繋がりを探して
「大丈夫か?」
大丈夫なら、倒れるはずがない。
この期に及んで、陳腐な言葉しか言えない自分が情けない。
外傷はない。
肩から倒れたから、頭は打っていない。
マリーは俺の体をすり抜けていった。
この身では小さな少女を支えることも出来ないのだ。
「世界の卵が崩れようとしている」
セバスチャンは呆然とした様子で、つぶやいた。
その様子を見れば、卵が孵化するようなめでたい話ではないのが分かる。
「どういうことだ?」
「世界の卵が力を失ったのだ。この場所は滅びる」
ピシリと音を立てて、世界が避ける。割れ目の向こう側は、ただ暗いだけの闇だ。
宇宙に現れたブラックホールを思い出した。
「詳しく説明しろ」
「力を使い果たしからだ。我らは精神だけの存在。力を失えば、消え去るだけだ」
自虐的につぶやくセバスチャン
この言葉は自身にも向けられているのだろう。
いや、ゴースト状態のオレも同じか。
「どうやったら助けられる?」
「……なんだと?」
「助ける方法を教えろ」
「ふざけたことを。貴様ごときに何が――」
「マリーを助けたくないのか?」
「む……」
セバスチャンは、我にかえってうなる。
「世界の卵に必要なのは、精神の力だ。私とお前、二人分の力を捧げれば、持ち直すかもしれん」
「俺たちは?」
「もちろん、消える」
「…………」
「さて、どうする。貴様にその覚悟が――」
「分かった。やってくれ」
あざ笑うセバスチャンの声が固まった。
「どうした、言い出したのはあんただぞ」
「……なるほど、戯言ではないのだな」
挑みかかるような声。
セバスチャンの声に力が戻る。
「さっさとやれ」
願いをかなえたから、力を失ったとマリーは言っていた。
俺が消えて、マリーが助かるならそれでいい。
覚悟を決めて、じっとしていても何も起こらない。
「……残念ながら、今の私に貴様の力を奪うことは出来ない」
「なんだと?」
「それに、異物である貴様と、残りかすの私。この程度では何の助けにもならない」
「話が違うじゃないか!」
「最後まで話しを聞け。愚か者!」
活の入った声に、俺は黙った。いや、黙らされた。
威勢がよくなってきたじゃないか、セバスチャン。
「物質世界の生物から力を集める。どんな方法でもいいから、生命力をこちらに向けさせる。それが世界の卵を維持し、孵化する方法だ」
「具体的にどうする?」
「今も、世界の卵にリンクした『精神』があるはずだ。その繋がりをたどる」
「リンクって……」
とっさに、マリーが持っていた不思議なラベルが思い浮かんだ。
オレがレベルアップしたときに、表示が変わった。つまり、オレと繋がっていたって事だ。
オフラインだったら、リアルタイムで手も触れずに変化なんておきないからな。
マリーに駈け寄ると、小さな手から落ちたラベルが散らばっていた。
一番表には『アキト レベル02』とあった。
文字の下に『おめでとー』と、ミミズの這ったような字が書いている。
隣には満面の笑顔の女の子の顔があった。
たぶん、マリーが作った自分の似顔絵だ。
二つ目のラベルには、『セバスチャン ゴミ』と書かれていた。
彼にはレベルさえ、ないようだ。
目の釣りあがったマリーの似顔絵から、吹き出しが伸びている。
アホ、ボケ、カス、ナス、イモ、と書きなぐったような文字だ。
「…………」
「どうしたのだ?」
「いや、たいした事じゃない」
「そんなはずがないだろう。貴様の精神の波長が乱れているぞ」
幼児のつたない悪口って、大きくなっても響くんだなぁ。
「隠し立てをするところを考えると、何か都合の悪いことを隠そうとしているな?」
威勢が良くなった上に、カンまで良くなっている。
ゴミ同然だからって、油断ならないな。
「おい、セバスチャン。これじゃないのか?」
ごまかしも含めて、ことさらに大きな声を出した。
汚い字なので、読むのに手間がかかる。
「えーと。テオ・ハンゼ。――10歳。人生の夢……」
ラベルを最後まで読んでいって、俺はうんざりとした。
「どうした、最後まで読め」
「世界最強、天下統一だとさ」
「…………」
セバスチャンは黙り込んでしまった。
姿も声もなくても、呆れているのがオレには分かった。