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異国の剣士の物語

 火の落ちた王都。

 もう夜も深いというのに、表も裏も賑わい続けている。

 この大通りから離れた路地裏に佇む場末の酒場ですら普段と異なりも満員で、客の顔にも活気が溢れていた。

 客の大半は旅の商人か、城下町で働く若い労働者たち。

 薄い煙草の匂いと蒸し暑さの中で、酒と共に求められるのは、話の肴だった。

 料理がテーブルを満たした頃、期を待っていたとばかりに藁帽子で目元を隠したひとりの吟遊詩人が立ち上がり、店の隅に据えられた木箱の上で年季の入った琵琶を爪弾きながら静かに語り始めた。

 彼の前には、魔除けの青を灯す蝋燭が6つ並び、その隅には所謂お布施箱が添えられている。


「皆さまご存じ、世界を騒がせた魔の王の乱よりはや一年……この王都に再び夜が来るたび、我らが歌い継ぐは、六つの光の物語──」


 芝居がかった語らいに客の数人が顔を上げ、ざわめきが引く。

 その反応に詩人は薄い笑みを浮かべながら、まず弦を一つ、低く鳴らした。


「第一の光、神に選ばれし無垢なる刃──勇者の物語。」


 闇を裂きし光の剣

 天の声を受けし者

 名も無き村に生まれ落ち

 神に見出だされし日より


 死をも恐れず魔に挑み

 燃える空も凍てつく海も

 足跡残さぬ勇者なり


 魔王を討ちて門を閉じ

 今もなお彼方の大地を踏む

 世界を歩くその背には

 一人ではない民の夢

 

 それは御伽噺のような、現実の。魔を打ち倒し世界を救う、古き良き最新の英雄譚。

 この世界は、たった6人の英雄に救われたのだ―――。


 父の膝に抱かれた子供が、小石のような目を爛々と輝かせて彼の歌に聞き入っている。父親もぬるくなった酒を傾けたまま、子供に倣っていた。

 みれば、他の客も似たり寄ったりの反応を示している。

 この成果は詩人の歌の上手さか、はたまた歌の題材か。

 残念ながら後者の成果が大きいことを、詩人自身が一番理解している。

「さて、続いては──我らが王の剣、盾を掲げし聖騎士の物語。」

 かまうものか、と再び琵琶を鳴らす。

 流行りは廃れる前に味わい尽くすのが賢いやり方だと、彼は自身のキャリアを通じて理解していた。

 普遍的な英雄譚は受けが良い。それも最新のものであれば猶更。

 詩人に言わせれば、今この題材で歌わぬものがいるのであればそれは唯の逆張りというものである。


 

 勇者の歌に続いて語られる、堅牢なる聖騎士。英知なる魔女。影なる渡り手。癒しの聖女。

 歌となり語られる彼らの生い立ちと活躍。

 十数年前、突如空を裂いて現れた異世界へ繋がるとされる空間、通称『地獄門』。

 そこから現れる多種多様で、しかして獰猛で残忍、まるで御伽噺に登場する怪物のようなそれらは『魔物』と呼ばれ、彼らの王たる『魔王』は、魔物の軍隊と共にこの世界に攻撃を仕掛けた。

 異世界からの侵略に成す術も無い人間たち。

 だがこの脅威に人々は国家、思想を超えて団結し、、この王都に

 勇者とその仲間達の物語。

 それらが語られるたびに詩人の前の蝋燭は火を落とし、残るは一つとなっていた。


「今宵最後に語るのは、異国の剣士の物語。」


 酒場の空気が、一瞬止まった。

 いつの間にか杯を置いていた男たちが、そっと目を伏せる。

 併せて詩人も帽子を深く下げ、弦に触れたまま、沈黙する。


「シュロー様!」


 声をあげたのは、先ほど子供だ。いつの間にか父の膝を降りて詩人の前に立ち、小さな眼が頭上の詩人を期待を込めたまなざしで見つめている。


 その言葉に詩人が微笑み、ゆっくり頷く。

 そして、琵琶の音を細く細く絞るようにして奏でた。



東より来たりし異国の剣士

言葉少なく、されど深く

剣に込めるは別れの言葉

一太刀は百の願いを断つ


彼の剣は道なき道を斬り

彼の眼差しは誰も見ぬ闇を射る


鉄の雨をすり抜けて

血の華咲くはその歩み

共に歩むは彼が曲刀

霞の刃に切れぬものなし

龍の首すら、断ち切らん



 何百と歌われてきた、異国の剣士の物語。

 この場にいる誰もが聞き慣れたその歌には、しかして誰もが知らない一説が足された。



彼は多くを語らぬが──

彼の剣が何より語るは

命を守るということを



「……今宵の物語はこれまで、今はただ悼みましょう。かの剣士を。」


 歌の最後の旋律が消え、しばし沈黙が酒場を包んだ。


諸々の理由で引出しに眠っていたた小説の供養です。


悪役令嬢の母ですが、の次更新までの繋ぎに是非

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