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01

 あなたは窓の外を流れる景色を眺めている。

 列車の座席から見る風景はどこまでも牧歌的だった。同じような田畑が繰り返し視界に現れ、過ぎ去り、また現れる。カカシの顔すらずっと同じもののように見える。あなたはふと本当にこの列車は先に進んでいるのかと不安に駆られる。

 それから、馬鹿みたいなこと考えてるな、と首を振る。

 2両編成の車両には他に乗客の姿は無かった。運転席は橙色の日差しに染まっている。夕刻近く、西へと進む列車。あなたの目には、逆光の中で乗務員の影だけが立っているように映る。

 そろそろ、到着する頃だろうか。時刻を確かめるために携帯電話をポケットから取り出したあなたは、圏外表示が出ていることに小さく驚く。自分が向かう先が郊外だとも僻地だとも認識しているが、都市圏から離れつつあることをこれほど早く実感させられることになるとは思わなかった。いったい今はどの辺りを走っているのだろうかとあなたは窓に視線を戻す。

 そしてもう一度、今度は大きく驚愕する。

 ほんの僅かの間に、外の景色は一変していた。それも、我が目を疑うほどの不可思議な様相に。

 素朴な田園風景の名残りはどこにも見受けられない。あるのはどこまでも平坦な白い平野だけだった。奇妙なことに、後方を見遣っても遠くに見えていた山並みは影も形もなくなっている。平野には草一本生えておらず、紙の上を走っていると言われる方がまだ納得出来るかもしれない。

 なんなんだろうこれは。

 あなたは立ち上がり、ふらりとよろめいた。足元が覚束ない。座席の肘掛に手を置き、あなたは救いを求めるように運転席を見る。

 運転手に変わった様子は見られなかった。

 いや、その時点で既におかしい。

 外のこの状況を前に、平然としている方がおかしい。

「あの」

 たまらず、あなたは呼びかけた。

 だが応えはない。

 あなたは怯えを押し殺して運転席に近づく。

 逆光がより強く瞳を射る。

 眩しさに目を細めたあなたは、その時気づく。

 運転手は影となっていた。

 けれどそれは逆光のせいではない。

 運転手は、文字通りの影そのものに変化していた。

「……ひ」

 引き攣れた声が喉から漏れた。

 きっとこれは悪夢だと理性が告げている。

 その時、運転手が振り向いたように思えた。

 黒一色の姿で、そんなことがわかるはずもないのに。

 けれど、もし悪夢ならばここで目覚めるはず。

 運転手の正体はわからないまま、唐突に視界は部屋のベッドに切り替わり、そして自分は息を吐くのだ。寝巻きにしみこんだ寝汗の不快さに眉をしかめながら、ああ今日は悪い夢を見てしまったと軽い憂鬱に捉われ、けれどそこで終わるのだ。

 だが、あなたに訪れたのは目覚めの救いではなかった。

 突然の激痛が胸を襲い、あなたはなすすべもなくその場にしゃがみこむ。

 それは覚えのある痛みだった。

 今までにも定期的に訪れていた発作だった。

「なん、で」

 けれどあなたには不可解だった。

 今朝も処方のとおりに薬を飲んできたはずだ。効果は一日続くと医師より説明されていた薬を。

 飲み忘れたということもない。自宅の鍵と常にセットで管理し、うっかり忘れても外出前には必ず気づくように注意を払っている。そして今日は服用した時の記憶もはっきりと頭に残っている。

 なのに、なんで今。

 あなたは胸元から錠剤の小瓶を取り出そうとする。

 けれど、痛みが酷く、手が思うように動かない。

 ぶるぶると震える指先を見つめながら、あなたは"そろそろ限界なんだろうか"と考える。

 あなたの"仕事"は手先の器用さが要だった。それがこの体たらくでは、どうしようもない。何より──。

「ごめんね、おかあさん」

 あなたは膝から列車の通路の床に崩れ落ちる。

 最後、横向きに倒れたのか、こめかみ辺りに鈍い音が走り、直後にあなたの意識は闇に閉ざされた。

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