執事はセバスチャン
*
「い、や、だ!」
「そうはおっしゃいますが……」
「絶対に嫌なの!!」
けたたましい少女の声と、熟年の男の声が聞こえてくる。
死んだにしては奇妙だ。
……いや、死ぬのは初めてだから比べるのがそもそもにして妙だが。
「し、しかし」
「やだったら、ヤー!!!」
少女の声は、あの球体のバケモノだ。
もう片方は……知らない奴だがなんか腹が立つ。
古臭くて、偉そうな言い方は、映画に出てくる中世の執事のようだ。
……と、言うよりもここはどこだ?
目の前が真っ暗で何も見えない。耳は正常だけど全身がしびれているのか、感覚がまるでない。
寒いのか暑いのかも分からない。
「有害物は処分するべきです」
「なんで?」
「汚濁のように蔓延し、呪いのようにはびこり、毒のようにあなたを蝕むからです」
不機嫌な少女の声に、執事みたいな奴は朗々と詩でも詠い上げるように話す。
……こういう、小難しいことをペラペラしゃべる奴は好かないな。
「何にせよ、あなたのためになりません!」
断固として言い放つ執事男の声に、少女は沈黙した。
「分かりましたかな?」
「……分かんないよ」
「なんですと!」
聞き分けのない態度に、執事もどきの声が気色ばむ。
「いいですか、あなた様は世界の卵、理を統べるものですぞ。悠久の歴史を作り出すにふさわしい矜持を持つことがあなたの――――」
「難しいの!」
「……なんですと?」
「難しすぎて、早口で。何言ってるか、わかんない!」
「な、なんと」
少女のヒステリックな声に、執事もどきは黙りこんだ。
「いっつも早口で、おんなじことを繰り返すけど、一つもわからないよ!」
「むむむ……」
執事は黙り込んでしまった。
わっはっは。いいぞ、怪物少女。
全くその通りだ。
目は見えないが、執事もどきはあんぐりと口を開けているに違いない。
難しい御託を壁みたいに並べる奴ほど、いざ直撃を受けるとだらしがないんだな。
「む、有害物が目を覚ましましたぞ」
ん。
ひょっとして有害物って、俺のことだったのか?
「むむ、よりにもよって男ではありませんか」
見て分からんのか。
というか、お前は見えているのか?
「その通りだ。存在の残りカスめ。カスはカスらしく消えろ」
全身に痛みが走った。
何しやがるんだ、このエセ・紳士が!」
「むむむ、わけの分からないこと!」
わけが分からないのは、お前の方だ。
そもそも、お前こそ何者だ。執事のなりそこないか。
今度は「むむむむ」と四回言うつもりか?
貴様なんざ、セバスチャンで十分だ。
「…………」
なんだ、図星か。
イテテテテ、容赦なしかこの腐れ執事!
「止めてよ!」
少女が絶叫しても、執事の攻撃はエスカレートするだけだった。
「理を統べる者は、理を知り、理に倣え!」
少女がやけにしっかりした口調になった。セバスチャンの攻撃が止む。
「世界の卵になるためには、他の世界の理を勉強して、実際に行動しなくちゃいけない。そういったよね」
「……確かにその通りですな」
「ふっふっふ、私は『日本』のことをたくさん勉強したんだよ!」
……勉強、ねえ?
何だか不安になってきた。
「すごく、すごーく分厚い本をたくさん読んだんだ。そこに書いてあったんだよ」
分厚いっていうと、聖書とか辞典がとっさに思いつく。
少女は自信満々に息を吸い込んだ。セバスチャンは感心した様子で聞き入っている。
「汝の『ニンジン』を愛せよ!」
………………あー。
やっぱり。なんていうか、予想通り。
ネイバー(隣人)とニンジンを間違う。
日本の、それも昭和時代のネタだろう、これって?
分厚い本っていっても、マンガだなきっと。
昭和時代に連載していたマンガのリニューアル版で、コンビニにも売ってるやつに違いない。
「ニンジンっていうのは、嫌いな人が多いんだ。いつも食べ残される、とっても悲しい野菜なんだよ」
「つまり、厄介者でも愛せよと?」
的外れの大ボケを、マジな突っ込みでど真ん中にひき戻すセバスチャン。
ある意味、高等テクニックだ。
「その通りなんだよ!」
「むむむ……」
自信満々の声に、セバスチャンはうなった。
「む」が三つってことは、相当頭にきているな、こいつは。
「分かりました」
……俺にはさっぱりわからん。
セバス野郎の攻撃の手が止んだので、勘違いでもなんでもいいや。
しかし、目が見えないのは不便で仕方がない。
目隠しとは違うようだし、そもそも、マブタも口にも鼻にも感覚がない。
「この件については、報告させていただきます」
「ベーーー、っだ!」
…………あれ?
俺、息していないんじゃ――。