空っぽのオーケストラ。略してカラオケ。
「最近、カラオケ行ってねぇなぁ……」
梅雨も終わって、さぁもうすぐ1000時間を越える長期休暇タイムだ、なんて時期。
節電だなんだとクーラーが使えない教室で期末テストに頭を抱えている、なんて時期。
制服が夏仕様になって生地が薄くなっても未だに暑いっつーか蒸し暑い、なんて時期。
教室の机を2つくっつけて、友人三人でそれを囲んでいざ昼食タイムだ、なんて時間。
ぺこっ、とさっきまでオレンジジュースが入っていた紙パックを鳴らしながら、俺・中村京平は呟いていた。
「いきなりどうしたんよ」
と、左斜め45°から聞こえてくる声の主は我が悪友その1・寺田大輝。
女子マネージャー目当てで野球部に入ったものの、この学校の野球部の女子マネージャーはとっくにキャプテンの彼女だった、なんて理由で甲子園を諦めた(色々な意味で根性が)悪友だ。因みに、坊主頭にまだ髪は復活していない。
「いや、さ。ただ単純に、俺が最後にカラオケに行ったのっていつだったっけな、って」
「なるほど。密室の中で黒くて硬い棒を最後に口元に運んだのがいつだったか、ってか」
「何だその語弊のある言い方」
今は昼時で、俺の目の前にはコンビニで買ってきた弁当が置かれているんだ。しかもその弁当もまだ食べかけなんだ。だからそういうネタは遠慮してくれ。
……と言いたいのも山々なのだが、今までに何度忠告しても直らなかったり、この先未来永劫にきっとずっと変わらないと思うので言わないでおく。
焼け石に水、暖簾に腕押し、糠に釘、あと何だっけ。まぁ良いか。
「去年のクリスマスに忘年会と称して歌いまくったのが最後じゃない?」
と、俺の右斜め45°から聞こえてくる声の主は我が悪友その2・増島灯。
顔は悪くないし、数学や国語のテストで学年1位の成績を誇る程の頭脳も持っているのだが、その他が色々と残念故にフリーな女子だ。黒髪ロングを靡かせながら憂いに満ちた表情を浮かべている――なんて時は大体掛け算に没頭している時だ。どう言う意味での掛け算か、は深く気にしない方が精神衛生上良さそうだから放置しておく事にする。
「じゃあもう半年以上行ってないのか」
どうりで最後にカラオケで歌った時の記憶が曖昧なのか。
「んじゃーよ、テスト期間が終わったらまた三人で行かね?」
と、米粒がついた箸を宙にかかげながら提案する悪友その1。
「え、テスト期間が終わったら、ってそれアンタは行けないんじゃないの? それで良いの?」
「おい人の赤点を勝手に確定させんなよまだ決まった訳じゃねぇだろ」
「取らぬ狸の皮算用、って言葉があるの、知ってる?」
「狸の、皮……。おいそれってどこの皮だ。そう言えば狸の置物って、とある一部分が強調されてるよな」
「そう言えばでも何でもねぇだろそれが言いたかっただけだろ」
「ん? それ、って一体何の事かな?」
「男が男に言って楽しいのか、それ」
「京平×大輝……、いや逆かな」
「「やめろ!」」
「んじゃあまぁ、昼食時の話題作り兼カラオケのシミュレーションっつー事で、『古今東西☆カラオケあるあるトーク♪』でも開催しようじゃねぇか」
「え、なんだその遊び」
昼食時にそんな大層(?)な名前がついた話題が必要なのか?
いやそれよりも、カラオケにシミュレーションが必要なのか?
しかも、カラオケあるある、ってどんな事言えば良いんだよ。
いや、そもそもその前に、古今東西にカラオケってあるのか?
あと今、星やら音符やら、野郎が口にするのが似つかわしくない記号が見えた気がしたんだが気のせいなんだろうか。
あぁもうツッコみきれねぇ!
「良いわね。妄そ――イメージトレーニングは大事だしね」
「よし、じゃあやろうぜー。パスは三回までで、発案者の俺からスタートな」
そこまで言って一息つくと、悪友その1は弁当箱からおにぎりを一つ取り出して頬張って咀嚼して飲みこんで、
口を開く。
「……《『バスト占いの歌』を流すと、その場が性癖暴露大会に変わる》」
「あー、あるわね」
「あるの!?」
いまいち理解できないスタートを切った。
「じゃあ次、私ね。えっと、《『バスト占いの歌』を知らない連中とカラオケに行った時にそれを歌うと、辺りが絶対零度に包まれる》」
「あー、あるある」
「まぁ、それなら……」
調子に乗った男子学生辺りが、ノーマルな女子もいる事を忘れてたりすると発生するんだろうな、それ。
でも何で二人連続で同じ曲の話してんだ?
「じゃあ次、京平のターンよ」
三人でやってるもんだから、あっさりと俺に番が回ってきてしまう。
エロや下ネタを絡ませれば色々と思いつく悪友その1に、何だかんだで一応頭の回転は早い悪友その2。
この二人を前に、俺が何を言えば勝てるというのだろう。
っていうか俺はいつからこの勝負(?)に勝とうとしていたんだろう。
そもそも、俺がこの勝負に勝つ事で一体何が得られるというのだろう。
「京平ー? まだ」
「遅延ですか遅漏ですかー?」
「誰が遅漏だ! ……《アニオタだとバレたくないから、一般人でも知ってるアーティストがアニメとタイアップした曲を歌う》」
「「あぁ、あるある」」
「さっきからそれしか感想言ってなくないか?」
あと、これがあるあるとして通用するのか。
「じゃあオレか。……《お色気アニメの主題歌を歌って、アニメ映像が流れるとちょっと気まずくなる》」
「あぁ、あるある」
「お前でも気まずさを感じる事があるのか!? って言うか女子がそれであるある頷いてて良いのか!?」
お色気アニメの映像が流れる事がある、って事の方に驚くべきかもしれないけどそこはまぁこの際どうでも良いや!
「私のターンね。えっと、《好きなボカロ曲が入ってなくてなんかちょっと悲しくなる》」
「あぁ、あるある」
あと、これも映像が流れて気まずくなる事があったりするよな。
「……ボカロは曲知らねぇんだよな。お世話にはなってるけど、いろいろな意味で」
「マイナーな曲ならまだしも、結構有名な曲でも入ってなかったりするのよね。最近入ったのもあるけど」
「ってあれ同じ事しか言わないんじゃなかったのか!?」
「誰もそんなルール決めてないわよ」
「なんだその縛りプレイは。……ハッ!? 縛りプレイ、とな!?」
「ちょっと黙ってろ。うっかり忘れそうになるが食事中だ」
二人とも、あるあるを考えるのに夢中で箸が止まってるしな。昼食時の話題作りじゃなかったのかコレ。
「あーいよ。んじゃ、《替え歌が有名な歌を誰かが真面目に歌ってると、替え歌で乱入したくなる》で。」
「あぁ、あるある」
「なんだよ替え歌で有名な歌って」
「……全国のロリには迷惑をかけたと思っている」
「は?」
悪友その1が幼い女子に迷惑を、か。……なんとなくどことなくそこはかとなく漂う犯罪の気配。
「えっと、《アニソンを歌ってる時、動画サイトでの弾幕を思い出して噴き出しそうになる》」
「「あぁ、あるある」」
うんうん、と頷きながらの呟き。ここまできてようやくハモった気がする。ハモる必要なんて何処にも無いんだけどな。
「《オタク同士でカラオケに行く時、マイナーなアニソンを歌うのが申し訳なくなってくる》」
「気にしないな」
「気にしないわね」
「あれ!?」
そうなの!?
自分の好きなアニソンより、有名なアニソンを歌っちゃったりするのって普通じゃないの?
「己が本能に忠実に従った結果、どうなろうとオレはどーだって良い」
「同じく」
「えぇ……」
良く言えば、周りに流されない奴だなぁ……。悪く言えばただのKYだが。
「んじゃ、そういうわけでペケ1な。で、オレの番か。……《『Help me,ERINNNNNN!!』で、その場に居る誰かの名前を当てはめて歌う》」
「あるあ……ねーよなそんなん!?」
てっきり《その場に居る数名が腕を振りまくる》程度の事なんだと思ってたのに!
「そんなんじゃあるある過ぎてカウントしてもらえないわよ、京平」
「心読まれた!?」
「そうだぞ。さっきからオレの事を脳内でちょくちょく悪友その1呼ばわりしやがって」
「マジで読まれてる!?」
っつーか、あるあるであるある過ぎる事を言うのがダメ、ってどんなルールだよ!
「私ね。えっと、《『いーあるふぁんくらぶ』でその場に居る誰かの名前を当てはめて歌う》」
「どんだけその場に居る誰かの名前入れたいんだよ!」
普通にそのまま歌う、っつー選択肢はどこに消え去った!
「「面白いから」」
「面白いのかそれ!」
なんでそんな微妙な事をハモらせて言うんだ!
「さぁ京平のターンよ! さぁどの曲にその場に居る誰かの名前を当てはめて歌うのかしら?」
「いや当てはめないからな!?」
「――》!」
「「あるある!」」
「――》!」
「あるある!」
「いやねぇだろ!?」
「――》」
「「ないない!」」
「なっ!?」
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「……なぁ、コレいつまで続けるんだ?」
「いつまで、ってそりゃ食い終わるま――あ」
言いながら、悪友その1は時計へと視線を向け、凍りついた。
良い子はカラスと一緒に帰宅する、17時のベルはとっくに鳴っている時間だった。
「あぁ、だから暗いと」
「反応薄いな!?」
「暗い所は慣れてるからね」
「そういう問題!?」
「……で、明日はテストな訳なんだが」
「しかも、アンタが苦手な科目目白押しな日なんだけど」
「……」
取らぬ狸の皮算用。
手に入れてないものを手に入れたつもりで計画を立てちゃアカン。
そんな意味を、身をもって知った悪友その1だった。