初恋
私には好きなひとがいた。 紫色のひと。 のんびりしていてちょっと天然。 抜けている。 彼はあまり笑わない。 そんなところが私は好きだった。 私は告白されたことはわりとある。 でも私とは合わなさそうなひとばかりだった。 うるさくて、下品で。 そんなひとは私は好きじゃない。 だから私は今まで誰とも付き合ったことがない。
そんな時、彼と出会った。 二年ぐらい前だろうか。 彼はここに引っ越してきた。
「初めまして。 僕はセトっていいます。 よろしくね」
「私はルノって言うの。 よろしくねセト」
そんなよくあるあいさつを交わした。 私とセトが初めて出会った日。
セトの第一印象は優しそうなひと。 この時はまだ私は恋に落ちていなかった、はず。
セトが引っ越してからしばらくは最初の挨拶以降あまり喋ったことがなかった。 朝たまたま会えばおはよう、とあいさつをするし、夜に会えばこんばんは、とあいさつをする。 よくある当たり障りのない会話しかしていなかった。
でも確か、ある日をきっかけに話すようになったんだったけ。 私がちょっと遠出をしてこね都の喫茶店に行った時だ。 確か混んでいて私はなんとか座ることができた。 本当は一人だからカウンターが良かったけど、カウンターが中々空かなくて結局テーブルに座った。 私はチョコレートのフラペチーノを頼んでほっと一息ついていた。 チョコレートの甘みが疲れた体に染み渡る。 やっぱり私は甘いものが好きだ。 今日も疲れたなー、なんてちょっと一息。
「すみませんがお客様。 大変混んでおりますので、相席をしていただいても宜しいでしょうか?」
「大丈夫です」
ありがとうございます、そう言い残して店員は去る。
感じの悪いひとが来たら嫌だな、なんて思いつつ。 相席をする相手を待っていた。
紫色のひと、紫色のたれ目な瞳。 そして長いしっぽ。そのひとはゆっくりとこちらへ近付いてくる。 多分このひとが私の相席の相手だ。 私はこのひとを見覚えがある。 セトだ。
「あ、セトだ」
考えるより先に言葉が出る。
「ルノ!? 偶然だね」
垂れ目の目を見開かせて、セトは驚いていた。 私だってびっくり。 まさかこんなところで会うなんて。 思わずフラペチーノをストローでかき回す。
「セトはどうしてここに?」
「久しぶりにねこ都に来てみたくなったんだ。 久しぶりっていっても、大体二か月ぐらいだけどね」
トレイを座りながら、セトは私の目の前に座る。 コーヒー独特のの苦い香り。 セトは苦いものが好きなのかな?
「久しぶり……?」
「そういえばルノには話してなかったんだっけ。 なでシュタットに来る前にはねこ都にいたんだ」
「そうなんだ」
都会からわざわざ郊外に来るなんて珍しいなあ。
「本当はねこ都にいても良かったんだけど、都会より郊外に憧れててね。 都会はうるさいし、田舎だと静かすぎるしさ。 だからバランスが取れてる郊外に来たんだ」
確かに都会はうるさそう。 今日行って思った。 怖そうな人がいっぱいいるし、私には都会は合わなさそうだなあ。 都会はたまに行くぐらいでいいや。
「そうだったんだね」
「うん。 良かったら今度、ルノとねこ都で遊びたいな。 案内は僕がするよ」
セトはコーヒーを一口飲む。
「遊ぶ……?」
「うん。 僕さ、外であんまり遊んだことなくて。 なんでかというと分からないけど。 それに僕はルノともっと仲良くなりたいんだ」
「わ、私もセトと仲良くなりたいな!」
今まで仲良くなりたいだなんて言われたことがなかったからすごく嬉しい。 思わずテーブルをバンッと叩いてしまう。 驚いた周りの客がこっちを向いて、ちょっと気恥ずかしくなった。 ごめんなさい。
「じゃあ、今度遊ぼうよ。 いつが空いてるの?」
「明日とかも空いてるっ」
「じゃあ明日にしよう」
にこり。 セトは笑う。
決して下品に笑ったわけじゃない。 爽やかで優しそう。 思わず私は恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。
「ふふ。 楽しみだなあ」
「私も楽しみだよ」
明日のことを考えるとどきどきしてしまう。 楽しみだなあ。 どこに行くのかなあ。 案内をしてくれるなんて本当に嬉しいよ。
生まれて初めて高鳴る鼓動を私は受け入れていた。 そんな恋の始まり。