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最終話


目が覚めると、畳の香りがした。

身体を起こすと、見慣れない部屋だった。


――――そうか、引っ越したんだっけ?


昨日引っ越してきたばかりの部屋は、開封されてないダンボールが、自己主張しているようだった。

昨日から自分の部屋になった和室。

畳、障子と襖に見慣れていない僕にとっては新鮮な空間だった。


「はる、朝よ。そろそろ起きて部屋の整理しないと……」


襖がサァァという音をたてて開く。

するとそこにはエプロンをつけた女性が立っていた。

その姿を見たとき、ふと思った。


――――似ている、と。


「母さん……いま変な夢を見たんだ」


「変な夢?どんな?」


母は、興味を持ったようだ。


「なんか、夢の中の人たちはみんな一生懸命で、男の子は右目が蒼かったんだ。それでみんな気味悪がっていて……母さん?」


母は驚いたような顔をしていた。


「はる……今、なんて……」


「右目が蒼かったんだよ。でもね、とっても綺麗だったんだよ!だから……」


母の反応をみて、なにか悪いことを言ってしまった気持ちになりフォローするように言った。


「違うの……違うの……右目が蒼い人は……悠は、悠はね……」


僕は疑問を持たずにはいられなかった。

なぜ名前を知っているのだろう。

しかしその答えはすぐに分かった。

母は、驚き、興奮していたが、落ち着きを取り戻した。

そして部屋に入り、正座をして言った。


「右目が蒼い人、悠はあなたの……春希のお父さんよ」


「え……?」


「私の愛した(ひと)――――」


悠はもういない。


「そんな……じゃあ、あの夢は父さんの若い頃の――――」


母は顔を赤くして言った。

春希は知ってしまった。母の若い頃を。


「苗字は春山……?」


聞くのが怖い気がした。知ってはいけない気がした。だけど、知らなければならない気がした。


「私は結婚する前は春山愛(はるやまめぐみ)だったの。今は彼、九条悠の姓で、九条愛だけれど」


夢に出てきた、“イヤホン少女”が……。

だから似ていると思ったんだな。



「どうして母さんは父さんを選んだの?」

リビングで朝食を食べながらきいた。

なぜか妙に落ち着く空間だった。


「彼ね、私が彼に声かけて、クラスの男の子に絡まれたら助けてくれたの」


「須藤……」


夢の中での悠を敵視していた男。


「そう、須藤君も夢に出てきたのね」


懐かしむように言った。


「最初は九条悠という人が怖かったの。だって周りの子にからかわれて、それでも彼は学校にくる。だから心が……感情がないんじゃないかって」


母はギュッと拳を握った。きっとその行動は春山愛のものだろう。

彼を知る前の彼女――――


「でも、その彼が困った私を助けてくれた。それで瞳が蒼くても、その人の心の在り方はその人次第。だから、それも個性の一つなんだって思ったの」


今度は九条愛として笑っていた。

そして、思い出を語ると同時に大切なものは何かというのを伝えているようだった。


「きっとこれも何かの運命かもね。実はこの家、学生時代の悠が春子さんと過ごした家なのよ」


驚いたことに、そんなに驚かなかった。

なんだかわかった気すらする。


「きっと父さんは、僕に伝えたくて、夢にでてきてくれたんだよね」


真実はわからないが、そう思いたい。


「僕は幸せなんだね。実際には会うことはできないけど、夢で出会えたんだから」


母は笑った。


「そうね」


「春希って名前は悠がつけたの」


「父さんが!?」


初めて聞いた。母は静かに頷く。


その頃はまだ春希は愛のおなかのなかにいた。

高校生の頃とは違うさらに大人になった二人。

愛は先日25歳の誕生日を迎えたばかり。

夜に二人はリビングのソファーに肩を寄せ合っていた。

悠が愛の大きなおなかに触れ、黒と蒼の瞳を細めて笑った。


「めぐ、この子の名前何にする?」


「そうね。そろそろ決めてあげないとね」


「俺、名前考えてみたんだけど……」


「どんな名前?」


「春希。季節の春に希望の希」


「悠らしいいい名前ね」


「俺の心は高校卒業して……数年経った今でも冬のままなんだ。この右目だってこれまでも、これからも変わりはしない。めぐにもたくさん迷惑をかけてきたんだ。だからこの子は俺たちの春であり、希望であってほしいんだ。それにもう一つ――――……」

表情は笑って見えた。しかしどこか陰って見える。


「悠……」


愛は悠が今も苦しんでいることを知っていた。

だが彼女は名前を呼ぶことしかできない。

拳を力いっぱい握った。


――――なにもできないことがこんなにもどかしいなんて。




それら数日後、子供を授かった。




母の口から語られた父の話。それを聞いた春希は何を思ったのだろう。


「僕は父さんの願いをかなえなきゃだね」


「え……?」


「僕なんかじゃ頼りないこもしれないけれど、僕が母さんの光になるよ」


『それにもう一つ。冬は必ず春になるんだ。だからこの子には俺みたいな終わりのない辛い経験なんかじゃなく、終わりを知り、幸せな経験をしてほしいと思うんだ』


――――悠聞いた?春希はちゃんとあなたの思い受け止めているよ。きっともう心配いらないね。これからも春希は幸せになれるわ。


愛はそう悠に報告した後、笑顔の息子をみた。

細められたは父と同じ黒と蒼の瞳だった。


――――がんばれ、はる。


母は一人、二人の“はる”の背中を見つめていた。






やっと終わったようなきがします。

定期的じゃなかったせいですが。


おつきあいありがとうございました!!

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