2. 火の玉、勾玉 2020/08/02
翌日の夕方、彼らは品川駅にいた。3年前にできた列車ホテルで京都まで移動する。
このホテル、ツインの部屋がそのまま列車にはめ込まれて夜中に移動する。夜行列車もしくは寝台列車の進化系といえるだろう。
チェックインが午後3時だからそのまま荷物を部屋において遊びにいってもいいし部屋にいてもいい。出発後は移動できないが、部屋の中にトイレやシャワー、冷蔵庫もあるので特に問題はない。
東京のホテルで寝て朝は違う都市で目覚める。目的の駅で取り外されてそこのホテルに設置されるから、寝過ごしてそのまま目的と違う都市に行ってしまう事もない。
「えーと、部屋割りは俺とカミィ、怜とハク、で桐ちゃんと京ちゃん」
「えー、なんで駿兄と俺がいっしょー」
「お前が一番危ないからだよ」
「カミィ、走っている列車の上とか登りそうだもんね」
「そんな事はしない、と思うよ~」
色々やらかすカミィの言葉に説得力はない。
「この列車、夜が楽しみだよね」
「天井も側面の窓もおおきなガラス窓だから星がよくみえるぞ~」
駿が得意そうだ。
「ほんとかよ! やった!」
「うわ~、楽しみ!」
カミィと桐が素直に喜んでいる。カミィは本当に列車の上で寝転んで星を眺めるつもりだったらしい。
「お早う」
「おはよ」
「おはよう」
ここは、京都駅の列車ホテル。京都という土地柄をいかした和のインテリアが外国人観光客にも人気だ。
朝、みんなそろってホテルのバイキングで朝食を食べた。
「俺、ここの湯豆腐は好きだ」
カミィが何度も湯豆腐をお替りしている。
「カミィが豆腐をたくさん食べている」
「からあげじゃないんだ」
「こっちに豆腐ステーキもあるよ」
「ここの豆腐はおいしいね」
他の皆も喜んで豆腐料理を食べている。料理のバリエーションが豊富で、なにより豆腐そのものが美味しかった。あちこちで食べている人たちのコビトも料理を覗き込んだり、中にはラジオ体操をしているコビトもいる。朝のせいか、桐に向かって踊るコビトもゆるやかな動きが多かった。
「それにしても、夕べの星空は幻想的だったね」
「うん、灯りのないところは特に星がきれいだった」
「この夜行列車って、廃線になったところを利用して、わざと遠回りして走っているから」
「ああ、だからきれいな星空が見られたんだ」
「列車ホテルっていいなぁ、また乗りたい」
「かなり、人気だけど」
「また乗りたいね」
皆はとても満足した、いい笑顔をしていた。
「おおー」
「いいわね」
「風情があるよ」
「いいところだな」
山科駅に着いた。ここは侘び寂びが活かされた造りだ。駅で見かけるコビトの中には着物を着て日本舞踊を踊っているのもいる。音楽は聞こえないのにコビトが踊っている音がわかるのは、テレパシーの一種なのかもしれない。
そのまま目的のお寺まで歩いていく。途中、琵琶湖疎水の横を通り景色を楽しんだ。この道は通りすぎる人も少なく静かだった。
「自然が残っているのはいいね」
「こころが癒される」
「でも、お前ら普段から自然の中を走り回っていないか?」
「いつもの景色とちょっと、違う自然」
「そうだよ、旅先、というのがいいんだよ」
何ということもない会話を交わしながらそぞろ歩き、目的のお寺に着いた。
「ここか」
「静かだね」
「あんまり人がいない」
「京都に比べると観光客がぐっと減るからな」
そういいながら皆は階段をあがるとお参りをしてから桐を見た。桐は目をつぶると
「あっち」
と指さした。そのまま桐の後に付いていくとお寺から少しはなれた窪地にマナの吹き溜まりはみつかった。
「そんなに多くないな」
「ちょっとしか居なかったみたいだし」
そういいながら、桐が指を振るとマナは魔法玉に姿をかえそのまま彼女の『なんでも入る結界』の中にコロコロと吸い込まれていった。その『なんでも入る結界』はもちろんカミィが創ったものだ。
カミィは結界とか、魔法陣をつくるのがとても得意なのだ。
山科を観光してから京都のホテルに行く途中で、中学生にコビトが刺さっているのを見かけた。なんだかフラフラしている。止める間もなく、カミィが後ろからホイッとコビトを抜いた。カミィの手があたって中学生はびっくりしていたが「ごみ、付いていたよ」と言うと「ありがとう」と返ってきた。
中学生のコビトを抜いた途端、そのコビトは喜んで踊りだした。近くにいた人に付いているコビトも一緒に踊りだしたが、その踊りはラインダンスだったので見応えがあった。
コビトどうしの繋がりがあるのかな? とコビトの踊りをみながらハクは不思議に思った。
「これ、いいよな。」
「こっち、かわいいと思わない?」
「こっちも欲しい」
「うーん、どっちにしよう」
みんなが一生懸命お土産を選んでいる。ハクたちは京都四条のお土産物屋をはしごしていた。そして、最初は一緒にいたけど、好みが違うせいか散り散りになってきたので時間をきめて落ち合うことにした。
駿はもちろんカミィに付いている。カミィは目をはなすと何処かに行ってしまうので警戒中なのだ。
ハクは路地にあるお土産物屋に入ってみた。表通りに面していないせいで人が少ないようだ。奥のほうで石像のようなお婆さんが店番をしている。寝ているように見えるが、近くによると目をあけて小さく会釈をしてきた。
この店は変わったデザインのお土産物がおいてあり。ハクは細い紐を組み合わせたタペストリーをいくつか選んだ。この上に白いお皿を置いてみたいと思ったのだ。
その横の籠にはガラスの勾玉が入っていたが、きれいな色の中にくすんだ琥珀色の勾玉があった。紐もくたびれて見える。ハクがなんとなく持ちあげてみると
「それが気に入ったのかえ?」
とお婆さんに声をかけられた。
「いえ」
手に取っただけですと言いかけたら、
「良かったら持っておいき。それは昔からある勾玉だけど、奥に置いても店に出てきてしまってね。人に渡しても勝手に帰ってくるから」
それは貰う意味ないから、とハクは思ったがお婆さんはもう勝手に勾玉を包み始めていた。千代紙でできた高そうな箱に入れている。タペストリーもきれいな箱にいれて包装してくれた。値段も半額にしてくれたので、それは断ろうとしたのだけど
「いいんだよ。この店は道楽でしているから、儲けなくていいんだ。あんたはいい子だよ。貰っておくれ」
と言われたのでハクは仕方なく受け取った。お婆さんの上にいる赤いたすき掛けをしたコビトもハクに向かってどうぞ、どうぞと手を動かしながら頭をさげていたから。
でも、お店をでる時のお婆さんの顔が何かもの言いたげに見えて、ハクはそれがちょっと気になった。
「おーい、何かいいものあった?」
カミィの問いに
「うん、まぁちょっと変わったものを買っちゃった」
ハクはまぁいいかと思いながら答えた。
みんなと合流してから四条から三条まで河原を歩いた。河原は石が敷かれていて歩きやすくなっている。手をつないでいるカップルが何人かいたけど、カミィが「暑いのに手、つないでるよ」と言うので、京華に「お子様にはまだ早いわね」と笑われていた。
カップルの上にいるコビトも手を繋いでいた。お互いを見つめ合っているコビトは人が通っても気にしないようだ。
「桐ちゃんに向って踊るコビトたちって、きっと暇なのね」
踊ってないコビトを見て京華がつぶやいた。
「恋は盲目っていうからな」
駿が肯きながらいうと
「駿兄は目がいいから、恋ができないのか?」
無邪気にカミィから聞かれてしまった。
「大人には大人の事情があるんだよ。俺は時期を見てるの!」
強い口調でいいながら駿は遠くを見た。
「時期って……いつ来るんだろうね~」
怜はからかうように駿兄を見た。
「もう、駿兄はいい人、なんだからそのうち、『運命の恋人』もできるわ」
桐のフォローが入ったが、彼の恋人はいつか現れるのだろうか?
さて、河原を歩いている途中、ハクはキラリと光るものを見つけた。思わず手を伸ばすとそれは勾玉だった。お婆さんにもらった勾玉と似ている。
~どうしようと思いつつポケットに入れた。そのままにしておいてはいけない気がしたのだ。
その後、桔梗達の行ったお寺の近くでマナを回収し、コビトの刺さった小学生を二人、見つけた。人のこない窪地にくるのも魔法を使ってみようと思うのも小学生か中学生なのだろう。
京都の夜は老舗旅館の離れだった。突然の旅行にしては豪華な旅館だ。
「駿兄、ここ予約取りにくいんじゃない?」
「夏休みなんてすごく混んでるはずだけど?」
怜と京華が駿に聞いてきた。
「実はだな、中田先生のとこ、家族旅行が取りやめになってさ。」
「あそこ、6人家族だっけ?」
「そうなんだよ。で、1年も前から計画して予約を取っていたのに勿体ないからって、そのまま譲ってもらったのさ」
「どうして、取りやめたの?」
桐が不思議そうに聞いた。
「若奥さんがおめでたで動けなくなったんだって。また改めて予約とるってさ」
「そういうことかぁ」
「まぁ、本当は行ったとこにマップマークを付けていたからテレポートで行けるんだけど、それじゃつまらないだろうって旅行にしたんだ」
俊が首をまわしながら言った。マップマークをつけると、その場所に瞬間移動ができる。
「カーさま、マップマークなんて、いちいち付けていたの?」
「なんか、忘れ物対策らしいよ」
「なるほどねぇ」
「うーん。夏休みの旅行を兼ねていたわけか」
「楽しいからいいよね、明日は伏見にいくんだっけ」
「そう、お稲荷さん」
「鳥居がいっぱいなんだよね」
「伏見はお酒だろう?」
「未成年にはまだ早い」
皆で話をしていると、突然、障子の向こうがほんわりと明るくなった。そして、庭に面した障子が勝手に開いたかと思うとそこには、火の玉が浮かんでいた。
「わぁ、火の玉だ」
「初めて見た」
「何しに来たんだ?」
「どういうこと?」
騒ぐ皆をしり目に火の玉はそのまま部屋のまん中にスイーと入ってきた。
皆は立ち上がった。スーッと、カミィが桐を守る位置に移動した。そして、ごく自然に火の玉を囲むように半円になった。
ハンガーにかかっているズボンのポケットが持ち上がり薄く光りはじめた。ハクのズボンだ。その下に置いてあるカバンも隅のほうが光っている。
カバンのチャックがひとりでにジジーと開いたかと思うと、お土産のふクロロが出てきて机の上に乗った。
包装が開かれ、箱の中の勾玉が宙に浮き上がる。ズボンのポケットから勾玉がふわりと飛んできた。
二つの勾玉が並んで火の玉に対峙している。
みんなが驚きつつ見ていると、火の玉の火は少しずつ小さくなり中から炎を背負ったコビトがあらわれた。 赤い三角帽子にワンピースみたいな赤い服をきている。
「やぁ、こんばんは」
炎のコビトが話しかけてきた。
「お前はなんだ?」
カミィが警戒しながら声をかけた。
「コビトだな。火のコビト? か。ハッキリくっきり見えるぞ」
駿が目を見張っている。どうやら駿にもこのコビトは、しっかりと見えているようだ。現実世界にいるコビトは、桔梗と桐には、はっきりと実体化した姿で見える。が、ハクと京華、怜そしてカミィにはコビトは半透明に見えるのだ。もちろん、普通の人である駿にコビトは視えない。
「コビトが実体化している」
「どうして?」
「なんで、炎を背負っているんだ?」
ハクの疑問に答えるように
「火の玉? 火の玉妖怪? だからかなぁ」
炎を背負ったコビトは首をかしげながら答えた。
「自分でもよくわからないのか?」
怜が聞くと、
「そう、そうなのだよ~。ずーと昔から気づいたら火の玉! みたいな感じで……。主さまがいなくなってから、行くとこなくって彷徨える火の玉をしているんだ」
「主さまって」
「陰陽師って知っている?」
「あぁ、一応な」
「陰陽師の使い魔をしていたのだよ。でも、その家が無くなって、ちょっと旅にでてみようと思って、あちこちウロウロしていたら……どんどん時代が進んで僕たちみたいなのは生きにくくなったよね」
そういうと火のコビトはため息をついた。
「なぜ、火の玉なんだ?」
「火の玉だと人は怖れてくれるから。昔に主さまが炎をくれたんだ」
「なぜ、ここに来た?」
「呼ばれたから」
「何に?」
「たぶん、それ?」
そういってコビトが指さした二つの勾玉は、宙に浮いたままじっとしている。
「これは、お前のものか?」
「主さまが持っていたものだと思う」
「それ、サークルでできているよ」
桐が勾玉を指さしながら言った。
「サークル?」
「異世界で人とか獣人が亡くなった時に残るサークル」
「あれ、丸い輪っかじゃないのか?」
「サークルってお墓に埋めるんだよな」
みんなが一度にしゃべったので、その場は賑やかになってしまった。
「静かに!」
怜が冷静な声でいった。怜は一番年下だが時々、自然と場を仕切ってしまう。
「桐ちゃん、これがサークルなのは間違いない?」
怜が勾玉を指さしながら聞いた。
「えぇ、そうよ。間違いなくサークルでできているわ。異世界では人や獣人が亡くなるとサークルが残るけど、サークルは埋葬されるし置いといても時間がたつと消えるわ」
「蓮さんとこのサークル、サルサのサークルはこっちの世界にずっとあったって言ってたよな」
「猿の獣人、サルサか」
駿がつぶやいた。
「『サルルサ』のケーキはうまいよな」
カミィも呟いた。
「蓮さんのお祖父さんが海でサルサを見つけたのよね」
京華がカミィをひじで突きながら言うと
「そう、『サルルサ』の名前の由来になった猿のサルサ。そのサルサが亡くなった時にサークルが残ったんですって。異世界からこちらの世界に来て亡くなると、サークルが残るみたい。でもこちらに残ったサークルは魂が宿っているせいかな、ほのかに光ってたの」
桐が答えた。
『サルルサ』とは桔梗の旦那さま、蓮の実家でケーキ屋だ。蓮の父親は異世界の猿人であるサルサと小さな時から一緒に暮らしていた。蓮の祖父が海で遭難していたサルサを助けたのだ。
その『サルサ』が亡くなるとほのかに光るサークルになった。桔梗と蓮が結婚する前に、そのサークルを見た桔梗が異世界のサークルだと蓮に教え、そのサークルを異世界の『猿の国』に持っていった。そして『猿の国』では、淡く半透明になった『サルサ』がサークルから現れ、死の妖精とともに消えて行ったという事だ。
「これ、今は光っているな」
「この勾玉、もらった時も拾った時もくすんだ色で光ってなかったよ」
というハクの発言で皆がハクの方を向いた。
「ハクがもらった?」
「拾った?」
「なんでも拾うからな~」
カミィには、言われたくない、カミィこそなんだかよくわからない物をよく拾ってくるくせに、とハクは思いつつ、あのお婆さんの店と河原の話をした。みんなは帰ってくる勾玉に首をひねっている。
「とりあえず、この勾玉を異世界にもっていけば死の妖精がくるのか?」
「うーん、どうだろ。サークルの形をしてないし……」
「この火の玉コビト、向こうの世界の『死の妖精』に服装が似てないか?」
カミィが言う通り火のコビトは向こうの世界の『死の妖精』とそっくりの服を着ている。こちらの世界のコビトは人間の世界の流行を取り入れた色とりどりな服をきている事が多く着物を着ていたりコスプレしているコビトもいる。
「服? 気にした事もなかった。むかしからこの服だからこのままだが……そこのコビトはおしゃれな服をきているな」
火のコビトが駿のコビトを指さした。駿のコビトは普通のジーンズにTシャツで、Tシャツの絵が金の鎖をモチーフにしたカッコいい模様だ。
「コビトの服はコビトが選んで好きなものを着ているみたいだよ」
「そうなのか。服は変えることができるのか?」
火のコビトの問いかけに駿のコビトはうん、うんと肯いた。コビトは話す事はできないが身振り手振りで言葉の代わりをしている。でも、コビト自身にもわかってない事は多くて何かを聞いても首を傾げられる事が多い。コビトの謎はなかなか解けない。
「うーん」
と、うなる火のコビトに
「多分明確なイメージが大切だと思うよ」
ハクがアドバイスしたら火のコビトは目をつぶり、しばらくして駿兄のコビトとそっくりの服装になった。
「おお」
火のコビトは喜んでいる。そのまま目をつぶると今度は刀を腰につけた侍の姿になった。
「この恰好がしてみたかった」
と言っているけど頭には三角帽子をつけている。
「その三角帽子は変えないの?」
京華が聞くと
「これ? 【この帽子は我が我である証】だからな。はずすことはない」
「【この帽子は我が我である証】って何?」
怜が真剣な顔で尋ねた。
「さあ、わからん。言葉が勝手にうかんできただけだ。でも、帽子は体の一部だ」
「うーん」怜が腕をくんで考え込んでいる。
「どうして、お話ができるのかしら?」
京華が尋ねる。
「そりゃぁ、こんなに永く生きていればな。少しずつ言葉を覚えて、発声練習して苦労してしゃべれるようになったのさ」
「コビトも話せるようになるんだ」
「他のコビトは話せないがな」
火のコビトは胸をはって言った。
火のコビトの話によると昼間は炎を消して、都会の隙間から人間を観察したり学校で一緒に勉強したりして過ごしているそうだ。
炎を消すと人から姿が見えなくなるのであちこち移動し、夜になると火の玉になって人の居ない木立とかで休む。東京暮らしだったが気が向いて京都に来てみたら、引き寄せられてここへきてしまったとの話だ。
火の玉と話をしてくれる人は滅多にいなかったので話ができて嬉しいと。
皆はソファーに座りテーブルの上にクッションを置いて火のコビトに座ってもらった。火のコビトが背負っている炎は熱くないし燃える事もないとの事だ。
「お菓子は食べるの?」
という桐の言葉に「ぜひ」というので焼き菓子とお茶をだすと喜んで食べはじめた。人に付いているコビトは食事をしないがこのコビトはお菓子が好きらしい。
「精霊の国に連絡しようか」
駿が腕を組みながら言った。それがいいという事で桔梗に連絡を取り、ペンダントの魔法陣で精霊国に移動した。火のコビトはハクが手の平にのせて運ぶ。火のコビトに「運ばれるなら彼がいい」と指名されたから。勾玉もコビトの両脇に浮かんでいる。
精霊国では火のコビトだけでは結界を通れなかったがハクと一緒だと通れたので、そのまま宮殿の応接間に移動した。勾玉も火のコビトの横にフワフワと浮かんでついてきた。
「はじめまして。こんばんは」
火のコビトの言葉に精霊たちは騒然となった。
「おお」
「コビトが話している」
「なんだ、なんだ」
「しゃべるコビトだ」
「炎をしょってるぞ」
「コビトの新種か?」
「皆の者、静かに。」
最長老のリヨンの言葉に辺りは静かになったが、まだ何となくざわついている。
「姫さま」、とリヨンに促され桔梗が火のコビトの前にでた。昔から近しい精霊たちは桔梗の事を姫さまと呼んでいて、それは結婚しても変わらない。
「こんばんは。精霊国へようこそ。私は精霊女王です」
「精霊女王さま?」
火のコビトが驚いたように桔梗の顔をみあげた。
火のコビトは炎を背負ったまま宙に浮かんでいる。勾玉も宙にうかんで桔梗と対峙している。と、二つの勾玉が一つにくっついた。見る間にプクプクと膨らんでいったかとおもうと黄色い毛玉になった。
「ぴーぴー」と鳴くその毛玉はどこからどうみてもフワフワの小さなヒヨコだった。ヒヨコは空中をフラフラと揺れながら移動してハクの手の平にスポンと落ちていった。
「姫さま、これは」
最長老のリヨンがとまどったように桔梗を見た。
「このヒヨコ、サークルですよね」
桔梗が困ったように言った。
「確かにサークルですが、サークルをつかって勾玉がつくられたようです」
リヨンも困惑している。
「人になるには足りないので、ヒナになったという事でしょうか?」
「たぶん、サークルの形を取れていないせいもあるかとは思いますが」
「二つの勾玉が一つになりヒヨコとはいえ形を持てるようになったのだから、他の足りない部分が集まれば何とかなるんじゃないかな」
怜が考えながら言った。
「人になれるということ?」
「たぶん、人に戻るにはサークルが必要なんだよ。サークルの足りない部分が集まってから、その火のコビトとこちらの異世界にくれば、いいんじゃないかな。彼は異世界のコロボックル、つまり死の妖精だと思う。服装もそっくりだし。なにかのはずみで現実世界にいってしまって、彼が迎えにいくべき人が同じく世界を越えてこの勾玉になってしまったので、お互いに惹かれているんじゃないの? 」
「コビトも世界を越える事があるんだ」
「しかし、仮にこっちのコビト、死の妖精が俺らの世界に来ると、実体化して人に見えるようになる。としたら現実世界のコビトが異世界に来たとしたら、どうなるのだろう? 俺らはまぁ、招かれたから別として、」
「コビトだけ?」
「それ、無理じゃない」
「現実世界のコビトは人から離れられないよ」
「人と一緒だと、精霊には実体化して見えるし、ウロウロして食欲魔人となる」
「でも、この火のコビトはずごくイレギュラーじゃないかな」
「陰陽師の使い魔という事は、その陰陽師が何かをしたのかもしれない」
「随分むかしの事らしいし、本人、覚えてないしね」
皆が色々と考えたが、結局、何かがあったらしいという推測しかできなかった。
その後、異世界にある人間の国にヒヨコと火のコビトを連れていってが何事も起こらなかった。ヒヨコはハクに懐いてピヨピヨと体を摺り寄せていく。ハクもそうされると何だか可愛くなって、そっと撫でると嬉しいという気持ちが伝わってきた。
「ハクって昔から動物に好かれるよね」
桐が笑いながら言う。
「猫とか鳥とか俺が抱いていても、ハクのほうにいっちゃうもんな。いいよな」
カミィがうらやましそうだ。
「カミィに抱かれていると食べられそうな気がするんじゃない?」
「から揚げすきだし」
「ちぇっ、食べられる動物の時しか、美味そうって思ってないぜ」
「ヒヨコは大きくなると食べられるよ」
「あっ、そうか」
と言いながらカミィがヒヨコを見たので、ヒヨコはあわてて丸くなりハクの手の中に隠れようとした。カミィの食い気は動物に伝わるのかもしれない。
ともあれ、火のコビトとヒヨコはハクといっしょにいる事になった。火のコビトがハクと居たいというし、ヒヨコからも想いが伝わってくるからだ。
元の世界に戻るとヒヨコは勾玉に戻った。最初は二つだったのに一つの勾玉になって少し大きくなりほのかに光を放っている。
火のコビトは炎を消すと幽霊コビトになった。駿には見えなくなったが他の皆には視えるし話もできるので火のコビトは喜んでいる。
ちなみに火のコビトは自分の名前を忘れていた。名前があったような気がするけど思いだせないそうだ。
「火のコビトって呼びにくくない?」
「名前をつけたほうがいいよ」
「ハク、懐かれているし名前つけてあげたら」
と皆がいうのでハクはコビトにファイと名付けた。
「ファイ」
そう呼ぶと火のコビトはかなり喜んで喜びの踊りを踊った。体が勝手に動いたそうだ。それを見ていた駿のコビトも一緒に同じ踊りを踊りだしたので
「コビトの強い感情は他のコビトに影響を与えるのだろうか」
と怜が興味深そうにしていた。
勾玉の光が点滅している。何かを訴えているだ。
「ハク」
桐が面白そうに指さした。
「ほら、呼ばれているわ」
「えーと、ではトト。お前の名はトト」
ハクが勾玉に言うと勾玉も踊りだした。まるでポルターガイストのようだ。
火の玉とかポルターガイストとか夏の夜にピッタリ、かもしれないとハクの気持ちも楽しくなってきた。
次回「そびえる木と湖の底」