歪みの収束
なんで俺は生きているんだ……?
俺も輝さん生凛のように狂犬病に侵され死んだはずだ。
「慎耶くんどうしたの?顔色悪いけど」
こちらに向かって首を傾げる群青色の瞳の女性は松山 輝、とある日から着用していたメガネは相変わらず着けている。
「あぁ、気分は良くない、俺は生きてるんだよな?」
自分の鼓動は感じるし息もしているが、生きている実感が出来ない。
「何変なこと言ってるの、生きているでしょう」
未だ状況が把握出来ない、取り敢えず日にちが確認出来たら良いのだが。
「今日って何日だっけ、輝さん」
輝さんは一瞬目を丸くしたが、直ぐに笑顔になった。
「10月15日よ。前までは松山さんって呼んでたのに、下の名前で呼ぶなんて大胆ね」
思わずこれには俺も顔を赤く染めた、そうか……この日に輝さんって呼んでと言われた日だった気がする。
ここは俺が死んだ日から8日前に戻って来たのか、こんなこと減少を起こすであろう物は検討が付いている。
俺は手馴れた動作でスマホをポケットから取り出し『if』の画面を開く。そこにはこの日にタップしたはずの『save』は見当たらず、『dream complete』という夢を叶えた時に現れる表示があっただけだ。
つまり俺は……人類がウィルスに陥れられない世界に換える役割でも任せられたのだろうか、任せられなくても俺は動くだろうけれど。
「ごめん、輝さん今日は玲弥に呼び出されてるからもう帰るね」
とっさについた嘘だが、あながち嘘でもない。
「えぇ、行ってらっしゃい」
手を振って返事を交わす。さて、ここから勝負だ、玲弥に『if』の使用を止めさせなければならない。
メールで近くの公園に玲弥を呼び出した、学校から比較的に近い場所にあるので、移動時間は大してかからないだろう。
学校から出て5分でその場所に着いた、呼び出したはずの玲弥が先に居て少し気まずかったが、難関はここからだ。
「今日はなんだ?いきなり呼び出して」
片手に缶コーヒーを持ってベンチに座っている。俺はその隣に少し隙間を空けて座った。
「お前の夢を阻止しにきた」
一瞬玲弥は口を空けて惚けていたが、俺が真剣なのに気付いたのか少し雰囲気が変わった気がする。
「なんでお前が知っている、狂犬病のことだろ?」
手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干す。長話になるのはやむを得ない。
「そうだ、信じられないと思うけれど、俺はお前のウィルスに陥れられた未来から来た、よく分からないが死んでここにリープしたらしい」
「なるほど、『save』機能を使ったのか、通りで俺の計画を知っている訳だ。」
はははっ、と高笑いに似た笑い声をあげた。
『save』機能について玲弥に聴くつもりは無いが、恐らく死んだ時にタップした時間にタイムリープする、という代物だったのだろう。相変わらず原理は分からないが。
「俺の知っている段階では地球上の9割の人間が死亡した、生凛も松山さんも皆死んだ」
俺はもっと生きなければならない、あのとき生凛から託された願いを叶えなければならない。
「そうか、俺はそんなことを本当にしてしまったんだな、今の俺はまだそんなことを本当にしようとは思ってない。胸のうちで留めておこうと思ってる」
「お前はしたんだよ本当に、俺の妹を殺し、輝さんをも殺した……」
もうあの頃の気持ちを2度も繰り返したくはない。
「そんな私情で俺が納得すると思うか?慎耶」
「納得してみせるよ」
俺にはそんな言葉しか出てこなかった、まるで怨念かのようなその想いは俺の命の灯火となる。
「慎耶は以外と根気強いのは知ってるし、これ以上俺が足掻いても意味は無いと悟ったよ」
異常なくらい素直な様子に驚く、こんなことで辞めるような想いでウィルスを蔓延させる訳がない、何かがおかしい。
「ありがとう、でも何でそんな素直なんだ?そんな軽い気持ちでこんなことを企んでいるとは思えない」
ため息をついて玲弥は口を動かす。
「俺は人を殺したい訳じゃない、それに親友を悲しませちゃ、賢太も喜ばないだろうし」
「そうか、信じて良いんだな?玲弥」
すると玲弥は俺の方に向けて手を差しのべる。
「信じてくれとは言わない、でも気持ちが変わらないのは絶対だ」
手を差しのべられたのだから俺も手を差し出し、握手を交わす。
『innovation future』
俺の脳内でそんな英文が聞こえた、俺は自分の力で、『if』の力で過去に来たが世界を換えることに成功したのかもしれない。
次第にまた意識が遠のいていく、深い海の底に沈んでいくような感覚だ。
これで世界が換わるということは本当に玲弥はウィルスを蔓延させなかったと言うことだ……そろそろ限界が近いのか猛烈な眠気に襲われる。
俺は目を閉じ、次第に意識は深く沈んでいった……
「おにーちゃん! おにーちゃん! 」
なぜ毎回名前を呼ばれて起きるのかは分からないが、いきなり気を失ったかのように動かなくなれば誰でも呼ぶものだろうか。
「なんだ、生凛……って此処は?」
どうやらウィルスは蔓延していないようだ、だがどうやら俺はとんでもない未来にしてしまったようだ。
辺りの建物は崩れていて、弾丸の痕がこの場所で何が起こったかを示している。
ここは恐らく俺と生凛が住んでいたマンションのロビーだろう。変わり果てた姿で直ぐには分からなかったが。
「前まで住んでたマンションの1階だよ」
やはり合っていたか、流石に何年も住んでいたので分かるがどうしてこんな有様に……
「どうしてこうなったんだ?生凛」
生凛はそういうと俺の腰あたりを指さす。
……。拳銃が何故か俺の腰に装備されている、これは一体どんな状況にリープしてきたんだ?
「第三次世界大戦で日本は激戦区に、今じゃ無法地帯だよ」
よく見ると生凛も拳銃を持っているが、一体どこで手に入れたんだこんな物騒なのを……
「第三次世界大戦?なんでこんな事に……」
「私もよくは知らないけど食料確保の為に、当分は厳しい生活になるね」
なんで生凛はこんなにこの状況に対応しているのか、これは隠れた才能というやつか。
しかし今はそんな流暢なことを考えている暇では無いのは確実だ。
さっきまで触れていなかったが、玲弥も輝さんも一緒にいる、恐らく俺が集めたのだろう。
「んで、これからどうするんだ生凛」
耳元で囁くように尋ねる。
「コンビニに行く」
コンビニ……確かに食料は沢山ありそうだが、もう盗られていそうな気もするがここは他に案も浮かばないし従うとしよう。
なぜこんな状況になったのか、俺には全く掴めない、ウィルスが感染しない未来になったら戦争が勃発して世紀末状態だなんて誰が予想できるものか。
一刻もはやくこの状況を換えなければならないが、スマホを取り出して『if』を開くも入力欄が消滅しているのだ、何かのバグなのか分からないがこの状況を今は換えられないということは分かった。
「よし、目的のコンビニに行こう」
マンションのロビーから外に出ると想像以上に殺風景な場所に出た。ここ本当に俺ん家の前で合ってるよな?市街地だったはずなんだけど……




