此処から
俺は松山聡から唯一託された『タイムトラベルの可能性』を読み終わった、だが…何も得ることはできなかった、最初から分かっていたことだが、聡の意思とも言えようその本が必要性が皆無というのはいささか納得できないものがある。
この本を何度か借りる内に、松山 聡の埋め合わせ、言うならこの世界での松山 聡となる松山 輝に何度か出くわした、彼女はお淑やかな印象を受けさせるが、どこか自信に満ち溢れているかのように感じさせられる。
そして気が強い。
そして、今日も俺は図書館へと赴こうとしているのだが、放課後とだけあって廊下が騒がしい、床は木製では無いので、シューズを擦らせる音がいたるところから聞こえてくる。
相変わらずとてつもない距離があるのだが、そろそろ慣れて来た頃だ。
そうして考えているうちに図書館に着いている、なんてことは多々あることだ、現に今もう到着している。
鞄から借りていた本を取り出すと、返却口へ本を入れる。毎回思うがまるでレンタルビデオ屋のようなシステムだ。
俺はまだ『if』についての追求を諦めておらず、寧ろ興味が深まるばかりだ、スマホを徐にポケットから取り出し、『if』を眺める。
「save?」
『save』、そう書かれている。前にも書かれている文字が増えたことがあったが、まだ増えるとは思いもしなかった。
取り敢えずタップだ、こういうのは触ってみたくなるものだ。
……。タップしてみたものの、バツ印が増えただけで全く変化の様子が無い、1つ無駄になってしまったが、どうせ使うことがないのだからあまり気にならない。
この力は忌み嫌うべき存在かもしれない、でもこの力で母さんの命を救えたように、人助けとして利用できるのだから完全に決別することは厳しいところだ。
今日は珍しく推理小説を借りようと思い、推理小説コーナーへと向かう。
えーと、確かカウンターから左手に曲がって3つ目の本棚で右に曲がればあるはずだ。
お察しの通り図書館の規模も洒落にならない、私営図書館と言われてもなんの疑問も抱かないだろう。
なるほど、推理小説と言えば江戸川乱歩やシャーロックホームズ辺りしか知らないが、こうして見るとかなり数があるな…ここだからかもしれないが。
「珍しいわね、推理小説だなんて」
いきなり後ろから話しかけられた、流石にこれには驚かされた、ストーカーみたいな真似しやがって……
「いきなり話しかけないで下さいよ松山さん」
ため息が出そうだ、この人本当に松山部長の換わりなのか?
と考えつつ本当にため息をする。
「輝でいいよ、慎耶くん」
かれこれ出会って結構彼女とは話しているし、親しみを持っての配慮だろう。
「シャーロックホームズかぁ、推理小説読見始めるなら妥当かな」
俺は首を傾げる、輝さんは推理小説に詳しいのだろうか。
今更だがメガネを付けている……イメチェンとは言っても似合いすぎではないかこれは。
「メガネ、似合ってますね」
赤色の大淵のメガネは茶髪でロングな輝さんにはぴったりだ。群青色の澄んだ目がこちらと目が合う。
「ありがとう、お世辞でも嬉しい」
声は明るかったが、顔が一瞬暗くなったかと思えばすぐに元に戻った。
「じゃ、もう行くね」
何しに来たんだ輝さんは……行動が謎なときが稀にある。
結局シャーロックホームズの本を何冊か借りることにした。
今はもう放課後なので、用も終わったことだ、家に帰るとしよう。
外に出ると少し肌寒く枯葉が落ちている。もうこんな季節か、高校生活最後の一年もあと半分程、ということだ。
焼き芋を販売している車の音が聞こえる、この音を聞くと無性に焼き芋を買いたくなるが、生憎手持ちにそれほど金は無い。
しばらく歩いていると、我が家があるマンションが見えてくる。
高層とまではいかないが、30階程はあったはずだ、俺はその中の15階に住んでいる。
マンションに着くと階段とエレベーター、どちらで登るか毎回悩むのだが、最近運動不足だと感じることだし階段で登ることにした。
なにやら上が騒がしい……近くに大学生が住んでいたはずだからパーティでもやっているのだろうか。
「離して! うっ……」
……!?この声、生凛だ、『離して』と俺には聞こえた、大学生のパーティが危ない方向にでもいってしまったのか?
全力で階段をかけ登ると、そこには大柄の男が四人、そして真ん中には生凛が、拳銃を突きつけられている。
「その手から銃を離し頭の後ろに組め! さもなくば発砲する」
野太い男性の声だ、恐らく警察だろうか、それにしてはロビーの警備が全く無かった……偶然薄い時に登ってしまったのだろうか?
しかし、俺はどうすれば良い、生凛を助ける為に突っ込むか?いや、そんな事をしたら奴らを興奮させるだけで事態が悪化するだけだ……
「その子を離してあげて! 私はその子の母親よ! 人質なら私がなるから……」
母さん!?なんで母さんがこんな時間に……しかも人質だなんて、何を考えてるんだ!
「おばさんこの娘の母親なの?そうかそうか、我が子の死に様を見届けられるのは親として本棒だもんなぁ?」
より強く拳銃を押し付ける、生凛も大部限界が近いだろう、このままだと多くの人が死ぬのは目に見えている。
こんな時に脚が震えやがって……武者震いってやつか、俺はなんも出来ないのか?母さんはあんなに勇敢に突き進んだのに。
「その子を返して! 」
走るような足音がした、そして──
銃声と共に消えた。
……。
「あーあ、殺しちゃったぁ、おばさん残念だったね」
四人は笑いながらびくともしない母親を蔑む。
「くっ……発砲を許可するとのことだ」
俺にはそう聞こえた、それと同時にとてつもない数の発砲音が鳴り響いた。耳が引き裂けそうな程の破裂音だった。
おい、生凛はどうなったんだ、人質にされているまま発砲なんてしたら……どうなるかは目に見えているだろうが。
暫くすると静寂が訪れた、そして俺は階段を登りきった、俺がなぜこのような行動をとってしまったのか分からないが、勝手に身体が動いた、衝動的に。
階段を登り終えた先にはまず母親の死体があった、そして四人のテロリストの死体、その中に生凛のものもあった。至るところに血痕があり、まさに血の海、と言ったところか、異臭が俺を襲ったが、直ぐに慣れた、そして俺は生凛を撃ったであろう警察の方に目をやる。
指揮を取っていたであろう大柄の男は生きていた、情けなく腰を抜かしている。俺は血に濡れた拳銃を拾い上げ、その警察官に向け、撃った。
1発
2発
3発
4発
5発
なんの躊躇いもなく頭を心臓を腕を脚を腹を撃った、そして動かなくなったのを確認したと同時に俺の意識は途絶えた。
『innovation future』
『dream complete』
目を覚ましたのは襲撃されたはずのマンションの俺の部屋のベットの上だった。
卵を焼いている音と涎がでそうな香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「おにーちゃん、朝ごはんだよ」
俺はまた、『if』に頼ってしまったようだ。