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奈緒  作者: 岡本圭地
13/15

13.最後の言葉


「足元、気をつけて下さいね」


 土砂に埋もれた家から救助された真一に、作業員が言った。


「どうも、ありがとうございました」


 一礼をした真一の身体から、救助ベルトが外された。



 すると、何人かいる作業員のうちの一人が、真一に長靴を用意した。


 真一が足を通していると、その作業員が話しかけてくる。


「実は僕なんですよ。あの穴から、あなた達を見つけたのは」


「えっ、そうなんですか?」



「ええ。何か音がして、行ってみたら堆積していた土砂が沈んでるじゃないですか。そうしたら小さな穴があって、微かに声がしたんですよ。あの時は本当に、びっくりしましたね!」


 男性は、その時の状況を思い出しながら、興奮気味に説明してきた。



「それはどうも。見つけて下さって、本当に、ありがとうございます」


 真一が深々と頭を下げていると、奈緒をテントへと送り届けた、あの若い作業員が近付いた。


 真一にタオルを手渡すと、遠くにあるテントを指差した。



「あそこのテントで、休んでいて下さい。ほら、先ほど救出した女性もいますから」


 真一は、彼が指差す先を見た。


 確かに奈緒らしき女性が、バスタオルを羽織って立っているのが見えた。



「どうも親切に、ありがとうございました」


 真一は若い作業員と、穴を見つけてくれた作業員に、何度も頭を下げた。



 そして、奈緒のいるテントへと向かった。


 歩いている途中で真一は、おや? と思った。


 バスタオルを羽織った奈緒が、小柄な男性と話をしている。



 服装からして、作業員ではない。


 真一は、目を凝らしながら近づいた。


 あの人は、確か……。



 真一は愕然とした。


 奈緒と会話しているのは……岡賢太だった。



 そういえば……。


 部屋から救出される時、彼女は包丁が入ったバッグを手にしていた。


 真一は、慌てて駆け出した。




 包丁を持った奈緒が、憎き賢太さんに会ったなら、彼女の取る行動は一つだ!


 止めなければ!


 そんな思いで、真一は走る。



 案の定、奈緒は包丁らしき物を持っていた。


 やばいっ!


 心の中で叫ぶ、真一。



 なんとか間に合った。


 素早く二人の間に、割り込んだのだ。


 しかし直後に、真一は腹部に鈍い痛みを覚えた。



 グサッ!


「うぐっ……!」



 小さく唸る真一は、目の前が暗くなった。


 今まで感じた事のない痛みだった。


 うまく呼吸が出来ない。



「どうして……?」


 奈緒は、刺した相手が真一だと気付くと、涙を滲ませた。



 ——どうして……?


 どうして、私の邪魔をするの?


 どうして、岡賢太を庇うの?


 こんなチャンス……もう二度とないのに……。



 奈緒は絶望した。


 心の底から絶望した。


 復讐を果たせなかった上、真一を刺してしまった。




 一方の岡賢太は驚愕のあまり、尻餅をついた。


 女性に、包丁を向けられた事。


 突然、目の前に男の背中が現れた事。



 しかも包丁は、その男に刺さったようだ。


 背中を向ける男の股の間から、滴り落ちる血が見えた。



「ひっ……ひぎっ……」


 岡賢太は、情けない悲鳴を漏らしながら、逃げ出そうとした。


 ぬかるみに入った足を、両手で引っこ抜くと、彼は這うようにして去っていった。



 そんな岡賢太の姿が、奈緒の視界に入る。


「……なんで? なんで邪魔すんのよ……あいつ、逃げてくじゃん……」


 ガックリと肩を落とした奈緒は、声を震わせた。



 真一は、自らの腹部に刺さった包丁を掴みながら、苦しそうに口を開いた。


「こ……これ以上、奈緒さんが……不幸な道に進まないように……」




 ——不幸な道に進まないように……?




 奈緒は、ハッとした。


 ——その言葉は……。


 何処かで……。


 何処かで、聞いた事がある……。



 そうだ!


 お父さんが、最後に言った言葉だ!






《奈緒が不幸な道に進まないように、空の上から見守っているからな……》






 ——あの時、私が聞き取れなかった、最後の言葉。


 それは、この言葉だった。


 間違いない。



 奈緒は、伏せていた顔を上げた。


 その瞬間、奈緒の呼吸が止まった。



 目の前にいるのは真一ではなく、和夫だったのだ。


 奈緒は驚きのあまり、目を剥いたまま呆然とした。



 すると、和夫の背後に、メラメラと炎が広がった。


 息苦しい熱風と煙の匂いを、奈緒は確かに感じた。


 トイレの小窓を挟んで抱きしめ合った、あの時のように。



 今は包丁を挟んで、二人は抱きしめ合うように寄り沿っている。


 奈緒はゆっくりと、和夫の胸に頭を埋めてみた。




「……お父……さん……」






つづく……


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