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奈緒  作者: 岡本圭地
12/15

12.十年越しの復讐


 奈緒は、ゆっくりと立ち上がり、男へと歩を進めた。


 奈緒が近づくと、男は怪訝な顔をした。



 それもそのはず。


 奈緒は、バスタオルを羽織っている。


 髪も乱れていて、まるで風呂上がりのようだった。




 男は、奈緒が救出された事を知らない。


 土砂災害を一目見たくて、たった今、この場所に着いたばかりだ。



 奈緒は、険しい目つきで、男の顔を直視した。


「……岡賢太さん……ですか?」


 男の口から「えっ?」と、声にならない息が漏れた。


 目を細め、奈緒の顔に注目する。




 この人は誰だろう?


 男は、そんな顔をした。



 過去の記憶を辿るが、どうしても思い出せない。


 そもそも、こんな美人、出会ったら忘れるわけがない。



 男は、僅かに首を捻った後、やっと口を開いた。


「は、はい……そうですけど……すいません、どちら様でしたっけ?」



 一瞬、奈緒が震えた。


 直後に、ジワジワと全身が熱くなるのを感じた。


 黒い憎悪の炎が、奈緒の心を燃やし始めたのだ。




 ——やっと……やっと会えた……。


 お父さんを殺した男。


 私の全てを、奪った男。




 奈緒は、呟くように声を出した。


「放火……」


「えっ?」



「放火……したよね?」


「ホーカ?」


 岡賢太が、眉間に皺を寄せた。



 奈緒の口調は一変し、ハッキリとした声を出した。


「大学を落ちた腹いせに、火をつけたよね!」



 ——!



 岡賢太の心臓が、瞬時に凍りついた。


 血の気が失せ、顔が青ざめる。



「えっ……えっと……何の事ですか? あの……ちょっと、何言ってるのか分からないな……ははは」


 声が震え出した。


 明らかに、動揺している。



「十年前の◇◇市の放火事件、あんたでしょ?」


 とうとう岡賢太は、膝まで震え出した。



「……死人が出たよね?」と奈緒。


 岡賢太は、何度も首を捻った。


 何の話だ? といった態度を取り続けるしかなかった。



 そんな岡賢太の額から、冷や汗が流れ出したのを、奈緒は見逃さなかった。


「その死んだ人……私の、お父さんなんだけど」



 ——!



 岡賢太は逸らしていた目を、奈緒に向けた。


 黒目が泳いでいる。



 奈緒は一歩、詰め寄った。


「ねえ? なんか私に言う事ないの?」


 まるで、奈緒に心臓を鷲掴みされたように、岡賢太は胸が苦しくなった。




「い……いや、だから……何の話? 人違いじゃない? 君の言ってる事……全然、意味が分からない……」


「香織に聞いたの。あんたが付き合ってた、関内香織!」


 岡賢太は、ギョッとした。



 ……もう、この子は全てを知っている。


 もしかしたら、警察にも知らせているのでは?


 そう思うと、岡賢太は立ちくらみがした。


 まるで悪い夢を見ているようだった。



「い、いや……ちがう、ちがう……。燃やすつもりだったのは空き家で……冗談半分で、ちょっと火をつけたら……なんか急に、風が強くなって……」


 岡賢太は、狼狽しながら後退りした。


 

「……今、認めたね?」


「えっ?」



「今、火をつけたの、認めたよね?」


 しまった、余計な事を口走ってしまった。


 岡賢太は、そんな表情をして、また一歩後ろに下がった。



「いやいやいや! し、知らない、知らないって! 適当に言っただけ! あの……ちょっと用事があるから! もう行くからね!」


 岡賢太は、その場から立ち去ろうした。



「どこにも行けないよ……」


「え?」


 奈緒の不気味な言葉に、岡賢太が振り向いた。



「もうあんたは、どこにも行けないって」


「はあ? 何言って……」


「だって……あんた、ここで死ぬから……」



 奈緒は羽織ったバスタオルの隙間から、ギラリと光る物を出した。


 岡賢太は、それを見て息が詰まった。


 

 包丁だ。



 尖った先端が、岡賢太へと一直線に向けられる。


「ちょ、ちょっと、嘘でしょ……?」



 岡賢太は、さらに後退りした。


 ズボッ!


「うわっ、足がっ!」



 後方を確認していなかったため、岡賢太の左足が、ぬかるんだ地面にはまってしまった。


 それは足首まで、深く沈み込んだ。



 動けない岡賢太に向かって、奈緒が叫ぶ。


「死んで、償えぇぇぇぇ!」


 鬼の形相をした奈緒は、包丁を突きつけたまま突進した。



 岡賢太は、慌てふためいた。


「や、や、やめてくれ……!」



 グサッ!



「うぐっ……!」と、苦痛の声が漏れた。


 奈緒の持つ包丁が、腹部に突き刺ささったのだ。


 やがて溢れ出した血は、包丁を握る奈緒の両手を、赤く染めていく。




 きつく目を閉じていた奈緒が、ゆっくりと瞼を開いた。


「ううう……」


 奈緒は唸った。



「何で……?」


 奈緒の目からは、涙が溢れ出る。



 涙は頬を伝い、血塗られた包丁にポトリと落ちた。


「何で……? ねえ、何で……?」




 ——どうして、こんな事に……?


 十年越しの復讐が……どうして……?




 奈緒は、復讐を果たす事が出来なかった。


 なぜなら、包丁を刺した相手は岡賢太ではなく、真一だったからだ。






つづく……


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