ショッピングにハプニングは付きもの
「おにーちゃん、買い物に行こ」
3月26日春休み初日の昼過ぎに、妹の生凛の買い物に俺は誘われたようだ。
「なにを買いに行くんだ?」
「服と晩御飯の材料を買いに行くの」
「服なんて一杯持ってただろ、そこまで出掛ける訳じゃあるまいし」
「おにーちゃんには言われたくないね」
ごもっともです、以後気をつけます。
なんだか付き合いたてのカップルかのような会話を弾ませていた、その時に俺はふと思い出したことをそのまま生凛に尋ねる。
「なぁ、生凛って生徒会選挙の結果どうなったんだ?」
「無事会長になりました、って選挙あったの去年の10月だよ!?」
あはは、と苦笑いして誤魔化すもどうやら何かが変だ、どこか記憶に違和感を感じる、まぁこれも昨日色々あったせいで頭が混乱しているんだろう。
本当だったら俺もその演説を聴けたのだろうな、双子の妹である生凛の晴れ舞台なの
だ、シスコンでは無いにしろ聴けるなら聴きたいものだ。
「んで、いつから行くんだその買い物は」
「えーと、1時間後ぐらいかなー」
1時間もあればスマホとパソコンを同期することは簡単にできる、なぜそうするかと言うと『if』を外で使うことがあるかもしれない、という少々被害妄想の大きいものだが、もしもの時に備えることに後悔などするま
い。
ケーブルを使いパソコンとスマホを同期させ、スマホに「if」のサイトを開かせるのだ、なぜわざわざこんな手間をするのかと言う
と、スマホではいくら検索しても出てこなかったのだ、同じurlを検索しても……だ。これがどういう仕組みなのかは分からないが意図的に仕組まれた、とも断言出来ないし今は考えても結論には辿り着けないだろう。
同期してサイトを開いたスマホの画面にはパソコンで見たものと同じ画面が表示されていた、やはりバツ印は消えていない。となれば、昨日の願いは叶い残りの願いは9個までという訳だ。開いたサイトを消さないように気を配りながら同期を終了させた。
同期を終わらせてから、サイトに何か変化があったかの様な感覚に陥ったが、俺は気にせず身支度を始める。俺が愛用している藍色のメッセンジャーバックに先ほど『if』を開いたスマホと財布を入れた、もちろんハンカチは持っていく、何か持っていかなければいけないような気がしたからだ、どちらにせよ妹が持っていけと五月蝿いだろう。どうせならティッシュも持っていくことにした。
最寄りの駅から30分程で目的のショピングモールに到着した。ここはリア充が集う場所だ、俺にとっては地獄でしかなかったが、今の俺は違う! 双子の妹と一緒に居るのだ、知らない人から見れば彼氏彼女の関係に見えている筈だ、どうやら俺は人生の中で大人の階段をまた1歩登ることが出来たようだ。
しかし、リア充の集う場所だ、油断は禁物だ。
「あれー?よく見たら英雄の櫻楽じゃーん」
1年ぶりに再開、この場合は感動などしない相手だ、鏑木孝紀、俺を地の底辺に陥れた奴らの1人であり主犯格
だ。
「彼女できたんだ〜可愛い子じゃん、俺達と遊ぼうぜ〜」
どうやら俺の妹、生凛を彼女だと思っているらしい、やはり周りから見るとそういう目で見られるのだな。
「俺はあんたらと関わるつもりは無いんだ、行くぞ生凛」
「うん……」
念の為走って逃げたが追われることは無かった、走ったせいか喉も乾き疲れたので一旦ショッピングモール内にあるカフェで休むことにした。
「ごめんな、いきなり怖い思いをさせてしまって」
「うん、あと私だってもう子供じゃないんだから」
子供扱いをしたつもりは無かったが、そう捉えさせてしまったのなら申し訳ない。
「おい! 逃げろ! テロに巻き込まれる
ぞ、銃を持ってる男達が暴れてるんだ! 」
通りで妙に騒がしいかと思っていたが、これはかなりやばい状態だ、どうする?ここから一番近い出口は、いやこの店のスタッフルームから出たら出れるのでは無いのだろう
か、気がつけば銃声が近くなっている、もう考えている暇は無いようだ。
「生凛! 今すぐここから逃げるぞ! 早く! 」
「え?でも……」
「何を躊躇ってるんだ! 命が懸かってるんだぞ! 」
「あれ……」
そう言って生凛は銃声の方向を指さした、まだ人混みが多くよく見えないが、はっきりと見ただけで生凛が言いたかったことが分かった。
「人質、だよなあれって」
「助けないと駄目だよ! 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「俺はお前の命の方が大事なんだ! こんな非常事態に他人の命を助ける力も意味も無い! 」
俺は無理やり手を掴んで脱出させようと試みるも頑なに留まるのだ。
「他人じゃないよ……あれ、どう見てもお母さんじゃん」
母さん……?混乱して目の前のことしか見えていなかった、実の母親を他人だなんて、見捨てろなんて……。
「俺が何とかする」
俺には『if』がある、俺は1度地の底に落ちた人間だ、死んだところで失うものはもう何もない。母さんも生きて生凛も生きれるなら俺が犠牲になってやるさ、この1年間どれだけ迷惑をかけた事か、今までの親不孝に釣り合うかは分からないけどせめてもの親孝行
だ。
もっと正しい判断があったと思う、でも大好きな妹と大切な母親、どちらが死んだ世界で俺は生きようなんて思わない。
俺はスマホを取り出し『if』を開いた。そこには新しいタップ可能なオブジェクトが存在している。
「innovation future?」
未来革新というのが恐らく日本語での正しい受取り方だろう。未来を新しいものに換える、それがこの『if』だが、これをタップするとどうなるのだろうか。
「こんな時に目眩かよ……」
タップした直後に目眩のような感覚に襲われ、俺は気を失ってしまった、薄らと意識がある中にはあれほど騒がしかった悲鳴や逃げる人々の声は聞こえずただ生凛の声が聴こえた。
「おにーちゃん! おにーちゃん……」
母さんを助けられなさそうだ、本当にすまない、もっと冷静になっていれば。
※
『innovation future begin.』
「おにーちゃん! 大丈夫!?いきなり倒れたけど」
慎耶は何事かも無いように立ち上がる、しかし生凛の声は届いていないようで目に光が無い。
「俺は未来を換える」
「何言ってるのおにーちゃん! それよりお母さんが」
やはり生凛の言葉には見向きもせず捕らえられた母親に近づく、止めるように生凛が叫んだが深く心が凍ったような眼差しで慎耶は歩き続きた。
「おい、これ以上近づくとこいつの命が危ないぜ、警察に電話して身代金を用意するようお前も電話しろ」
「慎耶! 慎耶よね!?母さんのことは良いから逃げなさい! 」
「へー、あんたら親子なのか、残念だったねぇ慎耶くん、お母さん死んじゃうかもよー
?」
そう言い男は銃口を慎耶の母、櫻楽 絢音に押し付ける。
「innovation future complete.」
そう慎耶は言った直後、テロリスト達は消滅し、まるで何も無かったかのように全てが日常に戻った、まるでこんな事件が無かったかの様に。
『dream complete』
「あれ、母さん!?テロリストの奴らは!?生凛はどうなったんだ!?」
「なに訳分からないこと言ってるの、生凛はそこのカフェに居るって言ってたじゃない、それにテロリストって何よ」
絢音はクスクスと笑う、しかし考えられないのだ、さっきまでテロリスト達の襲撃によって荒らされていたこのショッピングモールが跡形もなく元の姿に戻っているのだ、そしてその記憶が母さんには無い。
より一層混乱している中、俺は母さんと一緒に生凛のもとへ向かった。
「おにーちゃんやっと帰ってきたー遅いよ
ー、お母さんが居たから私が行くって言ったのに1人で連れてくるなんていきなり言ってどうしたの?」
どうしたの?はこっちの台詞だ生凛、もしかしてこれは俺以外にさっきの記憶は無いのか?気の所為だったのだろうか、俺の勘違いだったのでは無いだろうか、でもそうだとしたら妙にさっきのが現実味を帯びすぎているしこの世界に違和感がありすぎる。
そうだ、『if』がどうなったんだ、あのボタンを押してどうなったんだ?
バツ印が1つ増えている、恐らくあれも夢にカウントされたのだろう。だから周りに換わった記憶が無いのか、でもこんな夢を俺は『if』に入力していない。
「大丈夫?慎耶」
「大丈夫だよ母さん」
「それじゃあ店をまわろー! お母さん
も! 」
何も異常のない1日だったのだろう、でも俺はどうやっても目を背けても隠すことが出来ないことに関わってしまっている。俺は未
来、そして現実を逃げ続けてしまっている、出来事を換えるという形でーー