中二病の夢
「四枚目はないのか?」
「ない」
願望のこもったセバスチャンの声を、否定するしか出来なかった。
「……仕方があるまい」
「どうしようもないな」
二人そろってため息がもれる。
考えが一致したのは初めてだな。
「それほどに欲にまみれた精神は、物質界の住人に違いない。まずは、その者の様子を見るとしよう」
「どうやって?」
「こちら側も関心を示すのだ。とりあえず、名前を読んでみるがいい」
「分かった。……テオ・ハンゼ」
すると、目の前に映像が浮き上がった。
神殿の壁に、はめ込みの液晶テレビが出来たみたいだった。
森に囲まれた小さな村を背景に、見るからにクソガキという感じの少年が映っていた。
ボロボロの貫頭衣を着て、木の枝を両手剣のように構えている。
小柄だけどすばしっこそうで、いかにも負けん気の強そうな顔つきだ。
「とりゃー!」
テオは木の幹に切りかかった。
枝はパシンと気持ちの良い音を立てる。少年は息をつく暇もなく、枝で幹をめった打ちにしている。
「止めだ!」
芝居がかったセリフと共に大きく跳躍して、大上段から枝を振り下ろす。
バキッといい音がした。そして、折れた枝が頭に直撃して、少年は倒れた。
枝は額を直撃し、地面で後頭部を派手にぶつけた。
「……アホだな」
「だな」
セバスチャンのつぶやきに、オレも大きくうなずいた。
「って、見えているのか?」
「『リンク』の中に私の記録があっただろう。私も今や『世界の卵』の一部なのだ。だから、『リンク』を感じ取ることが出来る」
へえ、便利なんだな。
「ちなみに、貴様が考えている事もうっすらとだが分かっているぞ。『リンク』に私はどのように書かれていた?」
「いや、ちょっと驚いただけだ」
「違うな。精神の波長は驚愕ではなかったぞ」
「…………」
おいおい、心の中が丸見えってことか。
マリーやセバスチャンがやけに鋭かったり、考えを先読みされたこともあった。
これも『リンク』とやらに能力ってわけか。厄介なのか、便利なのか。
「アキト、隠し事はために……」
「おい、そんなことよりもあのバカ。意識を取り戻さないぞ。大丈夫かな」
「もとからたいした物が詰まっていない頭だ。ぶつけたくらいでどうなる?」
おーおー、調子が戻ったようですね。セバスチャンさん。
「クックック。気を失ったとは、好都合ではないか。アキト、リンクに触れてみろ」
「分かった」
悪の大魔王みたいな声を出すセバスチャン。
気が引けたが、言うとおりにしてみないと状況が動かない。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか?
「お?」
と、思ったら、少年が出てきた。
半透明な状態で、まるでオレみたいだ。画面の向こうでは、相変わらず倒れた少年がいる。
気絶しても折れた木の枝を離していない。
「フッフッフ。こうも簡単に魂を呼び出せるとは、かなり強い『リンク』だな。よほど波長が合ったと見える……」
生贄を前に微笑む悪の魔法使いみたいだな、セバスチャンよ。
なんだか、へこましてやりたくなったぞ。
「と、言うことはだ。テオへの悪口は、間接的にマリーにも同じことを言っている事にならないか?」
「な、なにを。馬鹿なことを言うな!」
おーおー。動揺が感じ取れるぞ。
『リンク』ってのは双方向通信なわけだ。光ファイバーよりも便利じゃないか。
これが普及したら、インターネットなんて要らないんじゃないか?
「そもそもだ。『世界の卵』を馴れ馴れしく、その名前で呼ぶのはやめろ!」
「バカでたいした物が詰まっていない頭って、さすがのマリーも怒るんじゃないかなー?」
「き、貴様。ふざけるのもたいがいに」
「慌てるってことは、図星ってことだよな?」
「な、な、ななななな!」
「うーん……」
半透明な少年の幽体が寝返りを打った。
画面の向こうの実体も同じように寝返りを打つ。
その反動で、鼻水がジュルーと伸びた。ハナタレ小僧って本当にいるんだな。
「ばか者が、時間がなくなるではないか!」
「じゃあ、どうするよ?」
いじるのにも飽きたのので、セバスチャンを促した。
「少年に触れて念じるのだ。今から森の奥に来い、とな」
「分かった」
オレはテオに触れて、強く念じた。
『森の奥に来るがよい。お前の望みをかなえよう』
なるべく重々しく、RPGのお告げを意識した口調で。
やがて、テオの幽体は薄くなって消えてしまった。
「少年は、お前の声を夢で聞いたと思っている。どうなると思う?」
「言うとおりに動くだろうな」
10歳の子どもに、これは強烈だろうなあ。
オレも同じ年なら、間違いなく従うだろう。
17歳の今でも……誘惑に負けるかもしれない。
「物質界には、欲にまみれた愚か者が多いからな。物欲界とでも名前を変えた方がよいのではないか。なんという愚かな生物のひしめく世界よ。ワハハハハ!」
「その世界とリンクをしたのがマリーなわけで」
「はぐわッ!」
セバスチャンは盛大に叫んだあとに、黙り込んだ。
混乱しているみたいだから、消えてはいないだろうけど。
精神世界っていうのは、自滅傾向がある連中ばっかりなのかね。
「お、セバスチャン。テオが目を覚ましたぞ」
しかし、セバスチャンは返事をしない。
テオ少年は、大木から大剣がわりの枝を折り取って、地面にしりもちをついた。
しばらく痛みにうめいていたが、大またに森の奥に向かって歩いていったのだった。