8.過去の記憶(2)
ティアは深い深い水の中を漂っていた。
目は見えるのに、どこか焦点が合わずに宙を見つめる。暗くて、冷たくて、寂しくて。そんな感情が心の中で漂っている。
流れに身を任せるままに、どこまでも体は終わりなき水の底へと沈んでいき、ティアはそっと目を閉じた。
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どのくらい経っただろう。永遠とも、一瞬とも思える時間を過ごしていた。
一つ、瞬きをする。
瞳に映るのはとても眩しく、温かい記憶。大好きな人達との楽しく美しい日々。
甘い花の匂い。暖かな日差し。聞こえるのは優しい人たちの声。
幸せが、心を満たしていた。
ずっと一緒にいたいと思っていた人たちの温もり。
いつか見た、遠い日の景色。それはまるで夢のように、ただひたすらに楽しく、優しく、美しい幸せな日々だった。
瞬きをもう一つ。
瞬間、世界が黒く覆われる。
天地がひっくり返るように、激流に押し流されるように、大きな衝撃が体を包み、ぎゅっと瞼を閉じる。
激しい嫌悪感に溺れそうになったかと思うと、パッといきなり不快感が消え、残るのは、何故かおぞましいほどの憎悪。
瞼の裏に映る景色は、血塗れの二人の遺体。振り返ると、いくつもの金属の擦れ合う音と共に幾万の武装した兵士が向かってくる。
恐怖が身を包み、戸惑いながらも立ち上がり、どこかへとひた走る。
『お姉ちゃん!』
突如、誰かが自分を呼び、はっと振り返る。見覚えのあるような、金髪の幼い少女が立っていた。
その緑色の瞳に、何故か無意識に引かれるようにして、そっと歩み寄る。
刹那、少女の体を激しい炎がつつんだ。
え、と思う暇もなく、炎に全身を包まれる。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!』
断末魔を上げながら、少女は泣き叫ぶ。無惨にも焼かれていった体は灰と化していく。
「い、いや...。やめてーーーーーーーー!!」
叫びながら必死に駆け寄るも虚しく、少女は暗闇に消えていった。
残るのは人が焼けた匂いと、鼻を突くような血の匂い。そして、激しい恐怖心だった。
少女の居なくなった空間を呆然と見つめる。
瞬間、再び世界は一変し、ティアは一つのナイフを握りぽつりと立っていた。
持っているナイフは血で汚れ、垂れた血液が自分の服を血濡れに染めあげる。思わずナイフを投げ捨て、呆然と、自身の手を見つめる。
『気持ちいいでしょう?早くこうしていれば、全てを失わずに済んだのに。』
前方へ視線を向けると、メイド服を纏った老女が下腹部から血を流しながらこちらを見つめて笑っていた。
「何を、言って...」
『復讐。したいんでしょう?』
復讐。それは、とても甘美な響きを帯びていた。仄暗くも、心地よさを感じる。
『さぁ、ナイフをとって。』
先程投げ捨てたナイフを指さし、にこりと微笑む。
『貴女から全てを奪った者に制裁を。大丈夫。今までもやってきたでしょう?』
「そ、そんなこと、やってない。」
そう呟いた途端、上から、ポツリと何かが顔に落ちた。え?、と上を見上げて目を見張る。
おびただしい数の死体が、ワイヤーに絡め取られるようにして、空中にぶら下がっていた。
そこから滴り落ちた血が、ティアの頭上に降り注ぎ、真っ赤に染め上げる。
「あ、い、嫌。私じゃない!こんなことしてない!」
必死に叫び、頭を抱えてうずくまる。
メイドは、そんな私を嘲笑うかのように言葉を続ける。
『あなたが殺したんですよ。私の事みたいに。』
そう告げると、突然血を大量に傷口からふきだしながら後ろへ、仰向けに倒れた。ピクリとも動かない。
ティアは恐怖と怯えで震え上がる。
メイドの言葉が頭の中で反響し、否定したいのに、何故か言葉が詰まって出てこない。
死体の亡霊が、血の匂いが、自身にまとわりついていくような錯覚に陥る。
瞬きをもう一つ。
刹那、また世界は一変し、激流に揉まれる。体じゅうを痛みが貫き、息ができなくなる。
そうして、ティアが再び見た世界は......
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