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1章 死にぞこないから始めよう


「死のうかな」


 ビルの屋上からは、町の明りが見えた。

 都会の光景とは比べるのもバカらしい。

 家やビルからもれる光の色はほとんど同じで、イルミネーションのように綺麗でもない。


 目を引く何ものもない町だ。住人であるオレと同じで。

 どこにでもいそうな中背中肉の16歳。特徴と言えば、ボサボサの頭と濃い眉毛くらいか。

 ジーンズにティーシャツという格好も、無個性に輪をかけている。


 田舎町のありふれた夜景が、夜の闇に千切れて見える。

 町の背後にそびえる山の黒い影が、今にも町を飲み込んでしまいそうだ。


 いっそ、すべてなくなってしまえばいい。

 ムダにエネルギーを消費して、ムダに生きて、何の価値がある?


 ふらりと一歩踏み出せば、風が吹き付けて体がもっていかれそうになった。

 下をのぞき込めば、住人達が町一番と誇るメインストリートが広がっていた。

 とはいっても、実際には少しにぎやかな商店街といったところだ。


 日が沈めばどこも急いで店をたたむ。車も途切れ途切れにしか通らず、人通りはすでにない。

 ムダに税金を使って植えられた街路樹が、3階の窓に触れそうなほどに枝を伸ばしている。

 植林したはいいが、整備する人手がないのだ。


 もともと、植林することで誰かがリベートを取ることこそが目的だったと噂が広まっている。

 公共の事業を私欲のために利用する恥知らずが、この町にもいたようだ。


 とび込め。

 俺のどこに生きている価値がある?

 この町のどこに俺の居場所がある?

 こんな下らない世の中とはおさらばだ。

 さあ、すべてを終らせてしまえ。



「………………」




「………………………………」




「…………………………………………………………………あほらしい」


 道路とにらめっこしているうちに、俺はため息とともにつぶやいた。

 自己嫌悪と政治批判を混ぜ込んで、世の中を批判するなんて子どもじみている。

 理屈で凝り固まっているぶん、更にたちが悪い。酒を飲んだこともないくせに、酔っ払っているのかオレは。


 ビルといっても5階建ての屋上だ。

 飛び降りたところで、死ねるかどうかも難しい。

 運が悪ければ体のどこかを傷めるだけだ。

 最悪、自殺するだけの行動力もなくなってしまう。


 あるいは有名なミュージシャンの歌のように、薬漬けにされてベッドにくくり付けられるだろうか。


 だいたい風が吹いたとき、落ちないように足を踏ん張っていた。

 体が落ちないように、手で柵をしっかりとつかんでいたのだ。

 死ぬ気がないから、最初からここを選んだのだ。


 飛び降りるフリ、死にたがりごっこ。俺のやろうとしていたのはその程度のことだ。


 生きることを馬鹿にしていながらも、死ぬだけの度胸はない。

 生きるために体は動き、頭は考えている。


 ゴミ人間とは自分のことを言うのだろう。


 煮ても焼いても使い物にならず、悪臭よろしく不機嫌を撒き散らす。

 自分で自分の始末も出来ずに、いつまでもはびこって腐っていくのだ。


 この国の法律ではゴミであっても人を殺すのは犯罪となる。

 親切に始末をつけてくれる人などいないだろう。


 寿命が来るには先が長すぎるし、病気では苦しすぎる。

 楽に死ぬ方法はないものか――


「こんな願いはワガママだろうなあ」

「そんなことはないんだよ」

「な!」


 突然、耳元にささやき掛けられて、俺は飛びのいた。

 そこには、夜闇よりも黒い球体が浮いていた。

 その異様さは、バケモノとしか言いようがない


 影のような触手が縄のようにしなっている。

 さっきまでそこにあったのは、俺の首である。突っ立っていたら、今頃どうなっていたか。


「あれぇー、死にたがりさんにしては元気だなぁー」


 おとぼけアイドルか天然キャラの声優を思わせる声で球体はしゃべる。


「バケモノの餌はごめんだ。死に方くらい自分で選ばせろ」

「産まれ方は選べない、から?」


 セリフを取られて、俺はギョッとした。


「この格好は失敗だったのかなあ」


 声は可愛い女の子のものだが、クネクネと動く触手が台無しにしている。


 球体のバケモノ全体が傾いた。たぶん、小首を傾げたのだろう。

 触手のが少しだけ垂れる。舌を小さく出す姿がなぜか想像できた。

 死にたくなって、死に掛けて、俺も頭がどうにかしてきたのかもしれない。


「死にたがりには美人の女性が良かったんだよね」

「…………はあ?」

「だって、この世界では、お墓の周囲に座禅した美人とか、羽の生えた美人の絵があるでしょ?」


 お寺の菩薩像とか、神殿の天使の絵のことか。

 何が何だか分からないが、言っていることが根本からずれているのは確かだ。


「うーん。この世界のことをまだまだ勉強しないとダメだなあ」


 球体は勝手に話を続けている。

 闇の中心にある丸くて黒い穴から声が漏れてくる。あれが口なのだろうか。

 

「可愛い絵が多いのは、生き生きして、声の大きくて、萌え~って叫ぶ。やたら元気な人の周りにあったっけ」


 こいつは宗教画と漫画を混同しているに違いない。

 話し方のとおりに、頭がバカなのだろう。

 あの球体に脳にあたる場所があればの話しだが。


 実際に、どこが頭か間接なのかも分からない。

 殴ろうが蹴ろうが、有効なダメージを与えられるかどうか。

 そもそも、戦うことにも勝つことにも意味はないのだ。

 下りる階段をふさぐように、球体は陣取っている。


 ならば……


 ふと、球体は黙りこんで、触手が動きを止めた。


「冷静なんだね。油断したら逃げられちゃいそう」


 なぜか球体が笑った気がして、俺はぞっとした。

 こいつの頭はバカかもしれないが、カンはおそろしく鋭い。


「強くて元気な子は大好物だよ」

「食われてたまるか!」


 俺はバケモノに背を向けて走り出した。

 さっき飛び降りようとしていた場所から、迷いなくダイブした。

 死のうと思ったときとは違って恐怖はなく、足は全力で床をけった。


 飛び込む先は、3階の窓まで張り出した街路樹だ。

 死に方を探していた時に見つけた活路。それに向かって俺はまっしぐらに落下する。

 将来払う税金の出生払いだ。人様の命くらい救って見せろ。


 しかし、足首に走る強い痛みと共に落下がとまった。


「あー、飛び降りるなんて危ない。死んだらどうするの。あれ、死にたいのがお願いだったっけ?」


 うれしそうに語りかけるバケモノ。

 大物の魚を釣り上げた時のように浮かれている。


 ビルの窓ガラスには、さかさまで宙ぶらりんになった俺が写っている。

 球体から黒い触手が伸びて、俺の足に巻きついていたのだ。


「それじゃあ、いただきまーす!」


 お気楽な声とともに、闇が俺を包み込む。


 死にたくない。


 そう最後に強く念じて、俺は意識を失った。

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