4.正体は (栗本視点)
話は戻り、栗本はティアの前で正座をしていた。
ティアに聞いていなかったことがバレ時に、踏みつけられた足がジンジンと悲鳴をあげている。
「で、一体学校で何があったんだ?」
見上げながら首を傾げると、ティアは顔を顰めて話し始める。
「私が編入させられた、[私立藍緑高等学園]は国の有力な人達の子供などがちょくちょくいることは知っていますよね?」
「ああ、まあ。」
「その中に、ありえない人がいたんですよ。正確には二人ね。」
「藍緑高等学園」は「らんりょく」と読む、私立の格式高い学園である。金持ちや良家の子女や子息が通うような歴史ある有名な学び舎で、外国からの留学生もたまにいる。
ちなみに、本来ならば、厳しい試験に合格しなければならない所だが、栗本が[探偵助手筆記試験]と称してコネを使って得た入試問題をティアに受けさせたところ、満点を取ったため、イロイロと掛け合って編入させたのである。
━━━━ティアが知ったらまたキレそうなので口には決して出さない。
「ありえない人?誰だ?」
栗本が再び首を傾げ、ティアは眉間にシワを刻む。
「グラドス兄弟って知ってますか?」
「もちろん」
「グラドス兄弟」───それは、あちらの世界では有名な犯罪コンサルタントだ。
兄のジェラルド・グラドスと弟のウィルヘルム・グラドスはとても優秀で、兄はIQ180超、弟はどんな武器でも乗り物でも巧みに使いこなすことができ、FBIでさえも手を焼いている。
その素顔を見た人はいないとされているのも、捜査が困難な理由の一つでもある。
しかし、その二人がどうしたというのだろう?今の話題とは関係ない気がする
が・・・。
するとティアは苦虫を噛み潰したような悲痛な面持ちで告げる。
「なんとね、いるんですよ・・・。」
「何が・・・?」
「っ・・・。グラドス兄弟がですよ・・・!」
栗本はたっぷりし10秒ほど沈黙した。
「は・・・?」
「それぞれ教師と生徒に紛れているけれど、目的は不明。名前は当たり前だけどを変えているみたいだったし、潜入して何かをしようとしていることは分かるけれど、それ以外は特になんの情報も得られなかった。」
(いやいやいやいや。何言ってるんだ?潜入していることはたしかに気になる。でもそれ以上におかしいことがある。)
ティアは淡々と言い放っているけれど、先に聞かなければならない事があるではないか。
「ティア、何故その人たちが、グラドス兄弟だと気付いたんだ?」
そう、おかしいのだ。だって誰もグラドス兄弟の顔は愚か声すらも聞いた事がある人などいないのだから。
「え?」
ティアは虚をつかれたようにパチパチと瞬きすると、そういえばとでも言うように、あぁ、と呟いた。
「え〜っと、私、会ったことがあるんですよ。グラドス兄弟に。」
「え・・・。ヤバいじゃないか!?いつ?どこで?なんで?」
些か興奮気味に問い詰めると、そっと視線を栗本から外しながら、「イロイロね」とだけ答える。
「いろいろって・・・。これは重要なことなんだぞ?」
真面目に答えて下さい、と言葉を引き出そうとするが、ティアは顔を顰めてツンとそっぽを向いてしまう。
「その質問に答えることは出来ません。」
頑なな態度に少しムッとして、さらに問い詰めようとするが、彼女の顔を見て、そっと口を噤む。
ティアは俯き手をグッと握りしめ、唇を噛んでいた。表情はよく見えないが、どことなく苦しそうに見えてしまい、これ以上問い詰めるべきではないと判断する。
何があったのかは分からないし、聞き出すべきなのかもしれないが、これ以上踏み込んでしまえば、口を利いて貰えなくなりそうだ。
(弟子を辞められると仕事が大変だし、美味しいプリンも食べられないしな〜。ここは引き下がるしかないか。)
「・・・分かった。それよりも、相手がティアに気づいた様子は?」
ティアは驚いたようにそっと顔を上げると、少し視線を彷徨わせてから口を開く。
「・・・多分無いと思います。編入生としての多少の注目はあったと思うけど。それ以上は特に不審な様子はなかったです。」
ティアは気を取りなおしたように、いつものようにクールな様子で答える。
その様子に少しホッとしながら、なるほど、と呟く。
「二人はどんな人物なんだ?」
「そうですね・・・。二人ともなかなかに人気がありました。」
「人気?」
犯罪者が人気者とは、なかなかに信じ難い情報だ。
「ええ。兄の方は英語の教師で、教員歴は二年目らしいです。普通に紛れているんですけど、授業はちゃんとしてるし、生徒からの人気も高いです。まぁ、顔が良いからってのもあるかもしれません。なかなかに社交的な性格だし、キャーキャー騒がれてる感です。」
「顔が良い・・・。」
「ん・・・?」
「まさか、そいつに惚れていないだろうな!」
「・・・は?」
ティアがポカンとしたように見てくるが、その視線には気付かずに立ち上がり、言葉を続ける。
「目の前に、こんなにもイケメンな人がいるというのに!浮気なのか!?酷いでじゃないか!一目見ただけで好きになるとか、ありえな・・・グホォッ!!」
ティアの華麗な回し蹴りが顔の側面にヒットし、栗本はクルクルと回転しながら吹っ飛び、壁に激突してべちゃりと崩れ落ちる。
「何を言っているの・・・?」
ティアは冷ややかな目で栗本を見下ろし、首をコテンと傾げる。
ちなみに、栗本は今年で二十八歳。ティアとは十歳以上の年の差がある。
栗本が何も言えずに悶えていると、何故か手をスカートに持っていき、少したくしあげた。ほっそりとした白い太ももには、それに似つかわしくない黒いベルトが巻かれており、一本の小ぶりのナイフが刺さっている。
えっ、と思っていると、それを手に取り、見せびらかすように手の中でくるくるとナイフを回す。ナイフの切っ先が、光を反射してキラキラと輝く。
「ひっヒィィィィィィ!す、すみませんすみません。冗談だよ!自惚れてすみません!ナルシストきもくてゴメンなさい!!」
土下座をして、床に頭を擦り付けるように謝り倒すと、ティアはボソリと何かをつぶやく。
「・・・自覚あったのね。」
「へ・・・?」
「なんでもないです。」
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