未来を──
稲山高校に入学してから2ヶ月が経った、桜はもう青々とした葉が茂り、空には夏らしい入道雲がある、季節的には初夏であるだろうが、黄金色に輝く太陽の日差しが眩しい、そんな日の出来事。
「松山部長、今日放課後空いてますか?」
「やあ櫻楽君。あぁ空いているよ、どんな用なんだい?」
「図書館でお話したいことがあります」
この日を待っていた、俺がこの未来科学部に来た理由、それは『if』の存在を知っている人間が居ることを願ってのことだった。
今まで俺は2回『if』の力を使って来た、1度目は妹をブラコンに…….今思えば酷い願いだな。2度目はテロリストに襲撃されるという事実を上書きした。どちらも成功したが、何故こんなサイトにそのような力があるのか、そして俺に与えられた理由を知りたいのだ。
午後4時に校内の図書館で待ち合わせをしたものの、いまいち場所が掴めない、このダンジョンみたいな構造に何故したのかよく分からんが、とにかく使いづらいのだ。
最終的には春咲に教えて貰うことも考えたが、前に1度教えて貰った人に頻繁に尋ねるのもどうかと思う、まだ予定の時間まで1時間程ある、ここは自分の勘に頼ってみようではないか。
これは酷いな……ここまで俺がついてないとは、時間には間に合ったから良いものの、松山部長はもう来ているようだし、これはもう素直に頭を下げるしかあるまい。
「松山部長、すみません! 遅れてしまいました」
「ここはとても広いし迷いやすいから辿り着けただけでも凄いよ」
図書館に辿り着くだけで凄いって、やはりこの学校の規模は伊達じゃないな。
「さて、もう本題に入ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます、自分がお聴きしたいこととはつまり、未来を書き換えることは可能か、ということです。」
「はははっ、面白いことを言うね櫻楽君、ではお答えしよう、可能だよ。未来を書き換えることは」
可能……!?やはり『if』の力は書き換える力、と言うことで良いのかもしれない。
「この本を、君は知っているかい?」
タイムトラベルの可能性、みるからに怪しいタイトルだ。
「いえ、知らないです」
「この本には未来人の予言が数々記されている、そしてそれを現在に当てはめてみると分かることがある」
「それは、なんですか?」
「是非自分で読んでみてくれ」
なるほど、内容は自分の目でですか、となればまた今度借りることにしよう。
「未来や過去を換えることについて肯定してくださる松山部長にもう一つ伺いたいことがあります」
「あぁ、僕でよければ遠慮なく言ってくれ」
「『if』というサイトを知っていますか?」
スマホを取り出し『if』を開いた状態で松山部長に画面を向ける。
「なんだいそのサイトは?」
「このサイトは願ったものを、必ず叶えるサイトです、自分はもう2回、世界を換えました」
「ほう、なるほど興味深いな」
真剣な眼差しで縦に2回程頷く。
「このサイトに…….」
俺はこれから『if』の説明をしたときだった、俺は松山部長を目線に入れていた、だからこんなことはありえないのだ、現実では起こりえないことだ。
「松山部長が……消えた」
丁度そのとき未来科学部の御剣が図書館に入ってきた。
「おい! 御剣! 」
「いきなりどうしたんすか櫻楽先輩、そんなに慌てて」
「松山部長はどこだ! 目を離していないのに消えたんだ」
「松山部長?誰すかその人?あと部長は俺っすよ」
存在が、消された?
何故松山部長が消される、俺はそんなことを願っていない……
確実にこれは『if』と関係があるはずだ。
慌てながらも再び『if』を開く。
そして驚き、思い出した。
「利用規約……存在を教えてはいけない、教えられたものは削除される」
もう声に出せていたかも分からない、そんな声だった。
「利用規約?なんのすか先輩」
「黙れ! 俺は今日をもって未来科学部を退部する」
「ちょっ、いきなりどうしたんすか! 納得できないっす! 先輩! 」
『if』の画面にはバツ印がまた1つ増えている。
俺はなんてことをしていたんだ……なんでこんな大事なことを忘れていたんだ、俺のせいで人が1人死んだんだ、俺はもう人殺しと同じだ……
なんの罪もない松山部長を、優しく指導して下さったり俺は助けてもらってばかりだった、まだ出会って2ヶ月だ、でも未来科学部として過ごした日々の中で松山部長が死んで良い人間だなんて思ったことは1度も無かった。
あぁ俺はどうしたら良いんだ、誰を頼れば良いんだ、どうやって罪を償えばいいんだ、何もかも分からない、俺が俺なのかさえわからなくなってくる。
そのとき俺は1つの方法を思いついた、それは何も解決しないし自己満足、自分の罪を無理やり背けるような方法だった。
『if』を消せば良いんだ。
こいつさえ無ければ松山部長は死ななかった!
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ
こいつさえ無ければ……
このときの俺はもう誰にも止めようが無かっただろう、俺が俺自身を信じれず、罪を擦り付けるかのように『if』を恨んでいた。
その恨みはとてつもないもので、すぐに俺の中の理性を喰い尽くしてしまった、俺が俺で無くなった。
家に帰りパソコンの電源を点け、『if』の画面を開いた。
そしてウィンドウを閉じようとカーソルを右上のボタンに合わせる。そしてクリック──
全てはこれで終わる、たとえ自己満足であろうとしても自分さえ忘れればもうこの世から完璧にこの出来事は抹消される、はずだった。
消えない、何回押しても消えない、バグか?いきなり起動したのもあってまだ処理が追いついていないのかもしれない、だがそんなことはどうでもいい、こいつさえ消えれば良いんだ、消えさえすれば……
そのまま消そうと試みて何時間経ったであろうか、やっと頭を冷やし冷静に考えれるほどに回復したのはこの日から1週間が経った頃だった。
「おにーちゃん、やっぱりおかしいよ、いきなり学校今週休むだなんて」
「大丈夫だよ、生凛、ただの体調不良だから」
「絶対嘘だよ! 今までどんな体調悪くてもこんなに……こんなに悲しそうな顔したおにーちゃん見たことないもん」
何故だろう、涙が込み上げてくる、生凛に救われるとは兄失格だな、さっきまでの俺は狂っていた、現実を見れていなかった、今まで以上に逃げていた。
「ごめん、ありがとう生凛」
「うん、これ夕食だから、ちゃんと元気になってよね」
そう、俺以外にはこの事実を知っている人はいないんだ、だからいくら悲しいことがあってそれを世界から消された記憶ならば、俺は受け止め、反省して、共に歩んでいかなければならない。