長女リュドネの場合
二話目。長女編です
王弟の息子、というのは実に微妙な立ち位置だとノエルは思う。
自分の生まれを不幸だとは思わないけれど、自由があるようでないこの立場を好きかどうかと聞かれると、そうとも言えないのが本音であった。
通り一遍の勉学に剣術を修めるとあとはほっぽらかし。自分のやりたいことも制限される。王位継承権からいまいち遠い彼は、必須の帝王学もそこそこしか教わらない。王位を狙えなくもない血筋ゆえ知識をつけすぎるのも危険だと過去の歴史からそう考えられていた。程よく無能であればいいと。
もちろんノエルに簒奪の意思などないし、そんな器でもないと自覚していたが、いつの時代とて不埒な考えを持つものは現れる。利用しようとするものが現れてもおかしくはない。
現王の治世は安定している。国として円熟期を迎えていると言っても過言ではない。そして王太子である従弟も人格者であり先見の明を持つ跡取りとして十分な才覚の持ち主であったために、血で血を洗う継承争いなどは到底起こりえないとしてもだ。
ノエルはそんなわけで籠の鳥同然な生活を送っていた。不満はない。というより何が不満かわからない。
ただ少しだけ、退屈だった。
単調な毎日を送るノエルを癒したのは部屋から見える中庭の花々たちだった。色とりどり咲き乱れる花は一日たりとも休むことはなく葉をつけ花を咲かし枯れていく。
生きている、そのことだけを真剣に営んでいる花を見てノエルも自分もこうありたいと思うようになった。それから引きこもりがちだったノエルは庭に出て、庭師に教えを請いながら、花を愛でる日々が始まった。
「お前の縁談がようやく決まったよ」
父からそう告げられたとき、ノエルはついにこの時が来たかと思った。十代のころに一度破談になってから、なかなかノエルの縁談は決まらず長い間空席となっていたのだ。
彼はそのときから今に至るまで、ずっと考えていた。自分の家族になる人は一体どんな人だろうかと。
出来れば優しくて、花が好きな人がいい。世話まではしなくていいけれど、一緒に花を愛でることができたらなんてしあわせだろうか。
「お相手はどなたでしょうか」
地盤の安定した侯爵令嬢か、それともいとこかはとこの誰かだろうか。奇を衒って辺境伯の娘だったりして。ノエルは誰でも構わなかった。些細な夢が叶うのならば。
元より彼に選択肢などなかったけれど。
「リュドネ・トリスター嬢だ。かの家の長女にあたる」
聞いた瞬間、ノエルの描いていたささやかな将来の夢は儚く砕けて散った。男は悪魔、女は魔女と言われる禍々しい曰くつきの一族の人間が花を愛でるなど、彼にはとてもじゃないが想像できなかった。
「……わかりました。結婚は近々行われるので?」
「ああ。かの家でもっとも美しいとされる令嬢だからね、さぞ婚礼衣装も見事なものになるだろう」
ノエルは父のそんな言葉を聞いても喜べなかった。彼にとっては女性の容姿なんかよりも、花を共に愛せる感性の方が大事であったから。けれど決まってしまったものは仕方がない。
相手が仮にいかに恐ろしく残虐な性格をしていたとしてもノエルはできるだけ優しく大切にしようと思った。それこそ彼の愛する花のように。
たとえ夢が叶わないとしても、幸せな家庭が作れないわけではない……はずだと。
実際にまみえたリュドネは確かに大層美しい女性であった。トリスターの女性は極めて美人が多くその中でも彼女は特に美しいと言われ、いかな悪名を知れども恋慕するものは多かったらしい。
そんな人と自分は結婚するのだと思うとノエルは少しでも釣り合うように衣装をほんの少し華美にしてほしいと頼んでいた。あまり自分の容姿には自信がなかった。着る服で誤魔化せるのなら誤魔化してしまいたい。
地味な自分が、目を引く美人と共にいるなんて場違いではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
彼女の婚礼衣装は“攫われ姫”の異名を持つ彼女の母が着たものだと聞いた。シンプルで古典的なそれは流行に惑わされることなくその真価を発揮しリュドネをより一層引き立てている。
ノエルにはその姿がまるで絵画か、美をかき集めて作られた人形のような人から離れた完璧な芸術品に見えた。触れた手のぬくもりでしか人間だと感じられないほどに。
これでノエルが望んでいたような穏やかな家庭が作れるのか、甚だ疑問だった。運良く仮面夫婦、悪くて妻に蔑ろにされる夫になりやしないか、そんなことまで考えが巡る。
もちろんノエルとて王家の血族に相応しい容姿の持ち主である。だがその性質はリュドネが持つ人を騒つかせるような匂い立つものではなく、反対に人を和ませ癒すような雰囲気のもの。リュドネの放つ異彩はノエルには少々居心地の悪いものであった。
「これからよろしくね」
「はい、末長くお願い致します」
ノエルの精一杯にリュドネは嫋やかに笑って答えた。
戸惑いながら済ませた初夜の後、先に眠ってしまったリュドネを見つめる。黒檀の色の髪がしどけなくベッドに流れ広がって、どこか童話の姫君めいていた。今は見えない宝石のような水色の瞳も、透き通るような白い肌も。
ノエルの妻になった女は純潔を散らしてもなお、神秘的な美しさを持ってそこにあった。
「魔女ではないようだけれど、ここまでくると同じ人にも思えないなあ……」
そんな新郎のぼやきが夜のしじまに消えるのだった。
「ノエルさま、おはようごさいます」
隣からする声にノエルは初めは侍女の声かと思って、その聞き覚えのなさにハッと目を覚ます。
「お、おはよう。早いね……」
半裸のまま飛び起きたノエルの目の前には、すでに完璧に支度の整ったリュドネの姿があった。見比べて自分との差異に、恥ずかしくなったノエルは思わず被っていたシーツをずり上げる。
「昨日は先に眠ってしまって申し訳ありませんでした」
「え? あ、いや、別に気にしなくていいよ」
「次からはきちんと閨事のご要望にも答えられるように致しますので、なんでもおっしゃってください」
「は?」
「それがトリスターの女の務めですので」
朝一の回らない頭に特大の岩をぶつけられた気分だったが、回らないことを言い訳にノエルはリュドネの発言を聞かなかったことにした。まさか女性の方から夜の要望を言えだなんて言われるとは思わなかったのだ。
ノエルはトリスターに関する噂を多少聞き及んでいたけれど、その内情までは知らない。あまり積極的に知ろうとも思わなかった。
だからリュドネのいう『トリスターの女の務め』がどういうことを指しているのか知るはずもなかった。一般貴族男性の間では暗黙の了解として知られていることであってもだ。
花を愛でることに己のすべてを捧げているノエルにはそういう下賤な噂は届かないようになっているのを本人は知らない。そしてノエル自らが興味を示すこともまた、なかった。
「ノエルさま、今日はどんなご予定で?」
「あー午前は父の使いで王宮に行くよ。そのあとは西の庭園に行って、それから温室にも寄る予定。君は……昨日のこともあるから部屋でゆっくりしていて。まだ荷物整理も終わっていないだろう?」
「いえ……メイドが恙無く済ませておりますので」
「じゃあ好きなことしていていいよ」
「好きなこと、ですか」
「うん。僕はそろそろ支度をしないと」
「……あ、ではメイドを呼んできますね」
「ああ、いいよ、わざわざ。自分のことは大抵一人でできるから」
もともとやっていいことが限定されていたノエルは許されるならばなんでも自ら行う性格になった。それゆえ身支度などを誰かに手伝わせることもしない。リュドネはそれを驚きの心持ちで見つめていた。
王宮へはそれこそ物心つく前からやってきているノエルはさっさと使いを済ませて、自分の庭と呼べるほど慣れ親しんでいる西の庭園にやってきた。
季節の花を咲かせた庭園は一流の庭師によって手入れをされているが、王の許可を取り、一部だけノエルの手による場所があった。
そこを一通り回り、雑草や枯れた花を摘みいつも使っているカゴに入れていく。それだけでも大分時間が掛かる。狭いスペースとはいえ毎日来れるわけでもないので、雑草は容赦なく生えてくるのだ。
どうしても長期間来れないときなどは他の庭師に世話を頼むこともあるけれど、ノエルはこの場所をできる限り自分で整えたかった。種から育てた花もある。初めて花を咲かせたのもここだ。思い入れは深い。
水やりは時間の関係もあって庭師が一括してやっているが、時々ノエルもその時間に合わせて手伝ったりもしていた。
草を抜いた土の匂いと花からする様々な香りが混じり合っている空間でノエルはホッと息を吐いた。
きらびやかなものも、派手なものも嫌いではないが得意でもない。それが花であったら話は別だが。ノエルは大輪の百合のような妻を思い出してもう一度ため息を吐く。
これから夫婦としてやっていくのだ。ため息をついている場合ではない。汚れた手を払ってカゴの草を廃棄場所まで持っていくとその場をあとにした。
温室はノエルの住む邸宅の庭にある。何代か前の公爵夫人が当時の技術の粋を集めて作らせたガラス張りのものだ。この建物だけでも完成された芸術品のような凝った作りになっている。
ノエルはそこで一輪の花を摘んだ。まあるい作りの花は八重の花びらを持ち、色とりどりに咲いている。その中の紅色のものを選ぶ。しかしそれだけでは寂しい気もして、黄色とオレンジ、それから違う種類の小ぶりな白い花を何本か摘み、花束を作った。
──できたばかりの妻に初めて贈る花束だった。
「黄色と水色のリボンがほしい」
「かしこまりました」
部屋に持ち帰りメイドにそう頼む。自分の髪とリュドネの瞳の色のリボンだ。我ながら恥ずかしいことをしている気もしたが新婚なのだ、これくらいしても許されるだろう。そう思うことにした。
程なくして美しいリボンが用意され、ノエルは器用に巻きつけていく。花の手入れをしているおかげかこういう細かい作業は得意であった。
「じゃあ、これを妻に届けてくれ」
そう言われたメイドは一瞬耳を疑った。ここまで自分の手で用意して、渡すのは他人任せでいいのかと。
「……かしこまりました」
だが主人のいうことに否を言う権利はないメイドは花束を恭しく受け取ると部屋を退出した。そしてそのままリュドネのいる部屋へと向かう。
コンコンとノックをするとリュドネ付きの侍女がメイドを招き入れた。もちろん主人の意向を汲んでのことだ。
新しく主家の一員となった若奥様は人形のような美貌の持ち主で、メイドは些か緊張しながら花束を差し出す。相手は嫁いできたとはいえあのトリスターのご令嬢なのだ。何か不足があってはいけない。
「こちら、旦那様より奥様にとお預かりした花束でございます」
「……これをノエルさまが?」
「はい」
「綺麗ね。このリボンも可愛らしい」
「花も、花束も、リボンも、旦那様が手がけたものにございます」
「……この、お花も?」
「はい。旦那様は花を愛でるのがお好きで、それが高じて花を育てていらっしゃいますゆえ」
「まあ……」
メイドは自分が余計なことを言っているのではないかと思った。けれど自分が言わなければきっと旦那様は己から言うこともないと気づいていたのだ。謙虚さにおいては王侯貴族の誰にも負けないのでは、と昔から勤めいているメイドは思う。
リュドネは嬉しそうに受け取ると一度胸に抱きその匂いを嗅ぐ。それから「では、二人の寝室に飾りましょう。花瓶を用意して?」と言った。
「すぐにご用意いたします」
足早に廊下を歩きながらメイドは思う。
──何故旦那様は自らお渡しにならなかったのか、と。自らお渡しになれば、あんなにも喜ばしく笑う奥様のお美しい顔を見られたというのに。
寝室に入って、ノエルは朝との違いにすぐに気がついた。
「どうして、ここに?」
妻に贈った花束は絢爛な花瓶に入れられそこにあった。ノエルはてっきりリュドネの私室に飾られるものだと思っていたのでびっくりしていた。
「ああ、ノエルさま」
後から部屋に入ってきたリュドネは立ち尽くしているノエルに声を掛ける。そのままノエルのそばまで行くと興奮したように話し出す。
「こんな素敵な花束をくださってありがとうございます。とっても美しくて感動しました。メイドがあのお花はノエル様が育てたのだと申していたのですが、もしそれが本当ならわたくしにも手伝わせてくれませんか? わたくし昔からお花が大好きだったのです。母様も花を世話するのが好きで、わたくしも手伝いたかったのですが父様が、“嫁入り前の娘にはやらせぬ”と反対されてしまって……見ていることしかできなかったのです。でももうわたくしはノエルさまのものになりましたし、ノエルさまがお許しくださるのなら是非お手伝いしたいのです!」
ノエルはその独白を呆気にとられる思いで聞いていた。
──待て待て。彼女は箱入りのご令嬢だぞ。しかも生家はかのトリスターだ。それが? 花が好き? 世話をしたい? ……されるのではなく? ……“僕のもの”という問題発言はとりあえず聞かなかったことにしよう。
黙り込んでしまったノエルにリュドネは今自分がしてしまった発言がまずかったのかと思い顔色を変える。
「申し訳ありません、つい興奮してしまいました。ノエルさま、ご無理を言ったのなら謝ります」
「え? いや、そういうわけじゃ……」
あったり、なかったりするのだが。不安そうな双眸にノエルは語尾を飲んだ。そして慌てて言い募る。
「無理なんかじゃないよ、ちょっと驚いただけなんだ」
まるで人形のような美女が、幼い子供のように目を輝かせてお願いしてくるなんてちっとも想像していなかった。まさか、というに尽きる。でも、よくよく噛み締めてみれば。
──ノエルとて願ったり叶ったりなのだ。
「ノエルさま……?」
「君の願いは、僕と同じだったみたいだね」
「え……? あの、それじゃあ……」
「うん。今度温室に案内するよ。君の届けたあの花はラナンキュラスと言って他にも色があるんだ。今度は君の好きな色を教えて欲しい。王宮の庭園にも一緒に行こうか。あそこにもたくさん花があるんだ」
「はい、是非に……!」
***
リュドネは昔からのんびりとした娘であった。正反対の性格をした兄二人と姦しい妹二人に静かな妹が一人、それから溌剌とした弟が一人。たくさんの個性に囲まれながらリュドネはマイペースに育つ。そのせいか、わりあい大人しくいつもおっとりと微笑んでいるような子供であった。
そんなリュドネが一番に興味を示したのが花だった。ある日弟が持ち込んだ小さな黒い粒、どうやら花の種らしく、それを見てリュドネは不思議に思ったのだ。
──どうしてこんな硬くて黒い小さなものが、あんなに綺麗に咲く花になるのだろうと。
弟は庭師から植木鉢を借りてその種を植えた。しかし三日もすると飽きの早い子供らしく世話をほっぽり出していた。そのあとを継いだのがリュドネだった。弟の後始末のためではなく、純粋に興味があった。花を咲かせてみたい。
母に相談しながら、時折図書室で本を開き、リュドネは種に水をやった。数日後、双葉をのぞかせた種に喜んだのは言うまでもない。
しかし父が許してくれたのもそこまでだった。無事に花を咲かせたあと再び種になったそれを地植えしたいと願い出たときのこと。
「それはならぬ。草木の世話は庭師の仕事だ。あれは重労働の上、何かと傷も多い。お前はトリスターの娘だ。傷物に価値はない」
すでにトリスターの教育が始まっていたリュドネは、その言葉に逆らうことができなかった。
「お父様はね、心配しているのよ。あなたたちにはできるだけ良い方と結ばれてほしいから。……今は母様が育てた花で満足してくれないかしら。あの花も頑張って咲いてくれたのよ」
母が生けてくれたオレンジのポピーは可憐に揺れている。手の中の黒い粒と見比べて、リュドネはそっとを差し出した。
「この種も、綺麗に咲かせてくれる……?」
「ええ、もちろんよ。何回も咲かせるわ、あなたがお嫁に行くまでね」
「お嫁に行ったらどうなるの?」
「この種をあなたに贈るわ。それからはあなたがこの種を咲かせてあげてくれる?」
「……うん、わかった」
早くお嫁に行きたい。リュドネはその日を心待ちにするようになった。
数年がたち、当代一の美女と言われるようになったリュドネは相変わらずのんびりとした性格のままであった。けれど、そののったりとした動きも、ぽやっとした表情も、どこか男心をくすぐる妖艶なものに見えて独身貴族からたくさんの熱い視線を送られている。
しかしその熱の意味をまったく意識していないリュドネはあちこちから送られてくる視線をのんびりと見回しながら、一体このなかの誰が自分の伴侶になるのだろうとぼんやり思うだけだった。
結果として。下賤な視線を送っていた男たちの中には彼女の伴侶になる人物はいなかった。
父が選んだのは最も尊き血筋のひとり。王族の一員である、王弟の一人息子……ノエルであった。
正直なところ、リュドネにとって相手や嫁ぎ先はさして重要ではなかった。有り体に言えば誰でもよかった。彼女は嫁入りさえすれば、花の世話ができると思っていたからだ。
トリスターの女は所詮は飾り。目に見えるところ、それも人様に見えるところに気を遣っていれば問題ないだろうと思っていた。それ以外では好きにしたっていいだろうと。きっと大切にはされないだろうからと。そもそも結婚自体にもあまり興味はなかった。
そんなリュドネを娶ったノエルという男は、彼女の予想とは違う人間だった。控えめで謙虚。王族というには少し威厳に欠ける。でもそばにいるとほっとして心があたたかくなるようなそんな雰囲気の持ち主。しゃべり方もゆっくりしていて耳に心地よい通る声をしている。物腰は丁寧で流石に精練された王族というに相応しい立ち居振る舞い。見た目に派手さこそないが、磨かれた銀食器のように光る美しさがあった。
今日からこの人の妻、家族になるのか。それはリュドネにとってとても幸運なことに思えた。
初夜の次の日だというのにノエルはさっと自分で支度を済ませると邸宅を出て行く。
やはりご満足いただけなかったのだろうか、とリュドネは考えながら「好きなことをしていい」と言った夫の言葉に従うことにした。
「植木鉢をお借りしたいのだけど」
侍女に頼んで、帰りを待つ。嫁入りが決まった晩に母から渡された大切な種だ。約束は果たされた。そしてようやく始まる。いつかはこの花以外も育ててみたい、そんな夢想までしていた。
柔らかく盛られた土に種を植え、日当たりのいい窓辺に置いた。今度はいつ芽吹くだろう。考えるだけでわくわくしてくる。
そうこうしているうちに夫は帰ってきたらしい。出迎えそびれたリュドネは顔を見に行こうか迷って、簡単に身支度を整えた。
するとメイドがやってきて、綺麗な花束を差し出しこういったのだ。
「花も、花束も、リボンも、旦那様が手がけたものにございます」
驚いた。純粋に。自分の夫になった男性は、こんなことまで手ずからやってくれるのかと。しかも花は自分で育てているだなんて。
普通の貴族であればあまり歓迎されないその趣味も、リュドネにとっては喜ばしい以外の何物でもなかった。
「一見同じような薔薇にもいろんな種類があるのですね」
「そうだね。色だけじゃなく花びらの数や花の大きさ、棘の大きさなんかも違うね。それからほら嗅いでごらん」
「ん……ああ、香りも全然違いますわ」
「ね。薔薇は花が艶やかだからご婦人方に人気があって品種改良も積極的に行われているんだ」
「だからこんなに種類が……」
「そうだよ。どれか気に入ったものはあった?」
「この薄紅色のものが好きです。とてもいい香り」
「じゃあそれを株分けしてもらおうか」
「そんなことをして良いのですか?」
「平気だよ、王家からの許可は得ているから。こうすると同じ花が僕らの家にも咲くんだ。楽しみだね」
「はい……!」
王宮の顔とも言える中央庭園にやってきた二人は仲睦まじく寄り添って歩いている。それを遠巻きに見ているものの反応は様々だ。
王家の者が魔女にすっかり取り入られてしまっただの、あの妖艶な花を手折ったのが血筋だけの男だの、かのトリスターの女を娶ってしまうなんて羨ましいやらおぞましいやら。
しかし当人たちはそんな下世話な視線もどこ吹く風、お互いしか見えていないし、それ以外は花にしか興味がない。
周囲の思惑に反して、ひどく穏やかな愛が二人を包んでいるのであった。
平凡な愛をあなたと。 おしまい
ほのぼのカップル。作中一番権力があるのに一番穏やかな二人になりました。
ちなみにこの話が申し訳程度のR15要素。