道連れ
ぴちゃ、ぴちゃ……ぴちゃぴちゃ…………
雫が垂れるような音。足音こそしないが、その音は少しずつこちらへ近づいている。
だが、千佳はこんどは震えているばかりではなかった。
奇妙なことにジョンもまた震えていた。
いたずら好きなジョンがこんなにじっとしていたことなんて見たことがない。
「私が……がんばらなきゃ」
ジョンを守る。そう思った千佳の行動は早かった。
ドアに近づき、さっと閉める。もちろん、鍵も閉めた。
これで、このドアはそう簡単には開かない。
ゆっくりと近づく音。
千佳は覚悟を決めた。
ぴちゃ、ぴちゃ……ぴちゃぴちゃ…………
音はついにドアの反対側に来ていた。
ジョンの時と同じように音はそこで止まる。
いや、水でも被ってるのだろうか?水が滴るような音がそこでし続けていた。
「チカチャン……アケテ……アイニキタノ……」
しわがれた無表情な声がドアの向こう側から発せられる。
千佳はびくっとしつつもその声に聞き覚えがあることを思い出す。
「おばあ……ちゃん?」
「ソウ……オネガイ……ココヲアケテ……チカチャンヲオムカエニキタノ……」
おばあちゃんはちょうど一年前の今日亡くなった。
火葬後の遺骨だって拾った。いるわけがない。
でも。
(この声は間違いなくおばあちゃんだ……)
千佳はおばあちゃんっ子だった。おばあちゃんもまたそんな千佳をよく可愛がっていた。
死ぬ間際にすら、まず千佳を呼んだほどだ。
「……おばあちゃん」
ぽつりと呟く千佳。つぶやいた瞬間、愛惜の念が込み上げる。
おばあちゃんに会いたい。
「おばあちゃん、いま……」
鍵を開けるねと鍵に手をかけようとした。
しかし、完全に縮こまってしまったジョンが目に入り、嫌な予感が背筋をかけた。
(このまま、開けたら……まずいよう気がする)
千佳は言いかけた言葉を飲み込み黙り込んでしまう。
「ドウシタノ、チカチャン……ハヤクアケテチョウダイ……」
相変わらず、無表情な声。おばあちゃんはもっと優しい感情にあふれる声を出していたはずだ。
「……だめ。おばあちゃん、開けられない……」
「…………ドウシテ?」
無表情だった声にわずかに怒気が混ざる。
おばあちゃんはこんな言い方絶対しない。
「違う! 違うの! あなたはおばあちゃんじゃない! だって、おばあちゃんはもう死んだもん!」
「ソウ…………シカタナイコネ……」
ドアの向こうの声は途端黙り込む。
「……ごめん、おばあちゃん、ごめん…………」
千佳は搾り出すように謝罪の言葉を述べる。
「イイノヨ、チカチャン……」
千佳の真摯な謝罪の言葉が通じたのか、ドアの向こうの声は優しくなる。
その声にほっとする千佳。
だが、次の言葉に千佳は凍りつく。
「ドノミチツレテイクダケダカラ」
笑いすら含んだ不気味な声で静かに声は告げる。
「お、おばあちゃん?」
その声に千佳はビクっと体を後ろに引くとドアから離れる。
直後、ドアの表面が湖面のようになびくと何かが浮かび上がるように現れた。