全力でドアマットヒロインを演じてみたところ、いつの間にか父親が社会的に詰んでた件について
作者は完全に一発芸のつもりで書いたのですが、現在、軽めの連載版を出すことを検討中です。
詳細どころか名前すら決まってない主要人物が多数いるので、そこを決めてからにはなりそうですが……。
(追記:8月26日)
私の転生先、嫌すぎ——⭐︎
私、真壁梨乃は鏡を見た瞬間に絶望した。
ただただ、絶望した。
「私、『星エタ』のアリシアじゃん……しかも今日、後妻と連れ子がくる日じゃん……」
ここは書籍化された上にコミカライズもされ、アニメ化が発表されたほどに人気を集めたweb小説、『星屑のエタニティ〜虐げられ続けた私は、血塗られた獣に溺愛される~』の世界だ。そして私は、ヒロインのアリシアとなっていた。
公爵令嬢アリシア・レイラ・フォーサイスの悲劇は、彼女が13歳のとき、聡明で美しかった母が病に倒れ、亡くなったことによって始まる。
政略結婚だったから、愛のない結婚だったからと浮気をしたあげく、早々に後妻を迎える父親。
アリシアは父親が連れてきた義理の母と腹違いの姉から散々虐げられるようになる。
大切なものはすべて奪われるか壊され、それどころか父親を含めて家族全員が敵になるし、家に仕えている使用人たちからも見下され、酷い扱いを受けるようになる。
そうして長年にわたって虐げられていたアリシアはある日、無理矢理危険な辺境の地へと嫁がされることになる。
だが、その先で幸せに——。
「嫌なんだけど」
ヒロインだから良いじゃんって?
え、嫌ですけど? だってアリシアは俗に言う『ドアマットヒロイン』だし。
最終的には幸せになる?
知らんがな。道中が不幸な時点で嫌でしょ。
そんな理不尽な我慢ばかりしたくないんだけど。
死んでもごめんだわ。
私は、ドアマット回避のために頭を働かせ始めた。
「んー……色々と、どうでも良いから……」
もう、本気でどうでも良い。
すさまじくどうでも良い。
実の娘を虐げる屑な父親からの愛なんていらないし、当然だけど屑な義母と屑な義姉とは関わりたくもない。
そして主人というものを理解できていない使用人たちも屑だから構う価値もない。知らない。
でも、最終的にアリシアが嫁ぐ相手に関してはちょっと話が変わってくる。
全力で国を守り続けているにも関わらず『血塗られた獣』という酷い呼び名を付けられた青年、ウィンチェスター辺境伯。
蔑称のせいで理不尽に恐れられているが、本当の彼は美しく端正な容姿をしており、アリシアを溺愛してくれる。
守るべき民のために懸命に働き続け、いざとなったら命懸けでアリシアを守ろうとする、勇敢で誇り高い男。
それなのに少し不器用なところがあり、アリシアを前にするとオロオロしてしまう可愛らしさも持ち合わせている。
尊い。
メロい。
もはや深刻なレベルで語彙力を失うくらいには魅力的な存在だ。
ついでに言えば、彼に関しては見た目がとてつもなく好みだったりする。
彼は卒業してしまった『推し』によく似ているからだ。
彼のことは好きだ。
けれど、そこに至るまでのドアマットが嫌すぎて我慢できる気がしない。
だからもう、ドアマットの回避が最優先だ。
「……ん?」
そこで私は、気づいた。
「アリシアって、割と抵抗するタイプのドアマットだったっけ……」
ヒロインのアリシアはドアマットはドアマットでも、最後まで気高く抗うという『ちょっと珍しい』タイプのドアマットヒロインだ。
困難な環境に負けず、逆境に立ち向かう姿を見て涙を流す読者は多々いた。私も、そのひとりだ。
だがアリシアが懸命に抗えば抗うほど、彼女は孤立して行った。
公爵家の娘として、貴族としての誇りを大切にし続けた彼女には申し訳ないが、一般人代表の私にとっては——やっぱり、どうでも良い。
「そうだ。健気で不憫で可哀想な女の子を演じよう!」
家族から虐げられるのはもはや仕方ないにしろ、残りの屑がアリシアに強く当たるまでには大なり小なりタイムラグがある。
その間に脱出準備を終え、この家を飛び出してしまえば良い。
アリシアはドアマット。
どうせ家族は誰も追ってはこないだろうし、使用人たちも同じだろうから、これが最適解だ。
別に貴族として生きることにこだわりはない。むしろ断捨離だ断捨離。
そうと決まれば、まずは行動だ。
私は部屋を飛び出し、後妻たちを待つことにした。
〇
あえて2時間ほど、外に立って待ってみた。
メイドたちが心配して一緒に居てくれた。あまりに心配だったのか、メイドは20分に1回くらいのペースで増えた。
どうでも良い存在ではあるが、何もせずに立っているのは暇だから、話相手がいるのは純粋にありがたい。
そうして、豪勢な馬車が止まる。
邪魔になってはいけないから、と私はメイドたちを下がらせた。
父に手を引かれて中から現れたのは、義母となるメリッサ。
その後に出てきたのは、義姉となるオリビアだ。
父に向かって、私は美しくカーテシーを決めてみせる。
「アリシア……?」
父は、怪訝そうな顔をした。
それもそのはず、アリシアは何も聞かされていない。
ゆえに本来は心の準備もできぬまま、アリシアは「家族が増えた」とだけ伝えられるのだ。
「まあ、ちょうど良い。新しい家族だ、挨拶を——」
挨拶をしなさい。
父が言い切るよりも早く、私はその場に土下座した。
「な……っ!?」
プライドなんてものはない。
これは後々、幸せに暮らすために必要なことだ。私は、叫ぶ。
「母が、あなた方にご迷惑をお掛けし、申し訳ありません! 私のことは、玄関先のドアマットか何かだと思って暮らしてください!! これから先、私はあなた方に忠誠を誓います!!」
アリシアの母親を侮辱するようで申し訳ない。
そこに対してだけは罪悪感を抱いたが、どうにか後々、彼女の名誉を回復するような行動を取りたいと思う。
例えば、本来あるべきアリシアを主人公とした小説を匿名で出版するとか。
原作者様には申し訳ないけれど、これに関しては許して欲しい。
父は、それどころか義母と義姉は、言葉を失っていた。
それでも私は土下座の姿勢を続ける。さっさと屋敷の中に入って欲しい。……足が痛いから。
微かに震えた声で言葉を発したのは、義母だった。
「ふ、ふん……わ、分かっているのなら、何も言わないわ。立場を弁えているじゃない……」
何が立場だ。
弁えていないのはお前じゃないか。
それでも私は、何も言わない。
そうして屑家族は私の横を素通りしていく。
へえ、踏まないんだ? 床掃除をさせられるアリシアの背中は、何度も踏んだくせに。
足が痛い。
私はふらつきながらも、何とか立ち上がる。
「お嬢様!」
名前を呼ばれた。
駆け寄ってきたのは、メイドたちだ。
「え……?」
「お嬢様! ああ、なんて……なんて、むごい仕打ちを……っ!」
「むごい仕打ち?」
「誤魔化さないでください! 私たちには、分かります! 旦那様が新しい奥様たちに対して頭を下げるようにと、お嬢様に強く命じたのですね……?」
——おや?
涙ぐむメイドたちを見て、私は首を傾げる。
どうやら彼女たちの中で、アリシアは「実の父親から非情な命令を下された可哀想なお嬢様」として映っているらしい。
「ああ、目に涙を浮かべて……お辛かったでしょう、私めの物で恐縮ですが……」
違います。
涙ぐんでいるのは足が痛いからです。
それでも、そんなことは言わない。差し出されたハンカチを受け取りながら、私はできる限り、悲しそうに見えるように弱々しく笑って見せた。
「そんなことは無いわ。お父様は、とても優しいの」
「嘘をおっしゃらないでください! 私たちは、分かっています……私たちは、お嬢様の味方です!」
「……ダメよ。そんなことをすれば、あなたたちが酷い目に遭ってしまうもの」
私は全力で、前世の嫌な記憶を頭に思い浮かべた。
そう、思い出したくもない。それくらい、悲しい記憶。
それは、推しの限定キーホルダーを落とした時のことだ。
大切に、大切にしていた推しのキーホルダー。どこで落としたのか分からず、しかもライブに向けて遠征中だったせいで土地勘もなく、途方に暮れた。
そしてその時のライブでは、推しの卒業が発表された——私が、キーホルダーを落としたせいかもしれない。絶対に関係ないはずなのに、もはやそうとしか思えなかった。
絶望した。
私のせいで、カイル君が卒業してしまった。
そして、
「う……っ、うぅ……」
堪えきれなくなった私は、はらはらと涙を流した。
つられるように、メイドたちも涙を流した。
——そのメイドたちの中に、子爵家の娘が混ざっていたせいだろうか。
社交界では『フォーサイス公爵は連れ込んだ後妻の前で実の娘を土下座させ、その背を何度も踏みつけて嘲笑った非情な男』、『前妻は病死ではなく、公爵に虐げられた末に亡くなった悲劇の女性』だという斬新な噂が飛び交った。
〇
——ある日。
私は町に繰り出して、中古の服を取り扱う店に立ち寄った。
全力でドアマットをするためには服が美しすぎる。ドレスだとドアマットしにくい。
本当はメイド服が欲しかったのだが、私の味方だと訴えている彼女たちはメイド服を譲ってはくれなかった。
それどころか、彼女たちはなけなしの給金を出し合って、私のためにドレスを仕立てようとしたくらいだ。さすがに、申し訳ない。
中古の服を選ぶ私を見て、護衛の騎士たちは目を見開く。
「お、お嬢様……! どうして……!?」
「え……?」
そして気づく。うっかり前世の癖が出てしまったようで、私はその時、とにかく値段を気にしていた。
値札を見て、戻す。
騎士たちの前で、ひたすらにそれを繰り返していた。
よく考えれば、アリシアは公爵令嬢だ。
古着屋に入るだけでも相当におかしいのに、値段を気にするなんて。
私は、寂しさを押し隠すように笑ってみせた。
「……どうか、お気になさらないで」
メイドたちのおかげで、慣れた。
この手の表情を浮かべて笑うことに、すっかり慣れてしまった。
だからこそ、護衛の騎士たちは涙ぐむ。
「そんな! お嬢様……!」
そこで私は、視界の片隅で店主が黙ったままオロオロと狼狽えていることに気づいた。
面白くなってきた。
私は不自然にならない程度に、声のボリュームを上げた。
「困りましたわ。あなたたちが騒ぐから、私がフォーサイス公爵家の人間だとバレてしまったではないですか」
「も、申し訳ありません……!」
「……良いのよ。私を心配してくれていることは、素直に嬉しいから」
そして私は(卒業した推しのことを考えながら)口を開く。
「っ、私は……メリッサ様とオリビア様に、少しでも良い暮らしを、して欲しいの……だから……」
「お嬢様……ッ」
騎士たちが泣き出してしまった。
さすがにちょっと、やりすぎたかもしれない。
早く退場しよう。
さっと適当に服を取り、護衛騎士に止められる前に、私は店主の元へと急ぐ。
「騒いでしまって、ごめんなさい」
あえて多めに、お金を出した。
「受け取れません! お代は、結構です!」
「いいえ、受け取って下さい。こんなにもたくさんのお洋服を丁寧に管理されている、ご立派な店主様への感謝の気持ちです。……このお洋服、大切にしますね」
——騎士の中に、伯爵家の人間が混ざっていたからだろうか。
今度は『フォーサイス公爵は後妻のメリッサとその連れ子、オリビアにだけ金を掛けている』、『意図的にアリシアに金を使わず、惨めな気持ちにさせて楽しんでいる』という噂が爆速で社交界に流れた。
それどころか、古着屋の店主がぶちまけたのだろう。似たような噂が、平民たちの間でも流れた。
結果的にフォーサイス領に住む人々の間で、アリシアを応援する声が溢れた。
〇
——フォーサイス公爵は、絶望していた。
彼は完全に、詰んでいた。
これまでのアリシアに対する行為は決して褒められたものではない。それが事実である以上、否定しようがない。
それこそ、後々のことを考えてアリシアには婚約者すら決めていなかった。
王家から「王太子の婚約者にならないか」という話も来ていたのだが、「アリシアは病弱な娘だから」と嘘を吐いて王家からの打診を流し続けていた。
何故なら王太子の婚約者にはアリシアではなく、可愛いオリビアを勧めたかったからだ。
本当はもっと早くオリビアたちを連れてきたかった。
だからこそ使用人たちの目も欺き、前妻には秘密裏に毒を盛り続けていた。しかし彼女はしぶとく、なかなか上手くいかなかった。
……そしてようやく連れて来れたかと思えば、こんなことになってしまった。
困ったことに流れている噂が100%が嘘かと言われると、そうでもない。
なんなら前妻を死なせた件に関しては噂よりも真実の方が重い。証明されてしまえば、確実に終わる。
だからと言って下手に火消しをしようものなら、アリシアへの同情で事態が悪化するのは目に見えている。
——フォーサイス公爵は、絶望していた。
「あはははっ! アリシアに酷いことするから、そうなるのよ!」
その一連の流れを見て、私は陰で笑っていた。
最初は脱出する気だったけれど、ドアマットの気配がないからと私はそのままフォーサイス家に居着いている。
……ていうか、色んな人たちに泣かれたせいで脱出できなかった。
ドアマットの気配がない。
つまり、義母も義姉も私に対して何もしてこない。
というか……怯えていた。
下手なことをすれば社会的に終わると、怯えていた。
「うーん、メリッサとオリビアに対して何かをする気はないんだけどなぁ……」
メリッサに関しては初対面時がアレだったことを考えると少々しばいても許されるような気はしたが、やらない。
というのも、現状メリッサの娘であるオリビアには全く非がないからだ。
オリビアに関しては本当に、一切の罪がない。
それどころか穏やかで面倒見の良い、心優しい自慢の姉だ。
メリッサをしばいて、彼女を巻き込みたくはない。
なのにオリビアの評価が低いのは納得がいかない。
私は社交の場でオリビアをひたすら褒めているというのに、何故か私に対する評価ばかりが上がる。
対照的にオリビアはともかく、何故かフォーサイス公爵に対する評価がものすごい勢いで落ちていく。
いくらなんでも落ちすぎな気はするが、火のない所に煙は立たない。仕方がない。
だから私は、意図的に父親を放置した。
——そして父親は勝手に増殖しながら勝手に強化されていく噂にひたすら絶望していた。
○
そうして月日は流れ、今日は国内貴族が集う式典だ。
私が例のごとく横にいるオリビアを褒め散らかしていると、黄色い悲鳴が聴こえてきた。
王太子が、やってきたのだ。
近づいてきた彼は私を見て、柔らかに微笑む。
「君が、アリシア嬢かい? 病弱だと聞いていたけれど……元気そうで、何よりだ。もしかすると、環境が悪かったのかもしれないね」
そう言って、彼は手を差し伸べる。
一緒にダンスを踊ろう、と誘っているのだ。
……遠回しに、自分の婚約者にならないか、とも。
「……」
でも、顔が好みじゃない。
私はすっと、姉の背を押した。
「え……?」
姉は動揺し、狼狽える。
それどころか、王太子も狼狽えていた。
そして私は、笑う。
「私よりも、オリビアお姉様をお誘いください。お姉様は、とても素敵な方です。そして、お言葉ですが……私は、大変良い環境で育てていただきました。ですので、大丈夫ですよ」
「アリシア嬢……」
周囲にいた人々が、文字通りざわついた。
虐待の果てに、価値観が分からなくなってしまったのだろうと涙を流す人まで現れた。
まずい、フォーサイス公爵の評価が地底に埋もれる。
だが幸いなのは、オリビアの評価は決して悪くないことだ。
公爵家の娘になったにも関わらず、その立場に驕ることなく謙虚で、突然できた妹を大切に慈しむ義姉、オリビア。
そして義母のメリッサでさえも、何故か今となっては『フォーサイス公爵の横暴に巻き込まれた被害者だ』と言われるようになっていた。
そう、悪いようには言われていない。
だからゴリ押せば、姉を婚約者にする流れになってくれるかもしれない。
王太子は好みじゃないから、オリビアに押し付けたい。
困惑しながらも、王太子は口を開く。
「君は……それで、良いのかい? まだ、婚約者が決まっていないのだろう? なら、私の……」
「いいえ、殿下の婚約者には私より姉の方がふさわしいと思っています。急に過酷な環境に放り込まれたというのに、苦しみながらも凛とした態度で、まるで砂漠に生えてしまった花のように咲き続けた姉は、私の誇りです」
オリビアが「アリシア……」と感極まった様子で美しく涙を流している。
ナイス! 良いね!
もっとやってオリビア!
あなたも思いっきりドアマット感出しちゃって!
多分この王太子、ドアマットヒロイン大好きだから!!
とはいえ王太子が話しかけているのは私だ。
とりあえず肯定はしておこう。
「まあ……婚約者が決まっていないのは、事実ですけれど」
「では君は……」
「うふふ。本当のことを申し上げますと……実は、気になる殿方がいるのです。父に、お前の嫁ぎ先の候補だと言われ、色々と聞かされていて。
ですので私はずっと、その方のことを考えて生きてきました」
嘘ではない。
アリシアはオリビアたちがくる前から、父親を介して『彼』の存在を知っていた。彼の蔑称を、知っていた。
「それは、一体……?」
私は、静かに答えた。
「ウィンチェスター辺境伯です」




