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中二病の品格

    *


「これは一体!」


 芝居がかった声と共に騒がしい足音が聞こえてきた。

 うるさいのがかえってきた。報告とやらが終わったのだろうか。


「お?」


 驚きに、オレは思わず声が漏れた。

 やってきたのはまさしく、セバスチャンだったからだ。


 タキシードにネクタイ。ワックスをつけたようにびっしりと決まった髪形に、への字のような髭。

 モノクル(片メガネ)をつけた目は、糸のように細い。

 

 執事のエキスを取り出して、抽出すればこんな背格好になるに違いない。

 彼こそは頭の先から足の先まで、オレが想像したセバスチャンだった。

 商標登録しておけば、それだけで印税が取れそうだ。


「何事ですか、これは!」


 騒がしいのは、セバスチャンとしては減点だな。

 とはいっても、冷静で残酷な執事から、ドジだけど優しい執事もいる。

 何のアニメだったか、鉄の爪を振り回す執事もいたっけか。

 セバスチャンにも個性があっても別にいいだろう。


 ……ちょっとまてよ。モノクルをかけていたのは、執事じゃなくてメイド長だったか?


「貴様、一体何をした?」


 えらそうな言い方がいちいちカンに触る。

 マリーが怖がって、俺の後ろに隠れたので更に怒りが増した。


「人がセバスチャンの定義について考えているんだ。少しは黙って考えさせろよ、セバスチャン」

「セ、セ、セバ!?」


 セバスチャンは、飛び出さんばかりに目を見開いて絶句した。


「まさか、あんた。本当に名前までセバスチャンなのか?」

「なんだ、そのセバスチャンというのは!」

 

 セバスチャン=執事

 執事=セバスチャン


 この公式は、この世界の常識ではないらしい。

 日本限定か。あるいはもっと限られた、マニアックな人しか分からない非常識なのか。


「オレの名はアキトだ。あんたの名前は?」

「な!」

「?」

「ななななななな!」


 「む」の次は「な」が七つ、かよ。

 数を見る限り、一番動揺しているようだが。


「き、き、貴様! いきなり名を尋ねるとは、無礼者め!」

「………………」


 困った俺は、足に抱きついているマリーを見下ろした。

 大きくうなずいているところを見ると、セバスチャンの言っていることはこの世界では正しいようだ。

 ………難儀な世界だな、ここは。


「悪かったな。俺の世界では最初に名乗るのが礼儀なんだ」


 非が自分にあったので、俺は素直に謝る。

 しかし、この手の尊大な連中は……


「誤って済むか、愚か者!」


 一度火の手が上がると、あおりにかかると相場が決まっている。

 バカ者、痴れ者、アホウにマヌケ、常識はずれに恥知らず、その他大勢エトセトラエトセトラ。


 ジュゲムジュゲムもビックリの長い雑言の嵐に、オレは腹が立つよりも感心してしまった。


「分かったか、この、この……」


 息も絶え絶えになって、セバスチャンはようやく言葉を止めた。


「アキトは謝ったんだよ。だから、許さないとだめなんだよ!」


 言葉遣いは小学生だが、内容は聖母のような言葉だ。

 セバスチャンは黙り込んでしまった。


「それにね、バカって言った方がバカなんだよ?」

「ぐむむむむ……」


 セバスチャンは息も絶え絶えで、うずくまってしまった。

 口走ったすべての言葉が、自分に跳ね返ったわけだ。


 うーむ。

 この子の言葉は、時々急所に直撃するな。


「その、なんだ。大丈夫か。あんた?」

「……敵に同情されるほど落ちぶれてはおらん」


 そうだよな。疲れ果てているだけだな。心理的ダメージも大きそうだが。


「で、名前を聞くとなんでダメなんだ?」

「なんでだろ?」


 聞いてみると、マリーは首をかしげた。


「名前をつけると言うことは、存在を固定することだからだ。誤った名前でも、名づければ存在の枠を形成してしまう」

「……へえ」


 小難しい言葉で分かりにくかったが、セバスチャンは丁寧に教えてくれた。


 なんだ、意外と親切な奴じゃないか。

 つまり、セバスチャンがセバスチャンの格好になったのは、おれが名づけたのが原因ってことか。

 外見がセバスチャンで、中身がセバスチャンっぽくないのは、『枠』つまり外側しか作っていなかったからだな。


「だが、存在の真の名を知れば、存在そのものを支配することができるのだ!」


 セバスチャンは芝居がかった仕草で立ち上がると、両手を広げた。


「はっはっはー。アキトよ。わが命に従い、ひれ伏すが良い!」


 セバスチャンの哄笑は、神殿中に響き渡った。


「はっはっはっは。………………はあ?」

「何やっているんだ、あんたは」

「な、な。ぬぁーぜ、平気なのだ!?」


 セバスチャンは唖然としている。


「オレはあんたの正気を疑っているぞ、セバスチャン。中二病でも、こじらせたのか?」

「ねえねえ、アキト。それって、どんな病気なの」


 マリーがオレの手を引っ張って聞いてきた。


「病気……なのかな? こういうのは医学的には「病」じゃなくて「症候群」に当たる。……って医大の知り合いが言っていたけど」

「しょーこーぐん、って何?」

「症状の原因がよく分からなくて、そのせいで特効薬を作れない状態のことらしいぞ」

「おお! つまり『バカにつける薬はないって』ことだね」

「ぐはっ!」


 オレが否定するよりも速く、セバスチャンは胸を押さえて昏倒した。

 破壊力抜群。

 会心の一撃とはこのことだ。


「おおー」


 マリーは口を丸くしてセバスチャンを見つめている。

 本当の意味を分かって、言ってないな、この子は。


 中二病=バカ。


 っていうのはあんまりだと思うぞ。大半の人はこじらせずに、快復していくんだから。


『風邪だって、症候群だ。風邪に特効薬はないだろう?』


 中二病患者を自称する医大生は品格さえも漂わせ、続けてこういった。


『若いころにバカをやって、卒業していくほど立派な人間になる。

 お利口にすごして、バカを留年し続けるよりもよっぽどいい。

 ハシカとかオタフク風邪にかかって、体に免疫ができるようなものだ』


 ………ただし、感染力は並大抵じゃないけどな。

 妙な微熱がへたすれば一生涯続くわけだし。

 マナー違反が、ニュースになっているんだから、無害ってことはない時代だ。


「うぐぐ、おのれぇ………」


 セバスチャンは、焼かれたイカのように身をねじっていた。


「なぜだぁー。アキトとは貴様の真名ではないのか?」

「日本人には名前が二つあるからだね、きっと」

「な、なんとお!?」


 マリーの言葉に、セバスチャンは文字通りに仰天している。


「それにね、漢字っていうのはいくつも意味があるんだ。意味を知らないままだと、真名を読んだとは言えないね」


 マリーが理路整然と話す。この子、本当はすごい頭がいいのか?


「な、名前を二つに分け、更に真意を内に隠すとは! あ、あなどれんやつ……。貴様、一体何者なのだ」

「……日本人だよ」

「恐るべし、日本人。そこの知れぬ存在よ……」


 セバスチャンは四肢を投げ出して、ぐったりとした。

 見た目は中世ヨーロッパの執事だが、時代劇の三文役者みたいなセリフだな。


「しかし、覚えておくが良い。この世に害毒のある限り、私は何度でも蘇る――」


 昭和時代の大魔王にようなセリフを吐いたあとに、セバスチャンはサラサラと砂になって消えてしまった。

 才知に謙譲の精神が宿るとき、品格は産まれる ―――ナポレオン(だったと思う、たぶん)―――

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