プロローグ
「はぁはぁっ、、、」
一人の少女が山の中を木々の間を縫うように走っていた。周りには赤赤と炎が燃え上がり、むわりとした熱気に包まれている。
動物が逃げ惑い、動植物が焼けていく匂いが立ちこめる。
まだ十歳くらいだろう。小さな足を懸命に動かし息を切らしながら、それでも足を止めずに、走り続ける。
身にまとっている服は、土で汚れ焦げた跡がある。枝で切ったような切り傷が白い肌にいくつも付いている。
「待て!どこに逃げた!」
突如響く怒声。次いで、ガシャガシャと金属の擦れ合うような音。
少女の体がびくりと反応し、足がもつれ、そのまま横転する。
「どうして......!」
なんで、こんなことに。着ている服はどこもかしこもボロボロだ。擦りむいた膝から血が溢れてくる。
「どこだ!探せ!」
どうして、こんなことに。みんな死んだ。母も父も、領民も侍女も。あぁ、妹はどうなっただろうか。どうか無事でいてほしい。
後ろを向くと、金属のガチャガチャとした音とともに幾人もの人が近づいてきているのがわかる。死の音が、近づいてきている。それが、直感的に分かった。
立ち上がり、おぼつかない足どりで再び走り始める。時期に追いつかれるだろう。でも、決して諦めたくはなかった。この誇りだけは失いたくなかった。
目が霞む。息が上手くできない。それでも立ち上がり、手足を再び動かし続ける。傍から見たらよろよろと歩いているようにしか見えないだろう。
「あっ!」
雨上がりで、ぬかるんだ地面に倒れ込む。視界がじわりと滲む。感情がごちゃまぜで、今にも全て溢れてしまいそうだ。
そのとき、サクサクとこちらに近づいてくる足音がした。 追っ手の足音には聞こえない。静かすぎる。
神経を張りつめて辺りの様子を伺う。
「あらあら、こんな所にいらしたのですね。姫様。」
背後から響いた声に、その見覚えのある声に振り向き、驚きに目を見開く。
「え・・・なんであなたがここに。」
そこに立っていたのは1人の老境のメイド。
髪をひっつめて一切の隙もないような佇まいでこちら見つめている。
「そんなに傷だらけになって。ましてやそんな下品に泣くだなんて、はしたない。」
私が知っている彼女はそんな嘲笑うような表情をしない。
いつも娘を見守るかのような優しい眼差しで、ゆっくりと微笑んでいる。
私が驚きに声も出さずに固まっていると、「はぁ」と、呆れたようにため息を吐き近づいてきた。
「いつまでそんなアホみたいな顔をしているのですか。見苦しい。」
冷たくそう吐き捨てると、手を振り上げ少女の頬をバシッと叩いた。頬がヒリヒリと痛み何が起きたのか理解できずに
「え、ぁご、ごめんな、、きゃぁっ!」
咄嗟に謝ろうとしてしまった。そんな姿をさらに冷たい眼差しで朝笑うように睨みつけると、 足で少女を蹴り飛ばし、怒鳴り散らす。
「すみませんでしょう!なんですかその態度は!いつもいつもいつも!年上に対する態度がなっていない!あぁ、本当は今すぐにでも殺してしまいたいくらいですよ、、、。」
「え?ぁなんで。どどうしたの?」
慌てて声をかける。その瞳には、ありありとした困惑と恐怖がひろがっていた。すると老境のメイドは冷たく見下ろし、少女の髪をグイッとつかみ引っ張りあげた。
「あぁっ!」
髪がひきつる痛みに、ブチブチと髪の毛が抜けてく痛みに堪らず悲鳴をあげる。
「あぁ忌々しい、、、。いいでしょう最期ですから教えて差し上げます。そのスッカスカな脳みそに叩き込みなさい。つまりは、私はあなたがたを裏切ったのですよ。あなた方が持つその〖力〗が邪魔だったんです。まぁ、それが無かったとしても、いずれはこうなったでしょうけどね。」
そう告げるメイドの瞳はどこまでも冷酷で、目の前が暗くなる。
意味がよく理解できない。なぜ?どうして?最初からって何?そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
「さぁ、そろそろあなたにも死んでもらいます。あまり時間もありませんしね。」
「しぬ、、、?」
どこかぼうっとした消沈した姿に、メイドは無慈悲に告げる。
「ええ。あなたの妹も、上手く逃がしたつもりのようですがもうこの世にはいないでしょう。」
「あぁ、、、、、、、」
少女の妹。それは彼女にとってとても大切な存在だった。病弱で優しい妹。何よりも大切にしていた存在で、だからこそその子の死には________少女を激しく打ちのめした。
そしてだからその心の中に広がる今の感情は悲しみと絶望と_______激しい怒りだった。
「ああああああああああああぁぁぁ!!」
気づけば少女は今までにあげたことの無い雄叫びを上げ、スカートの中に常備していた短剣を振り抜きメイドに向かって跳びかかっていた。その瞳には燃えるような怒りが浮かび上がる。
メイドはその動きを予想していたとばかりに余裕な佇まいで隠し持っていたナイフを少女に向ける。
そしてそのまま少女にナイフの刃先を向けて、振り上げて__________
『止まれ』
少女が呟いた。
メイドの動きがピタリと止まる。
メイドが驚いたように目を見開き、直後顔が青ざめる。
決着は一瞬だった。
メイドが目を見開いたまま後方に倒れた。
血がドクドクと腹部から溢れ白いエプロンを血濡れに染める。
状況を理解できない様子で、呆然とナイフを持った少女を見つめる。
「な、なんで・・・。〖力〗はまだコントロール出来ないはず・・・」
「ずっと訓練してたのよ。部外者に知らせないのは当たり前でしょ。」
少女は状況に似つかわしくない笑顔でメイドを見返す。
それ以降、メイドが起き上がることはなかった。
少女は頬に着いた返り血を手でグイッと拭い立ち上がり、ソッと息を吐く。
「ふふふっ、なぁんだ簡単じゃない。最初からこうすればよかったわ。」
その状況に似つかわない声で、口元に微笑を浮かべながら囁くように喋る。
少女の虚ろな目にはもうメイドの姿も先程までの悲壮感も映っていない。ただただ仄暗い輝きがともっていた。
「皆、安心して。私が必ず仇を取るわ。」
そこにはいない誰かを思うように空を見上げる。空には綺麗な三日月が浮かんでいた。
(まるで今の私みたいね。何かが欠けてしまったような・・・)
短剣をメイドの体から抜きとり、頭上に掲げる。ナイフから滴った血が少女の白銀のような髪を血濡れに染める。
「絶対に許さない。私の人生をもってこの手で必ず殺す。私から全てを奪ったものを!!」
その瞳に燃え上がるような激情を抱き、どこか遠くを見つめる。
少女は復讐を誓い、ゆっくりと火の中へ暗闇の中へ姿を消していった。
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