ラベルのレベル
突如、神殿全体に響き渡るようなファンファーレが響き渡った。
達成感とともに強くなったような感じがするこの音楽には聞き覚えが……。
「レベルアップだよ!」
マリーが興奮気味に叫んで、両手を挙げた。
まさに、ゲーム画面の前で大喜びする子どもそのものだ。
よくよく思い出して見れば、メロディーは完璧にコピーだな。
この世界に、ダウンロード禁止法はないのか?
「誰がレベルアップしたんだ?」
少なくとも、灰になって消えてしまった執事ではないだろう。
「アキトだよ!」
「なんで?」
「セバスチャンを倒したからだよ。経験値は全部アキトに入ったよ」
マリーはポケットごそごそと探ったあとに、オレの目の前に紙切れを突き出した。
いや、よく見るとラベルかな。スーパーの品物に張ってある、値札みたいに貧相だけど。
ええと「アキト LV01」となっている。幼稚園児が書いたような、ミミズの這ったような字だったが。
更に「ア」の字がかがみ写しの反対文字になっていた。
「セバスチャンは滅茶苦茶強いんだよ。だから、アキトはものすっっっっっっっっ――」
マリーは息が途切れるまで、声を溜めに溜めている。
「っごく強いんだね!!」
純粋に強さにあこがれる、幼い感動と無垢な瞳にオレは負い目を感じた。
カウンターからフィニッシュブローを決めたのは、間違いなくマリーなのに。
MMOだったら、経験値の配分レートでもめるぞ、きっと。
「セバスチャンはどのくらい強いんだ?」
「巨人に化けて山を蹴り倒したり、ダイヤモンドを握りつぶしたりできるよ」
「……へ?」
「肩こりで天を支えるのが辛くなった神様の変わりに、天を支えていたこともあるんだ。絶対に死なない獅子を倒したこともあるよ。陸地を引き裂いて、海とつなげちゃったのは驚いたなあ」
それは一体全体どこのヘラクレスだ?
ギリシア神話もビックリの超パワーじゃないか。
一万分の一でも本気を出されていたら、俺の命なんてゴミ以下だったぞ。
……だけど、ヘラクレスは結構メンタル面がもろかったっけ?
マリーの掲げるラベルの、「01」がスロットマシンのように回転を始めた。
「きっと、ものすごいレベルになるよ!」
そりゃすごい。LV1で、半神クラスのボスを倒したんだ。
軽く二桁は越えるに違いない。
オレはゲームにはまった時代の興奮が蘇ってくるのを感じた。
回転を止めた文字は「0?」となる。
「あれ?」
なんか変だぞ。
続いて、一の位の「?」が停止して、「2」を示した。
えーと、これって……。
「わー、やっぱりすっごいレベルになったよ」
「そ、そうなのか?」
この世界では「2」はものすごい数字なのだろうか。
ひょっとして、「ア」が鏡文字なのも何か深い意味が!?
「レベル111にアップだよ」
「……ええと、どこをどう読んだらそうなるんだ?」
歓声を上げるマリーに俺は聞いた。
「だって『111』は、1が三つ並んでいるでしょ」
「うむ」
「だから、1足す1足す1をするんだ。当然答えは――」
「3だな」
「………………」
「なんで足すんだ?」
もっとも、足し算の答えも間違っているが。
「あれぇーー」
マリは両手の指を上げたり下げたりしながら、悩んでいる。
始めて算数に出くわす小学1年生のようだ。
数字の百と十と一の位を。並んでいるからって反射的に足して、しかも計算間違いをしている。
担任の先生が頭を抱えるレベルだ。
「だ、だけど。私の頭に中には。アキト、レベル111って聞こえてきたんだもん!」
「ラベルには2って書いてあるよな」
これはいやな予感がする。
「なあ、マリー。これは俺の名前だよな?」
「うん、アキトって読むんだよ」
「だけど、アが反対だぞ」
「……………………」
マリーは顔をしかめて、ラベルとにらめっこを始めた。
別に強くなった気もしない。
いや、体が少し濃くなったか?
やっぱりそうだ。手をかざせば、たいまつの明りでうっすらと影が出来る。
目の前にかざせば、色の薄いサングラス程度の効果はあるじゃないか。
ただし、それだけだ。
つまり現実がどうであれ、マリーが勘違いしたら結果は勘違いしたままになるんだ。
そのうち、オレの体の三分の一がひっくり返るんじゃないだろうな?
「よっしゃー、直ったよ!」
マリーが鼻息も荒く、俺にラベルを見せる。
なんと、「ア」が元通りになっていた。字が汚いの相変わらずだし、数字は2のままだ。
「………もどんないよぉー」
マリーは半泣きになっている。俺も泣きたくなってきた。
値段を一桁間違えて請求を出した事務員さんみたいだな。
あるいは、100と1000を間違えて品物を注文したコンビニ店長とか……。
数字の間違いにはシビアな世界のようだ。
俺の世界と変わらないんだな。
「いいよ気にしてないから」
「本当?」
オレは内心に反してうなずく。
2で濃くなるなら、111で完全復活ってのもありだったかもしれない。
だけど、ここで不満を見せたらマリーは大泣きするだろう。
「また、倒したらいいさ。セバスチャンなんだし」
「それもそうだね。どうせ、セバスチャンだもんね」
どうせって…。
あれでも、十分マリーのことを心配していたと思うが。
嫌いな大人を思い出す子どもの目つきになり、マリーはふて腐れている。。
まあ、泣き止んだからいいか。
あわれなセバスチャン。
灰になった彼はどこに消えたのだろうか?
ジャンルをSFに変更。展開はファンタジーでも、その底にはサイエンスな内容を込めてゆきたい。ガリバー旅行記のように……という思いからです。