呪い百合
古式ゆかしいやまなしオチなし意味なしって感じで…。
「なにこれ?」
「おまじない」
仁奈に貸したシャーペンの頭に油性ペンで書かれた黒いマルと、それを囲った両端の鋭い楕円形、シンプルな目のかたちをしていた。
「おまじないって……あんた人の物に勝手に」
「仲良しのおまじないだよ?」
全く悪びれる様子もなくニコニコと仁奈は笑っている。
昔からどこか不思議な印象がある子だった。
私以外の誰かと必要以上に親しくすることもなく、よく一人でいるけれどいじめとか、ちょっかいとかされていることもなく。
スピリチュアルな、っていうか神秘的な印象はあるけれど、どこか暗い子だった。
「おまじない、ねぇ……」
あれから何週間か、忘れ物の多い仁奈には教科書もノートも、電子辞書まで、学校に持ってくるものの殆どを貸してしまった気がする。
それに、彼女は漏れなく目の落書きをして返してきた。
ペンくらいなら落書きで済むけれど、流石に日用品全部にそんなのついてたら変な宗教やってると思われるっての。
つか、気持ち悪いし。
「えい」
電子辞書の目に、シャーペンで一突き。
当然何も変わることなく、アルコールで落とすわけにもいかないから仕方なく放置した。
次の日、仁奈は眼帯をつけてきた。
「どしたのそれ?」
「いや……ちょっとね。それよりさ、物、大事にしてる?」
「まぁ」
「ふーん……」
妙に思わせぶりな雰囲気で、その日は仁奈とほとんど喋らなかった。
仁奈にはいつも不思議な噂がついて回った。
苛めるとバチが当たるとか、そんなバカみたいなの。
でも実際に不思議なことはたくさんあったなァ、と今になって思う。
昔、仁奈に強く当たっていたやつが、何故か仁奈の言うことを聞くようになってたり。
学校に明らかに持ってきてはいけない変な道具を、先生の前に見せても目を反らして指導しなかったり。
今思えば、そういう人達の顔は恐怖に引きつっていたように思える。
「変な奴だよなー」
ベッドに寝転がって仁奈に落書きされたペンを掲げてみる。
「それに付き合う私も大概変だけど」
仁奈は新しい環境では、最初は絶対ちょっかいかけられるやつだった。いじめは継続しないだけで、どうも他人からある程度嫌われる才能みたいな、雰囲気みたいなのがあるみたいだ。
でも絶対に続かない。だから仁奈は強い。
けど、そんな仁奈はどこか寂しそうだった。だから、私は声をかけて仲良くなった。
そしたら仁奈は明るい笑顔をするようになった。
弱者を嘲ることも、気丈に振る舞う笑いも減った。
「不思議なやつだけど……」
ペンの頭、描かれた目の部分に息を吹いた。
すると、ベッドの傍で正座していた仁奈がびくりと体を震わせた。
「なんで私を呪うのかがよく分からない」
「だから! 呪いじゃなくて……いつでも見れるっていうおまじないだから……」
「漢字にしたら一緒じゃん」
話に聞けば、人を殺しかねない能力があるらしいけれど、私にかけたそれは、今や私が彼女の生殺与奪の権利すら持ちうるものだった。彼女は私の生活を覗き見ることしかできない。
呪い、なんてものが実在するかどうかは、この際議論してもナンセンス。あるからある、それだけ。
「私を困らせたいわけじゃないっていうのは分かるけど、どうしてそんなことしようとしたのかなぁ?」
「そ、それは……」
口籠る仁奈を喋らせようと、ペンの目に息を吹きかける。嘘を吐かれてもわからないけど、納得いく理由ならそれでいい。
「ず、ずっと見てたくて……」
「なんで?」
「…………す…………すきだから…………」
「へぇ~? マジないわ~まじないだけに」
そしたら、ついに仁奈は泣き出した。堰き止めていた感情が決壊したようにわぁっと泣き出した。
目が潰される恐怖だろうか、それとも気持ちを否定されたと思ってだろうか。
苛められたりしても泣かなかった仁奈が、こんな風になるのを珍しい気持ちで見ながら。
顔を覆って泣き崩れるのを見ながら、私はペンの落書きにキスをした。
これがあれば、仁奈はずっと私と一緒だ。
「うぅっ」
触られたと思ったのか、もう一度、もう一度、彼女の瞳にキスをする。
「もう……やめてよぉ……」
「直接するよ」
仁奈を抱き起こして、涙の筋をなめとって、私は彼女の瞳にキスをした。
やっぱハッピーエンドなんだよね(ハピエン厨)