13.最後の言葉
「足元、気をつけて下さいね」
土砂に埋もれた家から救助された真一に、作業員が言った。
「どうも、ありがとうございました」
一礼をした真一の身体から、救助ベルトが外された。
すると、何人かいる作業員のうちの一人が、真一に長靴を用意した。
真一が足を通していると、その作業員が話しかけてくる。
「実は僕なんですよ。あの穴から、あなた達を見つけたのは」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。何か音がして、行ってみたら堆積していた土砂が沈んでるじゃないですか。そうしたら小さな穴があって、微かに声がしたんですよ。あの時は本当に、びっくりしましたね!」
男性は、その時の状況を思い出しながら、興奮気味に説明してきた。
「それはどうも。見つけて下さって、本当に、ありがとうございます」
真一が深々と頭を下げていると、奈緒をテントへと送り届けた、あの若い作業員が近付いた。
真一にタオルを手渡すと、遠くにあるテントを指差した。
「あそこのテントで、休んでいて下さい。ほら、先ほど救出した女性もいますから」
真一は、彼が指差す先を見た。
確かに奈緒らしき女性が、バスタオルを羽織って立っているのが見えた。
「どうも親切に、ありがとうございました」
真一は若い作業員と、穴を見つけてくれた作業員に、何度も頭を下げた。
そして、奈緒のいるテントへと向かった。
歩いている途中で真一は、おや? と思った。
バスタオルを羽織った奈緒が、小柄な男性と話をしている。
服装からして、作業員ではない。
真一は、目を凝らしながら近づいた。
あの人は、確か……。
真一は愕然とした。
奈緒と会話しているのは……岡賢太だった。
そういえば……。
部屋から救出される時、彼女は包丁が入ったバッグを手にしていた。
真一は、慌てて駆け出した。
包丁を持った奈緒が、憎き賢太さんに会ったなら、彼女の取る行動は一つだ!
止めなければ!
そんな思いで、真一は走る。
案の定、奈緒は包丁らしき物を持っていた。
やばいっ!
心の中で叫ぶ、真一。
なんとか間に合った。
素早く二人の間に、割り込んだのだ。
しかし直後に、真一は腹部に鈍い痛みを覚えた。
グサッ!
「うぐっ……!」
小さく唸る真一は、目の前が暗くなった。
今まで感じた事のない痛みだった。
うまく呼吸が出来ない。
「どうして……?」
奈緒は、刺した相手が真一だと気付くと、涙を滲ませた。
——どうして……?
どうして、私の邪魔をするの?
どうして、岡賢太を庇うの?
こんなチャンス……もう二度とないのに……。
奈緒は絶望した。
心の底から絶望した。
復讐を果たせなかった上、真一を刺してしまった。
一方の岡賢太は驚愕のあまり、尻餅をついた。
女性に、包丁を向けられた事。
突然、目の前に男の背中が現れた事。
しかも包丁は、その男に刺さったようだ。
背中を向ける男の股の間から、滴り落ちる血が見えた。
「ひっ……ひぎっ……」
岡賢太は、情けない悲鳴を漏らしながら、逃げ出そうとした。
ぬかるみに入った足を、両手で引っこ抜くと、彼は這うようにして去っていった。
そんな岡賢太の姿が、奈緒の視界に入る。
「……なんで? なんで邪魔すんのよ……あいつ、逃げてくじゃん……」
ガックリと肩を落とした奈緒は、声を震わせた。
真一は、自らの腹部に刺さった包丁を掴みながら、苦しそうに口を開いた。
「こ……これ以上、奈緒さんが……不幸な道に進まないように……」
——不幸な道に進まないように……?
奈緒は、ハッとした。
——その言葉は……。
何処かで……。
何処かで、聞いた事がある……。
そうだ!
お父さんが、最後に言った言葉だ!
《奈緒が不幸な道に進まないように、空の上から見守っているからな……》
——あの時、私が聞き取れなかった、最後の言葉。
それは、この言葉だった。
間違いない。
奈緒は、伏せていた顔を上げた。
その瞬間、奈緒の呼吸が止まった。
目の前にいるのは真一ではなく、和夫だったのだ。
奈緒は驚きのあまり、目を剥いたまま呆然とした。
すると、和夫の背後に、メラメラと炎が広がった。
息苦しい熱風と煙の匂いを、奈緒は確かに感じた。
トイレの小窓を挟んで抱きしめ合った、あの時のように。
今は包丁を挟んで、二人は抱きしめ合うように寄り沿っている。
奈緒はゆっくりと、和夫の胸に頭を埋めてみた。
「……お父……さん……」
つづく……




