、そうだ奥が……いや、ヴィヴィアン」
部屋に着くとマルクがメイドを呼んだ。
「どうしまして?」
「これまでの礼に贈り物があってな」
呼ばれたメイドが持ってきたのはダリアをメインに入れたフラワーアレンジメントだった。
「え、これを……私に?」
「ああ。あまり嬉しくなかったか?」
「驚いたわ! まさか貴方に花を送る甲斐性があったなんて!」
思いが通じても急には変われるものではないようで、ヴィヴィアンはつい減らず口を叩いてしまった。そんなヴィヴィアンを微笑ましそうに見つめるマルクの目には微かな炎が灯っている。
「……ありがとう、マルク。愛してますわ、初めて教会で会ったあの日から」
「そうか、嬉しいよヴィヴィアン。君は誰よりも美しくて気高くて、愛おしい俺の妻だ」
お飾り系女子 〜もっとも飾りに丁度いい彼女はもっとも飾りを必要としない無骨な男に嫁ぎました〜 おしまい
この話が一番ファンタジーしてる。ご都合主義って暴論でゴリ押しします。