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第三話 『それは長いと悲しんで』

「あの──もしかして、地球人、ですか?」


 キョロキョロと、それはそれは挙動不審の不審者じゃないのかと言うくらいに、辺りを見回していたこの俺、鈴蘭すずらん 紫凪しなであるけれど、どうだろうか。

 見えないはずがない、幽霊のまま異世界転移をしてしまった俺は、何故か声を掛けられた。しかも、『地球人』と言われては、振り向かないわけにもいかない。この異世界には、地球人なんて、俺ひとりしかいないのだから。


「もしかして、俺のことを言ってます?」


 振り向いて、自らを人差し指で指す。

 幽霊なのに、俺は幽霊なのに、彼女は声が聞こえて、そして応えた。


「貴方以外に、地球人なんていると思っているのですか?」


 返された。女神との会話を除けば、およそ一年ぶりの会話になろう。女神は論外だ、あいつは女神と呼ぶには相応しくない。むしろ悪魔と言っても差し障りないであろう。


「貴女、どちら様で?」


 訊いてみる。訊ねてみる。

 やっぱり彼女は、何の違和感もなく、ごく普通に応えた。それはまるで、俺を幽霊と思っていないのような、言葉であった。


「どちら様って、見てもわからないのです? どっからどう見たって、人間でしょう、ただの。亜人(デミ・ヒューマン)じゃない、ただの人間ですよ」


 応える。

 私は、ただの人間だ、と。

 ただの人間が、幽霊であるところの俺が見えて、いいのだろうか。家族さえも俺に気づかなかったのに、この見ず知らずの、名前さえも知らない彼女に、見えていいのだろうか。

 いや、そもそも。


「何故貴女は、ここにいるのですか?」


 此処は、異世界だ。

 中世ヨーロッパが舞台の、紛れもない、類まれなる、異世界だ。

 そんな異世界に、人間のいないこの異世界に、果たして人間の彼女が、何故いるのだろうか。


「転移したので」


 その、一言であった。

 異世界転移。

 何も、物語の主人公だけが、それをすると言うわけではない。もちろん脇役だって、ヒロインだって、転移をしたとしても、何らおかしくない。

 つまりこの人は、彼女は、現実世界から、俺のいたあのクソみたいな、ゴミ溜めみたいなあの世界から、つまるところの異世界転移をしてきたのだ。


「いつから……?」


 さっきから質問攻めな気もするが、彼女に対する質問は、湧いて出るように増えてゆく。


「もう長らくいすぎて覚えていませんが、もう、五年は経っているでしょう」


 見るからに、俺と同じ高校生か、まあ行っても大学生程度。そんな彼女が転移してきたのは五年前。ならばそれは、小学生か中学生のときに、この異世界に来たということ。


 遥か上であった。


 俺以上であった。


 俺なんかが、絶望してはいけなかったのだ。彼女は、五年前から、まだ物事の区別があまりつかないであろう、小学生か中学生のころから、この異世界にいたのだ。

 絶句だ。言葉も出ない。

 他人事なのに、俺は関係のないことなのに、悲しくなった。


「どうしたんです?」


 俺が悲しそうな雰囲気を醸し出していたのだろうか。心配してくれたのだろうか。

 彼女は、俺の顔色を伺う如く、顔を覗いてくる。下から覗いてくるので必然的に、上目遣いになっている、可愛い! すごく可愛いですっ!


「あ…………いや、何でもないですっ」


 顔が近すぎて、顔を直視することなんてもちろん出来ず、すぐに顔を離してしまった。

 赤く熱くなってるであろう頬を、手でパタパタと仰ぎながら、目を逸らす。あぶねぇ、もうちょっとで昇天しちゃうとこだったぜ。


「そういえば」


 彼女が、口を開いた。俺もまだ訊きたいことがあったんだが、まあ彼女のほうを優先させよう。


「名前、まだ言ってなかったですね」


 なんて言うと、くるりと華麗に一回転して、顔の横でピースを決めると。


「私の名前は、『シグレ』ですっ」


「お、おー…………」


 正直な感想、可愛いしか浮かんでこなかった。と言うか、可愛ければ何でもいいと思う、ほんと、この世の中。可愛いは正義とはよく言ったものだ。


「あー! やっぱ恥ずかしいっ!」


 自分でやっておいて、それはあるのか? なんて思ったが、少し挑戦してみたのだろう。少しぶりっ子っぽかったが、まあ可愛い。こんな挑戦は、別に悪くない。高校デビューとか、そんな類のものと、あんまし変わらない。


「…………」


 そう言えば、高校デビューと言う点で思い出したのだけれど、『異世界転移』やら『異世界転生』にしろどっちでもいいのだけれど、兎に角、異世界に行った主人公たちは、高校デビューをしたのではないか、と思う。

 正確に言えばそれは、高校デビュー擬きだ。高校デビューのようなものだ。

 いつもは、現実世界ではコミュ障全開の主人公が、急に異世界に行って饒舌になるのは、そういう、所謂高校デビューと同じ心理なのではないか、思い切った挑戦を、しているのではないか。なんて、この前までの自分の発言を否定するようなことを、思ってしまった。

 実際問題、自らが異世界に来てしまえば、そんなことはわかってしまう。必然的に、理解してしまうのだ。


「…………?」


 なんて、くだらないことを思っていると、シグレと名乗った巫女姿の美少女が、不思議そうな顔でこちらを見ている。もしくは不気味そうな顔で。


「それで、貴方の名前は……?」


 ああ、なるほど。俺の名前待ちか。そういうことか、そうかそうか、長らく人と会ってなかったから、そう言うことも忘れていたぜっ。

 などと自虐している暇も惜しいので、早く応えることにした。



「俺の名前は──スズラン・シナだっ!」



 もうその時には、『異世界転移は嫌いだ』なんて言うことは、一切合切、微塵も思っていなかった。この世界を見たことによって、彼女と話したことによって、少し気が楽になったのかもしれない。こんな世界は、悪くないのかもしれない──そう、思ったのであった。

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