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第二話 『その精神変わらず』

「それで──何だ、この有様は?」


 二ヶ月。

 俺が死んで、二ヶ月。

 女神(自称)と出会い、二ヶ月。

 俺が幽霊となって、二ヶ月。


 そう、二ヶ月が過ぎていた。

 たかが二ヶ月、されど二ヶ月。


 二ヶ月も経てば、女神チヅルが怒るのも当然のような気もするけれど、しかし、まあ、俺にとっては、とんだ迷惑であった。


 幽霊になって、腹も減らず、喉も乾かず、故にトイレに行く必要もなく、本物の引き篭もりと化していた。


「俺以上の引き篭もりは、この世にいないぜっ」


 と、そんなことを言えるくらい、俺は引き篭もりを極めて、引き篭もっていた。


 しかしそれも長く続くわけもなく、たった二ヶ月で終わってしまった。

 女神チヅルが、俺の部屋に、押しかけてきたのだ。俺が死んだため、パソコンくらいしか残っていない、その他のものは捨てられてしまった、俺の部屋に、赤髪の女神は、押しかけてきたのである。


「何だって、そりゃあ、見ればわかるだろ」


 しかし彼女が怒るのも、納得がいく。いや、いってしまったらいけないと言うか、そもそも、こうなったのは俺の意思であるからして、そりゃあ納得がいってしまってはいけないのだろうけれど、しかしまあ、俺も納得してしまった。


 女神チヅルが課した指令。


『何でもいいから、人の役に立つこと』


 俺は一ヶ月に一度、人の役に立たなければならないのだ。


 けれど、どうだろうか。俺は果たしてこの二ヶ月間、この薄汚れたパソコンしか残ってない部屋に引き篭もって、誰かしらの役に立っただろうか。


 否。


 答えは、明白であった。

 明白すぎて、それは、もう、透明なほどに。

 見透かされてしまうほどに、明白であった。


「君には、心底がっかりしたよ」


 真紅の髪が、艶やかに揺れる。

 風吹かぬこの部屋で、しなやかに靡く。


「神様もお怒りだ」


「──はっ」


 笑い飛ばしてやった。

 神様?

 女神がいるのなら、神もいると言うのか?


 ふざけんな、笑えない。


「じゃあ、あれか? 神様が怒ったから、俺を成仏させるとでも、言っているのか?」

「いいや、違う。もっと酷い、残酷なことだ」


 そう言うと、にっと笑い、人差し指を立てると、俺に顔を近づけてきた。女子特有の甘い匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。ていうか、女神でも匂いとか何とか、あるんだな。


「異世界に──転移してもらおうか?」


 ◆


 気づけば、何もない場所に居た。

 そう、何にも、本当に何にも、ないのだ。

 ただそこは草原で、俺以外の人間はもちろんいるわけもなく、そして、辺りを見回せど、草原以外には、何にもなかった。

 ただ、足がチクチクするだけ。歩くたびにズボンにくっつきぼうがくっついてくる。確か正式名称はオナモミだっただろうか。最近知ったから、やっぱまだ違和感があるけれど、まあ兎に角、オナモミは鬱陶しい上に、何だか気持ち悪い。


 あーあ、ほんともう、だらだらと怠惰を貪っていただけで、何故こんな思いをしなければいけないのだろうか。

 いやそもそも俺、人の役に立ってるぜ? ネトゲで味方を回復したり、味方を敵から守ったり、色々な仲間から、感謝されたぜ? 何で、それはダメなんだよ、ふざけんな。

 『この素晴らしい世界に祝福を!』なんて言うけれど俺の場合、『この残酷で虚しい世界に制裁を!』のほうがいいかもしれない。いいかもしれないと言うか、そうだろう。現実世界も、そして今俺がいるこの異世界も、本当にくだらなくて、残酷で──こんな世界は、滅んでしまえばいいのだ。


 草原を、草むらを、イライライライラしながら、しかし、てってことっとこ歩いていると、草原だけだと、草むらしか続いてないと思っていたそれであったが、どうやら違うみたいで、街が見えてきた。

 近くに行くにつれて、それがどんな街なのか、わかってくる。


「中世ヨーロッパ……」


 異世界ファンタジー。

 それは俺が、断固として嫌って、毛嫌いしていたものである。

 けれどどうだろうか。この目の前の状況を、風景を目の当たりにしてしまった俺は、そんなことを、果たして考えたのだろうか。


「すげぇ……」


 圧巻。

 その一言に、尽きた。

 もちろん海外なんて行ったことのない俺からしてみれば、そこは未知の世界。それこそ、異世界という名に相応しいわけだから、圧巻するのも、無理はなかった。


 などとひとりで、ひとり寂しく感動に浸っていると、気づいた。気づいてしまった。

 いやまあ、それは現実世界にいるときから気づいていたことなんだけれど、でも、『異世界なら』と言う理由で少し期待していた面はない、と言えば、嘘になるわけで。



 やはり異世界でも──俺の存在に気づく者はいなかった。



 周りにいる人は、およそ人間とは呼べない人種である。

 街を行き交う人々は多種多様、トカゲのような頭をした、しかし体はムッキムキの人間で二足歩行の生物がいれば、ほぼ人間と変わらない、しかし耳が異常な程、それはもう、刺さったら死ぬんじゃないかと言うくらい尖っている、俗に言うエルフのようなものも、いた。

 服装も様々ではある、が、誰ひとり、俺のようにジャージを着て、道のど真ん中でぼーっと立ち尽くしている者などいない。


 だからこそ、誰かしら、俺の存在に気づいてもいいのだ。悪い意味で目立っている俺だから、俺に好奇の視線でも向けたって、おかしくはない。

 しかしそれがない、と言うことは、誰ひとりとして俺が見えていないのだ。


 幽霊だから──幽霊のまま、異世界転移をしたから。


 と、そろそろ人間(と呼べるのかはわからないが、まあ人間でいいだろう)観察もやめようと思い、この素晴らしい風景に見とれて立ち尽くしているだけではダメだと思い、何処か場所を移そうと考えながら辺りをキョロキョロと見回していると。



「あの──もしかして、地球人、ですか?」



 向けば栗髪を携えた、巫女姿の人間が、俺を呼び止めていた──誰にも見えるはずもない、幽霊の俺を、だ……。

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