鯉幟
帰宅途中の車内は騒がしく言葉が飛び交い、窓に当たっては弾かれ、この四角形の中はこの上無く窮屈だった。
暗闇でも見えるそれにすっかり疲れた私は息を整えると、雲から月が顔を出すかのように不図疑問が湧いた。
何故鯉幟は天水を受けても龍に成らないのだ。
午後からの大雨で全身で水を味わったであろう魚は干物のように萎びき、闇を泳ぎも昇りもせずに変わらない表情で私を見詰めている。
四角形の中から降り地に足を着け、部屋まで交互に体を運んでいると、あの窮屈な空間の言葉が自分の体にぬめりと付着しているような感覚を覚えた。
当たり前のように歩き、当たり前のように部屋に体を運び腰を落ち着かせても今でも離れないのだ。
結局あの鯉幟も私と変わらないのだろう。
昇りたい、況して龍に成りたいなどは思っておらず湿気を纏っても鯉幟でいるのが心地良いのだ。
龍になっては欲が持てぬ、人もそうだろう?――――、横になった私の体に付着した言葉が蒸発したように昇っていった。