第五話
目が覚めた悠は未だに春子に真実を話せていないことを、少しとは言い難いほど後悔していた。
言えないわけではない。言いたくないのだ。
小鷹が母親をばかにしたからではない。もっと根本的なことでからかわれたからだ。
しかしそれは自己防衛にしかならないのだ。
だから悠は言いたくない。
自己防衛の為に人を傷つけておいて、自己防衛のために真実を隠す。
自分でも最低だと分かっていた。しかし、どうする事もできない。
――違う。
どうにかしてしまったら、自分自身を守れない。自己中心的なのはわかっているでも……他に方法がないんだ。
そんな思いとは裏腹に、春子はすべてを話して欲しい気持ちでいっぱいだった。
彼女はどうして話してくれないのか大方理解していた。だからこそだ。
悠は人の痛みを知っている。
だから決して人を苦しめたりしない。
だから他の人に危害が及ばぬように一人で抱え込む。
しかしそれが春子に心配をかける。
それを悠は理解していなかった。
悩む悠の前に男がいた。
男は血相をかえて近づいてきた。思わず後ずさるほどの迫力だった。
その男には見覚えがあった。それはその筈だ。男は悠が創り出した架空の人物なのだから。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
だが悠はそんなことはどうでも良いと言わんばかりに叫んだ。
すると男は静かな顔をして言った。
‘俺はお前に創られた"夢物語"ではない。
俺にも意思がある。操り人形みたいに縛られない。囚われない’
「何を言って…」
男は微笑んだ。
‘お前のように"右目が蒼いからからかわれるんだ"なんて逃げたりしないんだよ’
「別に逃げてなんて…ッ」
男はすべてを見透かしたかの様に目を細めた。
‘逃げてるだろう。現に――’
「……!?」
次に男の口から発せられた言葉でふと思った。
この男からは逃げられない。
そのことを知った。
いや、今思い知らされた。
男はすべてを知っていた。
「そうだよ。俺は逃げてるよ。でも、じゃないと…どうしろって言うんだよ!!」
‘それがお前の進むべき道なんだ。それぐらい自分でかんがえろよ’
そう言い残し、男はサッと視界から消えた。
……何なんだよ……
俺に何を求めてるんだよ。あいつは…
俺に求められたって…。