3. そびえる木と湖の底 2020/08/02
翌日は京阪電車で伏見稲荷に向かった。京阪電車は京都から大阪の淀屋橋までつながっているが、ハクは京都の建物やお寺は風情があって良いなぁと車窓を眺めていた。しかし、電車が伏見駅に近づくと電車の窓から妙なものが見えた。
雲の上まで大きくそびえている半透明の木。その大木は伏見駅に近づくまでは見えなかった。
「なあ、あれ何だ?」
「何だろう?」
「あんなに大きいのに遠くからは見えなかったね」
「半透明だし」
「とりあえず、行ってみない?」
ハクたちは電車を降りるまでは小さな声で話していた。大きな声で話しているおばちゃん達がいたので電車の中では目立たなかった。オバチャン達のコビトたちは『エッサ、エッサ、エッサホイサッサ』と踊っていた。妙にオバチャンたちのおしゃべりとリズムがあっていて、それはおかしかった。
さて、降りた途端に「変だ、何だ」と言っているハクたちに駿が説明を求めてきた。駿に半透明の大木は視えていなかったのだ。
「半透明の大木? なんだそれ?」
「近くに来るまで見えなかったんだよ」
「昔からあったのかしら?」
「ファイ、あの木知ってる?」
ハクが小声で聞いてみるとファイは大きく首を振った。
「あんな木は初めて見た。昔はなかったぞ」
「昔って、来た事あるの?」
「そうだな。人間が刀をさしていたころだな」
「その時代、幅がありすぎるよ」
「何時代? 江戸とか安土桃山とか?」
「たぶん?江戸……」
コビトのファイは話ができるので色々質問してみたけど、あやふやな部分がとても多かった。長く生きているうちに忘れてしまったり、記憶が混ざるのは人間と同じようだ。使い魔をしていた時は主の事以外に興味も関心もなかったし、主がいなくなってしばらくはボーッとしていたという。普通、主を無くした使い魔はそのまま消滅していくそうだ。
もっとも、この大木は近くによらないと視えないから京都に居ても気がつかなかった可能性もある。
「陰陽師に仕えていた時代は京都にいたよね」
「その頃はなかったぞ」
「本当に?」
「たぶん。とりあえず見たことはない」
ハクとコビトのファイが話をしている間に、みんなの話が纏まった。姿を消す魔法で大木の側にいく事にした。
「駿兄、俺は桐ちゃんと組みたい」
カミィが訴えてきた。何かある時カミィは必ず桐の側にいようする。
「じゃぁ、駿兄は僕といっしょに」
とハクが言いかけたら、京華がハクの側に来て、
「ハクはわたし」
京華に腕をとられ、ハクは連行されるような気分になった。
皆は路地に入って人目がないことを確認してから姿を消した。
その大木は駅の側にある川を跨いでそびえていた。半透明な木の間に川が流れている。普通はこんな風に木は生えない。水の心配はないと言えるが……。大木のそばで、盛り上がっている木の根っこの部分を踏んでみると固い木の感触がした。 どうやらハクたちにとってこの木は現実になるようだ。
「よし、いくぞ」
というカミィの合図で天馬を呼び、大木に沿って上に上っていく。
雲を抜けて上がっていくと大木の枝は円形にひろがり、枝が絡まり合ってその上は広い草原だった。所々に小さな草花も生えていて牧歌的な雰囲気だ。真ん中に大木がある。その側には木でできた小さな家が建っていた。側には畑らしきものも見える。
「なんだかさぁ」
「ジャックと豆の木、思い出しちゃった」
「ほんとだよ」
「じゃぁ、そこの家にいるのは?」
「巨人がいる?」
「こんな所に?」
「でも、巨人にしてみれば僕らは侵入者だよ」
「不法侵入?」
「こんにちは、って挨拶したほうがいいんじゃないの?」
「とりあえず、様子を見てこよう」
「そうだね」
カミィと怜が姿を消し、小さくなって偵察にいく事にした。
草原はいい風がふいていて気持ちの良いところだ。
「行ったね」
「大丈夫かな」
「視えないし、平気よ」
待っている間、草原の隅で他の4人はテーブルを出しお茶を飲むことにした。
ハクが紅茶を飲んでいると、白いたてがみの白馬が腕をつついて何やら訴えはじめた。他の天馬たちは近くでのんびりと草を食べている。
「ハク、名前がほしいんじゃない」
「私たち、もう名前付けたよ。カミィと怜も名前で呼んでいたし」
「コビトとか勾玉のヒヨコに名前つけたのになぜ、自分にはない? と言っているな」
駿が八つ橋をまとめてクルクルと丸めながら言った。駿はなにも入ってない生八つ橋が好きだ。
「名まえ欲しい?」
とハクが白馬に聞くと肯いたので
「じゃぁ……クー」
と言ったらとても喜んだ感情が流れてきた。
ごめんね、名前つけるのが遅くなって。ちょっと、出遅れてしまった気分だ、とハクは天馬に申し訳なく思った。
ふと気配を感じ向こうを見ると、なにやら白いボールがポンポン飛び跳ねてくる。こちらに向かって一直線だ。そして白いボールはハクの胸にガシッと飛びついて、小さなしっぽを振った。後ろからあわてて怜とカミィが駆けてくる。
「キューン」
つぶらな瞳でハクをみつめる真っ白な毛玉。よく見ると子ギツネだった。かわいい耳がピクピクして毛がふわふわと柔らかそう。思わず手を出すと「キュ、キューン」と鳴きながらハクの手のひらに飛び乗って丸まった。白い毛玉。
「フワフワだ♪」
「ほんと、ハクは動物に好かれるわね」
あきれたように京華が言うのに、カミィが
「そいつ、俺たちの気配を感じて外に逃げ出したんだ」
とむくれた。
カミィと怜が小さな家に入ってみると、誰も見当たらないのに小さな気配がしたので探ると、白い毛玉が飛び出して逃げていった。
「僕たち、姿を消す魔法かけているよね」
ハクの言葉に
「お茶なんて飲んでいるから魔法が緩んだんじゃないか」
カミィがちょっと不満そうに言った。確かにハクの魔法は少しほころびていた。
クーが喜んでなめてきたからかもしれない。
「今度は、白」
「コビトが赤で、勾玉が黄色でキツネが白……次はなんだろ?」
もう皆、何をいっているのだか、とハクは呆れたが白い毛玉はハクに引っ付いて離れなかった。
「僕といっしょにいたいの?」
ハクが尋ねると「キューン」と子ギツネは鳴いた。
「ねぇハク、その子ギツネ、たぶんコビト……じゃないかな。普通のコビトとは違うけど似てるような気がする」
桐が言った。
「コビトは人の形じゃないの?」
「うーん、そのはずだけど。人と離れたコビトが人の姿を保てなくなって毛玉になった?」
「ファイは?」
「火の玉になっていたからコビトの姿を保っているかも」
「休む時は火の玉になるんだろう?」
怜の問いにコビトのファイは肯いた。
「確かに火の玉になると体が休まる」
「つまり、人についていないとコビトは人の形が保てない」
「なんで、キツネ?」
「ここ、伏見だからキツネの姿を借りたんじゃないか?」
「この子が付いていた人はどうしたんだろう?」
「さあな」
「で、さぁ、この家のもち主は?」
怜がこの家は空き家になって随分たつのだろうと言った。生活用品もなくて家と家具だけ残して引っ越したようにもみえる。畑も手をいれてなくて作物が野生のままに生えていた。
「この子は?」
「お前、置いて行かれたの?」
ハクの問いかけに子ギツネは「キュ、キューン」と答えたが、ただ嬉しいという感情だけが伝わってきた。
「どうしよう。なんだか喜んでいるけど」
「とりあえず、ハクが保護してあげればいいと思う。普通の人には視えないはずだから」
と桐がいうのでハクの手元に置くことになった。
名前をつけなくては……白い、白い雪玉。うん、ユキにしようとハクは考えた。
「ユキちゃん」
と呼ぶと小さなしっぽがぶんぶんと揺れた。気にいったようだ。
「キューン、キューン」とかわいく鳴いている。
「なんだかハクがつける名前って、わかりやすいな」
カミィがいうので
「わかりやすくて可愛いのが一番」
とハクは答えておいた。ユキは幽霊コビトの仲間になるのか、駿には見る事はできなかった。
この場所にはマップマークをつけ誰かが入ったらわかるように結界を張っておき、入れる条件も付けておく。
また、くる事になるのだろう。
それから下におりて伏見稲荷にお参りして、荒神峰の下ったところにある窪地でマナを回収して魔法玉にかえた。ユキはハクの頭の上で寛いでいるしファイはハクの肩に乗っている。
暑い暑いというカミィにかき氷を食べさせたら機嫌がよくなったので、そのまま今夜の宿である琵琶湖に向かう。琵琶湖のほとりにたつホテルは最近建ったばかりのきれいな建物だった。その最上階に部屋を取っていてそこからの景色は琵琶湖が一望できる。ホテルの従業員に付いているコビトたちは浴衣を着ている。色とりどりの浴衣は華やかで目を楽しませてくれた。
夕方についたので夕日を見ながらご飯を食べることができた。そのあと、みんなで琵琶湖のまわりを散策した。明日は大型ボートをレンタルして琵琶湖に繰り出す事になっている。
カミィは船が大好きなのでワクワクしているのがよくわかる。
皆も初めての琵琶湖が楽しみのようだ。
今日はいい天気。ハクたちはホテルでバイキングの朝食を取ってから琵琶湖に出かけた。
「おー、いい天気だ」
「風が気持ちいい」
「海じゃないけど」
「海みたい」
「やっぱ、船というかボートはいいよな」
船の上で駿もごきげんだ。彼は小型船舶免許を持っているので大きなボートとかヨットを運転する事ができる。海の上でヨットを停泊してボーッと過ごすのが好きなのだ。駿のコビトはアロハシャツにサングラスを付けていた。状況に応じてまめに着替えるコビトだ。
「釣り、しよ~」
桐が釣竿を配っている。
「よーし、がんばって釣るぞ」
カミィが叫んだ。
カミィの釣りは食い気が伝わるせいか何時も釣れない。そのかわり陸の上の狩りは恐ろしく素早くて上手だし、魚は銛で突くのが得意だ。
「カミィ、船からおりないでね。魚が逃げちゃうから」
「大人しくしていたらいい物食べさせるぞ」
駿の言葉にカミィが悩ましい顔をした。やはり飛び込むつもりだったのかもしれない。
「ほんとにカミィは食いしん坊だなぁ」
釣竿を垂れながらあきれたように怜が言った。怜は頭からバスタオルを被って麦わら帽子、長そで長ズボン、サングラスに手袋までしている。小学生なのに背が高いから怪しい人に見える。駿も同じような恰好をしている。ハクとカミィは普通にタンクトップに短パンだ。桐と京華はパラソルの下。女の子は大切にされる。
「ハク、ひいてる」
「ほんとだ。おーっ、何かな?」
「大物だといいな」
ハクの竿に魚がかかったらしく強い引きがあった。ググッと引かれたせいか、つんのめってポケットから勾玉が落ちて転がってしまった。
あわてて勾玉を拾い上げようとしたら、上から大きな鳥が勾玉を引っ掴んで持って行ってしまった。
「勾玉、とられた!」
「うそー」
「カワウだ」
「なんで?」
勾玉を取られた瞬間「ぴー」というヒヨコの泣き声が聞こえてきた。カワウは勾玉を掴んだが、きちんと持ててなかったようでポトリと湖の上に落してしまった。
それを見た瞬間、ハクは水の中に飛び込んでいた。
あと少し、少しなのに届かない。手を伸ばす。指が触った。
あと少し、あと少し。
湖の底が見えてきた。底に落ちると見つからない。泥に紛れる。ハクは強く蹴り、そのまま勾玉を掴むと体ごと泥に突っ込んでいった。
息が苦しい。限界……。
ハクの目の前は暗くなって、もう意識は保てなかった。
「知らない天井だ」
目がさめるとハクはベッドに寝かされていた。
助けてもらったらしい。病院かな? でもそれにしては豪華でレトロな部屋だとハクがぼんやり考えていると
「ハクのばか!」
「心配かけるなよ」
桐とカミィの声にハクはびっくりした。
「ごめん」
ベッドの横には桐とカミィがいた。でも他の皆はいない。
「回復の魔法かけたけど大丈夫?」
桐に聞かれたのでハクは大きく伸びをしてみた。
「大丈夫みたいだ。ごめん、心配かけて。それで、勾玉は?」
「ここにあるよ」
カミィがベッドの横のサイドテーブルから勾玉を取って差し出した。ハクが勾玉を手に取るとほのかに点滅してから、ポンとヒヨコに変わった。ハクに向かってピヨピヨと嬉しそうに鳴いている。
「ありがとう」と言っているみたいだ。
コビトのファイと白いユキも心配そうにハクをのぞきこんできた。ユキがハクの首に頭をすりすりとしてくる。
良かった、無事で。ふわふわの毛が気持ちいい、とハクの気持ちはじんわりと温まっていった。
「ごめん。無事で良かった」
ハクが言うと
「もう、ほんとに心配したんだから」
桐が怒ったように言った。その目が少し赤くなっている。
「そうだよ。危ない事するなよ」
「えーと、助けてくれたんだね。二人ともありがとう」
「「どういたしまして」」
桐とカミィは同時に答えた。
「ところで、ここどこ? 病院じゃないみたいだけど」
「湖の底にささったハクを抜こうとしたら、そのままドンドン沈んでいって……ここは、湖の底だよ」
「え、ここ、琵琶湖の底なの?」
「そうだよ。ハクが湖に落ちたから、俺と桐ちゃんで追いかけたんだ」
「そうしたら湖には底がなかったの」
「底がない?」
その後、桐が『なんでも入る結界』から水と野菜スープを出してきたので飲みながら話をした。
引き込まれるように沈んでいくハクの足を掴んで桐とカミィもそのまま泥の中に埋もれていって、パァッーと辺りが開けたかと思うと空中に浮いていた。
上には湖の水がゆらゆら揺れているのが見えたが、空中から落ちていくので天馬をだした。天馬で下におりるとそこにいた人々が驚いて騒いでいる。
「天馬だ」
「地上の交通手段は天馬になったのか?」
「すごい、はじめて見た」
「大きい人だ」
「ひょっとして、天使さまでは」
「われらを助けにきたのか」
「天使さま!」
騒いでいる人たちは小さかった。カミィの肩ぐらいの背丈で服装は着物のようだ。
「着物?」
「着物の丈が短くなっている感じ。作務衣みたいな服装の人もいたわ」
「ここって地殻変動とかで昔、沈んでいった都市?」
「うーん。昔の人かもしれないけど」
「どういうことだろう? でも、駿兄とか心配しているよね」
「大丈夫。ケータイ通じるし連絡しといた」
「ケータイ、つながるの?」
「うん、つながった。良かったよ」
「じゃぁ、戻れるかな?」
「魔法も使えるから大丈夫だと思う」
といった話をしていると控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
カミィが大きな声で答える。
「失礼します」
と入ってきたのは巫女装束を着た小さい女性だった。
「ご気分はいかがですか?」
「もう大丈夫です。お世話になりました」
ハクが返事をした。
「良かったです。よろしければ国主が昼餉をご一緒したいと申しております」
「ええ、伺います」
桐が答えハクも立ち上がった。ハクの服はタンクトップではなく、普通のTシャツにジーンズになっている。『なんでもしまえる結界』から出して着替えたのだ。カミィも同じような恰好になっていた。
桐は白のブラウスに花柄のフレアースカートで、お嬢さまに見える。
女性に連れられて廊下を歩き立派なドアの前まできた。ドアの前には腰に刀を差した二人の侍が番をしている。大人でも小さい人たちだ。 二人の侍がドアオル開けたので中に入るとそこには、りっぱな椅子に座った大きなカエルがいた。
カエルの王様。頭に王冠をかぶっている。
びっくり! と、ハクは思わず息を飲んだ。アマガエルを大きくしたカエルの王様。手足の先だけ人間の手になっている。緑色のカエルは椅子から立ち上がりにこやかに声をかけてきた。カエル顔だけど口もとがニターッとなっているのがわかってちょっと恐い。
「こんにちは、地上のお客様。琵琶湖の『忘れられた国』にようこそ。私は王の湖底司といいます」
「は、はじめまして。この国の名前は『忘れられた国』というのですか?」
ハクはカエルの王様を見ながら思わず質問をしてしまった。
動揺していたので、変な国の名前だなと思っていた事を聞いてしまったのだ。
「おや、私の姿をみて国の名前を聞いたのはあなたが初めてですよ」
「そうなんですか」
「この国の存在をご存じでしたか?」
「いいえ、知りませんでした」
「はるか昔、地上と我々は同じ先祖をもつ同胞でした。琵琶湖の底が閉じられ行き来ができなくなって、我々は地上の人々からは忘れられていったのです。ですので『忘れられた国』です」
「あの、王様は……」
「なぜカエルの姿をしているのかを聞きたいのですね?」
「は、はい。なぜですか」
「呪われました」
「呪い?」
カミィが不思議そうにつぶやいた。
「そうです。はるか昔に陰陽師によって先祖がこのような姿にされてしまったのです」
「ご先祖が、ですか」
「ええ、王座を継ぐと人間からカエルに姿が変わります。ですから皆ぎりぎりまで王になろうとはしません。王の座を巡っての争いもありません」
「そ、それはいいの、かもしれませんね」
「そうですね」
ごほん、とカエルの王様は咳払いをすると重々しい口調で宣言した。
「あなた方はもう地上の世界に帰ることはできません。ですので、この国の住民として死ぬまでここに暮らす事になります。私たちは君たち、新しい国民を歓迎します」
「えっ!?」
桐がびっくりしたような声をだした。
「何、言って……」
カミィもあきれたようカエルを見た。今日から君たちはこの国の国民ですと言われて驚かない人はいない。
「驚くのも無理はありませんが、これまでこの『忘れられた国』に落ちて地上に帰って行った人はいないのです。天馬があると思われるかもしれませんが、あの湖の底は下からはどうやっても突破する事はできません」
「試してみたのですか」
「ええ、気球に乗って何度も。地上から落ちてきた人たちが試みていました。この国の天井はすべて彼らとその意志を継ぐ者がさわったと思いますよ」
「昔は地上と行き来できたのですか?」
桐が聞いた。
「そうですね。地上に続く道がありました。しかし、陰陽師に地上への通り道を大変小さくされてしまって、ネズミでもなければその道を使う事はできません」
「道をひろげれば……」
「たいそう固い岩盤で、ひろげられないのです。昔から何とかしようとしても、少し拡がると岩盤が成長して元の大きさに戻ってしまいます」
「今、地上から落ちてきた人はいるのですか」
「今はいません。残念な事に昨年なくなりました。地上から来た人は割と早くになくなります」
「早くにって」
「残念ながら地上の人には、風土があわないのだと思います。だいたい10年もたつと衰弱してしまいます」
「そうですか……」
「でも、心配なさらないでください。その間はきちんと生活の面倒はみますし、我々も地上の情報や新しい技術が聞けるのは嬉しい事です。特にあなた方は天馬をお持ちのようですし、色々とご協力いただけると助かります。ところで、天馬はどこにいるのでしょうか?」
「わかりません。呼ぶとどこからか来てくれるので、普段はどこにいるのか私たちは知らないのです」
桐が澄ました顔で嘘をついた。
「どうやって手にいれたかお聞きしても?」
カエルの王様は天馬が欲しくてたまらないようだ。
「祖父から紹介されて契約しました。一族の秘密だそうです」
桐が答える。
「人に見せた事はありません。今回は私たちの危機に駆けつけてきたのだと思います」
ハクもあわせてみた。
「呼べばきてくれるのですね」
「はい。それぞれの主ときめられた者が呼べばきます」
「そうですか……」
「…………」
「…………」
カエルの王はしばらく考えこんでいたが、こちらへ明るい声をかけてきた。
「色々聞いてしまって申し訳ありません。お腹が空いたでしょう。どうぞ昼食をお召し上がりください」
「ありがとうございます。ですが、私たちはお昼を持っているのです。食べ物を粗末にしてはいけないので、私たちはこちらのお弁当をいただきます」
「我が国の食事もおいしいですよ」
「そうですね。夕食にいただきます」
桐がカミィに合図をするとカミィは大きなバスケットをテーブルの上に置いた。
桐とカミィが重箱に入ったおにぎりやから揚げ、エビフライ、だし巻き卵に春巻き、お稲荷さんにポテトサラダをはじめ各種サラダ等をササッと用意して並べた。生春巻きまであった。そして、ポットの水筒からスープが配られ、お茶も桐が準備した。
「あの、どこから出したのですか?」
カエルの王様が戸惑ったように聞いてきた。
人前で、カエル前だけど結界、使ったらまずいんじゃない? とハクが思っていると
「我が一族には一人一人、物をしまえる固有の空間が付いています。それがカバンの代わりになります」
と真面目な顔をして桐が答えた。
「それはすごい」
「本人しか使えませんし、量も限られますが」
「そうなんですか」
カエルの王様は残念そうに小さく唸った。
その後、表面的には和やかに昼食会はすすめられた。桐は本当にニコヤカに勧められた食事を断っている。ハクも見習って愛想よく断り、カミィは無表情にひたすらお弁当を食べていた。カエルの王様はお弁当を欲しがった。そして、少し食べては感激していた。
「地上の食事はこれほど美味しくなってきたのですか。これでは、他の食事を取りたくないという気持ちになるのも無理はない。でも、君たちがこの国に料理を教えてくれるといいなぁ」
カエルの王様の言葉がフランクになってきている。ハクたちが逃げられないと思っているせいだろうか。
――でも、ここからでも異世界へいけるよね? で、そこから地上に帰れるよね? と考えながらハクはそっと桐を伺った。桐は相変わらずお愛想をふりまいている。
カエルの王様が見せたいものがあるというのでこの後、出かける事になった。しかし、桐が少し休みたいと言い部屋に戻った。そして部屋に入るとすぐ防音の魔法をかけた。
「あれ、あのカエル、コビト!」
桐が言った。
「う、うそ~」
「ホント。あれは人が混じったコビト」
「臭かった」
カミィがウゲェという顔をした。
「何が?」
「地獄の臭い。ハクは臭わなかったのか?」
「全然。」
「ヘドロの腐ったような臭いがするんだよ」
「カミィ、よくそれで食べ物食べられたね」
「食べ物に罪はないからな」
カミィが顔をしかめながら言った。
「食べ物にも何か混ぜてあったわ」
と桐が言った。
「えぇ! 何が?」
「わからない。食べてはいけないもの」
「人が混じったコビトって、よくないの?」
とハクが聞くと
「人の部分が残っているけど、そこが腐っているんだ。あのカエル、何か取り込んでいるし」
「な、何を?」
「自分以外の人、かなぁ?」
「うん。そんな感じ。昔居たという陰陽師が怪しいよね」
「そうだ。ファイ、何か感じた?」
ハクがコビトのファイに聞いてみると、
「わからんが……良くないものだとは思うな。同じ妖怪ではあるがあっちは邪悪な感じかな」
「ファイ、妖怪なの?」
「我らみたいな怪異を妖怪というのではないか?」
「ファイもトトもユキちゃんも妖怪とは違うような気が?」
桐がちょっと首を傾げた。
「いいじゃないか、かわいい妖怪で。トトもヒヨコになったらピヨピヨかわいいよな」
カミィが元気よく言ったので、勾玉のトトがちょっとふるえた。トトは王様に会う前に勾玉に戻っていた。ヒヨコより勾玉でいるほうが楽なのかもしれない。
「大丈夫。トトが食べられないように守るからね」
ハクが言うと勾玉がハクの腕にすりすりとしてくる。それを見てカミィが「ちえっ」と舌打ちをした。
カミィも食い気を少し押さえたら動物に恐がられないですむかもしれない。
「このまま、帰っちゃおうかなと思うの」と桐が言った。
「えっ、いいの?」
「だって、旅行の途中だし。マップマークつけといたらいつでも来られるから、あちこち付けといたわ。みんなに相談して今度はこっそり姿消してきたらいいと思う」
カミィが鼻をつまみながら桐を見た。
「あいつ、臭いしな。桐ちゃん、よく平気だったね」
「臭いだけ遮断したの」
「えー、えーっ、ずるい!」
とカミィが拗ねた。
「でも、臭いを記憶しておくのはいいと思うの。今後の参考にするための尊い犠牲だよ。あの臭いを耐えるなんてさすが。男らしくて素敵」
「う、ほんと?」
カミィが少し嬉しそうだ。本当にカミィは単純ですぐごまかされる。
ところで、帰る為にペンダントの魔法陣を使うとあっさり精霊国に行くことができた。
桔梗に今回の話をしたら驚かれたが、琵琶湖の底は様子をみましょうという事になった。カミィが「臭いが付いたような気がする」というのでお風呂に入ってから戻ることにする。
皆はまだ琵琶湖にいたけど、話を聞いて怜がカエルの王様を見たがった。
「あんな、邪悪なものは見ないほうがいい」
というファイの言葉によけいに好奇心を刺激されたようだ。
次回「壺の中に住む悪魔」