3.7 弟子(栗本視点)
栗本は警察署の扉をガラガラと横にスライドして中に入る。そろそろ立て直したほうがいいんじゃないかと思ってしまうようなボロさである。
などと辺りを見回していると、奥から一人の中年の男が出てきた。
栗本の電話の相手__________高崎警部である。ボサボサした黒い髪に警察服を着ている。(まぁ、当たり前なのだが。)
「よう旦那!来てくれてありがとよ。早速だが、奥に例の少女がいる。会ってみてくれ。」
ニカッと微笑みながらそう言って、少女がいるのであろう部屋へ向かって、奥へずんずん進んでいく。
慌ててついて行きながら、例の人について尋ねていく。
「分かりました・・・。というか女の子なんですか?」
「あぁ、そうなんだよ。年齢は十七歳。銀髪に水色の目をしたべっぴんさんでな。なんでも、ここら辺の建物で働きに来たとか。」
警部は、髪をぐしゃりとかきあげながら目を細める。
「働きに?その見た目からして外国人なんですか?というか警部、英語話せないですよね?」
「嫌なことを言うな。まぁ、会えばわかる。」
「ちなみに、どんな事件を解決したんですか?」
尋ねると、警部は目付きを鋭くして、心持ち声を潜めながら語り出す。
「強盗だよ。犯人が被害者のバッグを持って逃げようとしていたところを、その少女が足を出して転ばせて、踏みつけて意識を刈り取ったんだとよ。」
「踏みつけた?それはまた物騒な。本当にその少女が?」
「ああ。とりあえず、話してみて少し探っておいてくれ。」
そう言って警部が示したところは5畳ほどの広さの小部屋だった。
中には机とソファーが二つあり、そのひとつにちんまりと座っている。よく見ると机の上に置かれた籠の中のお菓子をもぐもぐと頬張っていた。
こちらに気付いた少女がちらりと警部とその隣に立つ栗本を交互に見る。
「旦那、あとは頼みましたぜ。俺が居てもどうにもならんだろうし、別の部屋にいる。終わったら呼んでくれ。」
「はい、分かりました。」
警部は少女と栗本を一瞥すると、部屋を出ていった。
栗本は振り返ると改めてその少女を観察する。綺麗な少女だと感じた。
腰まである 、星の光を集めたみたいな綺麗な銀髪。その瞳は緑とアクアマリンみたいな色のグラデーションで、宝石みたいにどこまでも透きとおっている。
顔立ちは十七歳というには少し幼く見えるが、すっと通った鼻筋、ふっくらとした唇。パッチリとした目は少しタレ目で穏やかそうに見える。全体的に顔のパーツが整っており、肌も白く透明感がある。
なるほど、たしかに美人だと思った。
『こんにちは。俺は栗本と言います。あなたの名前は?』
国籍が分からないので、とりあえず英語で話しかけてみた。
すると、驚いたように目を少し見開くと、質問に答えてくれた。
『私はティアと言います。』
そして、少女__________ティアは、少し不思議そうに付け加えた。
『貴方は英語話者なのですか?』
『いいえ?』
『ではなぜ英語を話すのですか?』
『あなたが日本語を話せないかと思って。もしかして話せるんですか?』
「はい。私は日本語を話せます。」
と、ティアは滑らかな日本語で答えた。
「本当に話せるんですね。それになかなかお上手で。」
相手の警戒を解くように、ゆっくりと微笑んでみせる。
「ありがとうございます。これでもまだまだ分からないところも結構あるんですよ。」
ティアは気を悪くした様子もなく、うっすらと微笑んでそう言った。
その瞬間、何故か背中に悪寒が走った気がした。
一見するとただ可愛らしく微笑んでいるだけはずなのに、意図して作られたようなそんな笑みに栗本は見えた。
「ところで、私は何故警察署で待機させられているのですか?」
少女_____ティアは栗本の様子に気づいた様子もなく、疑問をぶつける。
「いえ、まだ朝早い時間にひとりでどうしたのかと。やはり警察官ですからね。心配にもなりましょう。念の為、何をしに行くのかや、住んでいる場所、ご家族はいるのかなど伺っても?」
動揺を押し殺し、平静を取り繕って言葉を発する。
「そのようなことまで話さなければならないのですか?」
「えぇ、念の為ですので。簡単にでいいですよ。」
ティアは少し笑みを深めると、「分かりました」と返事をし、流暢な日本語で話し始める。
栗本はその様子をじっと観察する。その作られたような笑みの奥に隠された真実を見透かすかのように。
「・・・という感じです。これでいいですか?」
「えぇ。ありがとうございます。」
ティアが話した内容は特に怪しい部分はなかった。でも、初めから栗本はその内容にはあまり耳を傾けてはいなかった。脳みそをフル回転させ、分析していく。
(まぁ、そう簡単にはボロは出さないか、、、。動揺もしていないし、目線もしっかりとこちらを向いている。もう少し情報を引き出したいが。どうするべきか。・・・ん?そういえばティアという名前にどこかで聞き覚えがあるような気が・・・。)
「そういえば、働きに来たらしいですけと、どこで?」
「あ、それは近くの探偵社なんです。今日から住み込みで働く予定で・・・。」
え?と思った栗本は質問を重ねる。
「探偵社?もしかしてそれってうちの探偵社、栗本探偵社だったりします?」
尋ねると、ティアは驚いたように目を見開いた。
「あ、確かそうです。てことはあなたが私の師匠となる方なんですか?」
どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、まさかの弟子だった。犯人を踏みつけた少女がなんと自分の弟子だったとは。
微妙に気が遠くなりつつ、何とか声をかける。
「ええ・・・。そのようですね。偶然ですね。これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ。これからお願いします。」
そう言って、 ティアはにこりと微笑んだ。
それは、先ほど見た笑と何ら変わらない、愛らしい笑みだった。
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