偶然は必然的に
「おにーちゃん、朝ごはんだよ」
エプロン姿の妹、生凛が俺の部屋のドアを開けて言った。
「分かった、直ぐに行くよ」
そう言うと生凛はにこりと笑ってダイニングへと戻って行った。
パソコンでの『if』は当分見てなかったな……久しぶりに点ける、いや止めておこう。朝食が出来ている。
ダイニングに行くと席が2つ空いていた、1つは会社に行った父さんの、もう1つは母さんのだ、でもなんで席が空いてるんだ?
「生凛、母さんはどうしたんだ?」
それを聞いた生凛は驚きつつも俯きながら言った。
「お母さんは昨日天国に逝っちゃったじゃん……いくらショックでもそれは酷いよおにーちゃん」
昨日?天国?俺は確かに昨日殺された母さんを目撃した、だが今日そのような痕跡は無かったしそんなニュースも流れていない。
「昨日、急性の心筋梗塞で死んじゃったじゃん……」
俯き続けていると思ったら泣いてしまっている、流石に申し訳ないと思うが混乱が治まらない。
「ごめん、思い出させて」
と言うしかなかった、俺にはこの世界の昨日を知らないから、せいぜい俺が出来るのはこの世界の身の回りを把握することだ。
生凛が泣き止まないので、頭を撫でた、こんなことで到底母親の死の悲しみを和らげることは出来ないと思うが。
「ううん、いきなり泣いちゃってごめんね」
潤んだ目でこちらと目が合う、そんな目でみられたら、こっちまで泣きそうになる。
その日の放課後、無論俺は図書館に居るのだが、隣には松山 輝が居る、今回は珍しく俺が呼び出した。
「慎耶くんから呼び出してくれるなんて珍しいね」
今日はどことなく真剣な雰囲気だ、いつもとは違い落ち着きがある。
「相談事、と言うか1人では結論に到れないので協力して欲しいんです」
輝さんは頷きながら茶髪の長い髪を後ろに流す。
「どんな内容か聞いてから協力するか考えさせて」
今日はやはりいつもと違う、最近着け出した赤淵のメガネは今日もかけている。
「人1人で世界を換えられるか、です」
これは直球過ぎた質問だった、流石に輝さんも首を傾げる。
「すみません、順を追って説明しますね」
こくり、と無言の了解を得て俺は説明を始める。
「俺はとある方法を使って4回も世界を換えてきました、そのある方法は諸事情によって教えることが出来ません、その4回世界を換えて思ったことがあるんです、自分が願ったこと以外も世界が換わっている、助けたはずの母親が死んでいました、流石に信じられない、でもそれがこの世界なんだと無理矢理自分に言い聞かせました。そうした中で得た結論が多重世界、俗に言うパラレルワールドを移動しているのではないか、ということです。でもそれには1つ矛盾点があるんです。」
俺はここで説明を一旦止めた、手を見ると手汗がかなり出ている、脚が震えだした。
俺が言おうとした矛盾点とは、今まで世界が換わったときは意識が途絶えていた、だが松山部長が削除されたときは意識がそのままだった。
簡単に言うと松山部長、松山 聡が居る世界から松山 輝が居る世界に意識がありながら移動したという事だ。
そしてそれは、松山 聡の存在を教えてしまい、松山 輝の存在を否定することになる。
「いきなりどうしたの?黙りこんじゃって」
心配そうにこちらをのぞき込んで見てくる。
「いえ、でもこれは……」
言ってはいけない、何の考えも無しにまたミスを犯してしまった。
「どうしたの?」
本当に心配そうに見てくる、こっちの精神がどんどん削られていく。
「いえ、でも此処からは覚悟して聞いて下さい」
もう後には戻れない、過去は変えれないのだから。
「その矛盾点とは、自分の意識が途絶えずに世界が換わったから、です」
これで伝われば良いのだが……
「なるほどね、その内容は敢えて言わなかったのよね?」
どこか笑っているかよように受け取れるその顔は、自然と安心感を与えてくれる。
「はい、聞くことはお勧めしません」
さっきの表現で伝わったのだろうか?反応がいまいち分かりずらかった。
「教えて、私は受け止められるから」
威圧感を感じるほどその目から強い意思が見受けられた、輝さんは只者では無いのかもしれない。
「分かりました、その換わったものと言うのは──」
なんで言うのを躊躇っている……これは輝さんの意思とは言えやはり伝えてはいけないことなのかもしれない、でも伝えなければならない。ここまでくると感情論だ、理由は必要ない。
「松山 聡が居る世界から松山 輝の居る世界に移動したことです。」
俺は焦ってしまったせいか言葉足らずな文章になってしまった。
「その、松山 聡さんはこの世界には居ないのよね?それで私が換わりの存在なのね」
こんなことを聞いて輝さんはとても冷静な口調で言った。だが座った脚の上で握っている手が少し震えている。
「はい、でもこれじゃ……これじゃあ輝さんが」
女の人を悲しませたくない、それは1人の男としての意思でもあり、松山部長に慕っていた部員としての意思でもある。
「私の存在が否定される、それを隠そうとしたのね?」
こちらを見つめる群青色の瞳は俺から逸らすことなく、揺らぐことなく強く、強く見つめる。
「はい、その通りです」
俺は両手を強く握りしめながら、重く、低い声でそう言った。
「心配してくれてありがとう、でも気にしなくていいのよ」
俺の手を輝さんが握る、温かく、柔らかい、優しさを凝縮したような感覚だった。
「その現象については、私も関係しているようだし、協力せざるを得ないわね」
耳元で「よろしく」と囁いて、輝さんは帰ってしまった。
丁度話すことが終わったところで帰ったので気を配ってくれたのか、やはりショックだったのか、これは後者と考えるのが妥当だろう。
俺が松山部長に出会い、失い、輝さんに出会い、全ての元凶である『if』の謎に迫ることは決して偶然ではないだろう。偶然は必然であり、そして、全てのストーリーは結末が決まっているから。