第七話
教室のドアを開けると生徒が一斉に悠に向いた。
いつもの様にこそこそと陰口を叩いている奴らには目もくれず、さっさと席に着いた。
窓側の一番後ろ。
悠にとって周りが見える意味でありがたい。
悠は静かにHRの前のざわついたクラスを見渡した。
もちろん悠をからかわない奴も多少いる。
静かに本を読んでいる男子。
イヤホンを耳に差して顔を伏せて、音楽を聴いているんだか、寝ているんだか分からない女子。
新人賞をとるんだ!!とか言って漫画を描いている男女。
悠はそんな人間をうらやましいと思っていた。
――俺はいるだけでからかわれるのに、あいつらは好きなことしてても何も言われない。
仕方ない事だということは分かっていた。
ただそうしていなければ、何かを考えていなければ学校に居られない。
自分が自分でなくなってしまう気がした。
だがら考えることを止めなかった。
話かけられるとは思っていなかったから、話しかけられても気付かなかった。
ただ気付かなかっただけなんだ。
「九条君はどうして学校にこれるの?」
「……」
ずっとイヤホンをしていた女子が横から話しかけていたらしい。
それをどこからか見ていた男子が声を荒げた。
「みんな!クジョーの奴女子を無視ってんぞ!最低だよな!!」
「……!?」
男子の声で気がついた。
しかし既に遅かった。クラス全員が悠を見ていた。
もちろん多少の例外もなく。
「や――ちが…」
必死で弁明したところで何が変わるわけではないと後の言葉は飲み込んだ。
男子は悠に迫りより、窓枠に手を伸ばし、まるでカツアゲ現場かのように見える。
「お前なんかこのクラスにいらねぇんだよ!しばらく来ねぇから退学かと思ったのによぉ」
しかし悠は涼しい顔をしていた。
それが余計に相手を挑発してしまう。
「す、須藤君。なにもそこまで…」
イヤホン女子が言うには男子の名前は須藤というらしい。
なにせ悠は興味ない人間の顔と名前は覚えない。
「春山。おまえこいつの味方すんのかよ」
イヤホン女子は春山というらしい。
「味方するわけじゃない…でも…」
「ハッキリしねー女だなテメーは!!」
須藤が彼女に掴みかかろうとしていたからつい悠は動いてしまった。
春子は複雑なおもいでいっぱいだった。
悠を学校に行かせて良かったのか――と。
4日前のことで何かされたりしないだろうか。
春子はこの3日間気が気でなかった。
悠には傷ついてほしくない。
ただ幸せになって欲しい。
そう願うのは親として、当然で、これが人が人を想う心。
だから誰しもがそう願う。
しかし今の悠に親代わりである自分以外に大切に想ってくれる人間はいるのか。
少なくとも春子は知らない…いや…1人居たかな。
だがそれでも心配なのだ。
彼女は神に祈るように両手を組んだ。
「杉田ぁ~ちゃんと働け!!」
「は はいっ。すみません!」
片岡に怒られた杉田は止めていた手を動かした。
しかし頭の中では1つのことでいっぱいだった。
――今日で4日か…。でも悠君は何も悪くない。
瞳の色が違うから何だ。
小鷹君の怪我はきっと君のせいじゃない。
ただ今は証拠も何もない。
あの日目撃者が誰も居ないんだ。
そんなこんなを考えているうちにだんだん抑えきれなくなって立ち上がってしまった。
「でもそれっておかしいだろ!」
「おい!杉田!!」
「はいっ!す すみません。静かにします!」
「それも大事だが…仕事しろ!!」
「はい!!!」
顔を赤くしながら静かに座った。
そして仕事をしようと思ったが思うように手がつかない。
だからやっぱり考えた。
昼間の学校。生徒が何百人て居る学校だぞ?
1人くらい見ている生徒がいても良いだろ。
なのに……。
なら2人はどこにいたんだ。
…まさか…
「ごめんな司。悠君を助ける為にはもう少し時間が必要なんだ」
杉田は周りに聞こえないように言った。
――お前の"息子"は必ず俺が助けてやる。約束する――
杉田は自分の予想が当たっていることを願った。