SHINIGAMI
ロープはドアノブにしっかり括り付けた。
後はこれを首に掛け、ゆっくりと座るだけだ。
こんな世界、生きる意味もない…
一緒に会社を立ち上げた奴に金を持ち出され、会社も倒産。
婚約者にも逃げられた。
マイホームも手放して、残ったの多額の借金だけ。
絵に描いたような転落人生だ。
両親とも死別しているし、もう生きてなくても良いのかな。
何もかも、面倒くさくなった。
ロープを首に掛けたその時、玄関のチャイムがなった。
そのまま無視をするつもりだったが、約10~15秒間隔に、律儀にチャイムを何度も何度も鳴らしてくる。
4.5分ぐらいだろうか、チャイムはまだ止まらない。
流石にこれはおかしいと、渋々、私は出る事にした。
玄関を出たら、そこには40~50代だろうか、黒いスーツに短髪、黒縁メガネを掛けた中年の男性が立っていた。
『何か用ですか?』
俺は怪訝な顔をしながら、その男に聞いた。
『急なご訪問、申し訳ございません。事が事な物ですから。』
男は落ち着いた声で、業務的な口調で坦々と話しだした。
『いきなりこの様な事を申し上げても信じてもらえないとは思いますが、実は私、"シニガミ"でございます。恐らくは初めて御目に掛かるかと思いますが、私達"シニガミ"は、本当に死を覚悟した人にだけ現れる者でございます。本日は、死神の業務として貴方様の元へ参りました』
『え~っと…ドッキリか何かですか?それとも宗教の勧誘か何か?いきなりそんな事を言われても、信じる訳ないじゃないですか』
『いきなり信じろと言っても、難しいのは理解致します。ただ、貴方様が今、本気で人生を終わらせ様とした事は事実ですよね?このタイミングで来た事が証拠でございます』
『それはそうだけど…』
人間、確信を突かれると何も言えなくなるものだ。
私が答えに困っていると、男が諭すように言ってきた。
『確かに大半の人は、私達が話をしても聞く耳を持って頂けません。しかし、"シニガミ"だからと言って、貴方に害を加える訳ではないのでご安心下さい。とりあえず、この様な話を玄関先でするのも何なので、お部屋に上げては頂けないでしょうか?』
確かに、身なりを見ると物取りや、強盗には見えなかったし、そもそも、人生を終わらせようとしていた身、早く終わらせたい、どうなっても良いという思いから男を部屋に上げる事にした。
男は部屋に入ると、チラッとドアノブに掛かってあるロープに目をしたが、その件には触れずに私に説明を始めた。
『私達、"シニガミ"と言っても、人の生き死にを管理する訳ではございません。"シニガミ"の業務は1つだけです。本気で死を覚悟した人に対して、自分の望むタイミングでの過去の自分に対して手紙を…言わば遺書を送り届ける役目が"シニガミ"なのです。ですので、一般的なイメージでは"死ぬ"に"神"で"死神"ですが、本当は"死ぬ"に"手紙"で"死紙"が正しいのです』
きっと男にとっては言いなれている事なのだろう、スラスラと無表情で話を進める。
『繰り返しになりますが、あくまでも私達の業務は、死を覚悟した人から、過去の自分へ手紙を届ける事でございます。ですので、手紙を受け取った後についてまで、私達は関与致しません。この後、どうするかは貴方様の自由でございます』
そう言うと、男は鞄から便箋とペンを取り出した。
それを私に渡すと、男は私に手紙を書くように勧めてきた。
私は半信半疑であったが、死ぬ前に遺書も書いていなかったので、遺書代わりに男の言われるまま手紙を書く事にした。
宛先は自分自身。送る時期は、独立して仕事を始めるか始めないか悩んでいた、3年前の30歳の自分に対してにしよう。
内容は至って在り来たりな内容を書いた。
30歳からの3年間、人に裏切られて転落する事。
彼女も家も失う事。
自分が死を覚悟している事。
お前はこうはなるなという事。
一通り書き終え男に渡すと、男は一言
『確かに受け取りました』
と言い残し、深々と一例して部屋を出て行った。
一体、何だったのだろうか。
時間にして5分程のことだったが、今のは本当にシニガミだったのだろうか。
暫く立ち尽くしていると、テーブルの上に手紙が置いてあるのに気付いた。
さっき、受け取った便箋と全く同じ。
まさか、さっきの男が置いていったのか。
手紙を手に取り、中身を確認した。
手紙の内容は、私自身から、私への文面だった。
1つ違うのは、この手紙の書き手が、50年後の自分であり、その未来の自分から、今現在の自分に対しての物だったのだ。
内容は
俺は50年後、つまり83歳まで生きている事。
今は家族が出来て、それなりに幸せな人生を送っている事。
しかし、現在は病気であり、その頃の医療技術でも、もう先は長くない事。
50年前の自分に対して、何だかんだ生きていけば、幸せはあるという事。
その様な内容の手紙が、震えた文字で書いてあった。
きっと、病状も深刻なのだろう。
手紙を読んだ後、便箋の中にもう1枚、何か入っている事に気付いた。
それは1枚の家族写真であった。
病室の様な場所で、1人の老人を囲んだ家族写真。
沢山の管が巻かれ、立ち上がれない様だが、顔と視線はカメラに向けている。
きっと、これが未来の自分なんだろう。
自分でも直感で分かった。
その周りにはその老人の子供や孫だろう、周りを取り囲んでいる。
老人のすぐ脇には、老人に手を握りながらこっちに向かって笑っている、中年男性がいた。
きっとこの人が私の息子なんだろう。
『何だ、シニガミだって笑うんじゃねぇか…』
はにかみながら、ポツリと1人言を呟いた。
何だろう、この手紙と写真を見たらお腹が空いてきた。
いつぶりだろう、こんなに食欲が湧いてきたのは。
『息子に心配されてここまで来られるなんて、恥ずかしいものだ。ヤツのためにも頑張っていきるかな』
私は1人言を呟きながら靴を履き、久しぶりに玄関の外に出た。




