止まない音
ひた……ひた…………
音は止まない。
確実に千佳に迫っていた。
そして、怖くて鋭敏になった千佳の聴覚にはさらに嫌な音が混ざる。
ぴちゃ……ぴちゃ……ぴちゃぴちゃ……
雫が落ちるような音。
(いや……いや、こないで……)
千佳の思惑とは裏腹に音はもうすぐそこでしていた。
こんなときに限って部屋のドアは開けっ放しだった。
(わぁぁっ……ばかばかっ自分のばかっ……)
少しでも涼しくしようとドアを開けてしまっていた自分に悪態をつくが、この現状の打破になんら繋がるわけではない。
そして、音の気配は部屋の前で止まる。まるで、最初からそこを目指していたかのように。
(お願い……あっちへ行って…………お願いっ)
願いむなしく音は部屋へと入ってくる。
千佳のベッドの前で止まる。音はすぐ足元でしていた。
(い……や……)
声すら出ない。呼吸すらも止めていた。
…………
なぜか、音の気配はそのままそこに佇んでいた。
ハァ……ハァ……ハァ……
荒い獣のような声だけが部屋にこだまする。
動かない千佳、動かない音。
数瞬の時だったはずだが、千佳には永遠のように感じる。
動いたらやばいような気がする。直感的に千佳は悟っていた。
でも。
(……何がいるんだろう?)
好奇心旺盛な12歳の女の子はその興味に勝てなかった。
顔をそーっと上げ、掛け布団越しに覗こうとした。
ガバっ
瞬間、音の主、黒い影が顔に向かって飛び掛ってきた。
「いやぁぁぁぁぁ! やめてっ! 殺さないでっ!」
千佳は声のあらん限り泣き叫ぶ。
黒い影は顔に纏わり付いたまま、べろべろと千佳の顔を舐めあげる。
「いや、やめて、やめてったら、変態ーーーーー!」
「うぉんっ」
黒い影が吠える。
……吠える?
「……えーと、ジョン?」
「うぉんっ、わぅぅ」
黒い影が甘えるように鳴く。というか黒い影じゃなくて家で飼っている犬のジョンだ。
「もぅっ、脅かさないでよ、ジョンったら!」
千佳はべりっとジョンを顔から引き剥がすとぺしっとその頭をはたいた。
「……くぅぅぅん」
怒られたジョンは頭をうなだらせてしまう。
「まったく……どっから入ったのよ。大体鎖だってつけてたのに……」
そこで、気づいてしまった。
恐怖は気づかなければ恐怖ではないのに。
もう遅かった。
そう、音は止んでいなかった。