首都ケルン
数日がかりの宇宙の旅路は、振り返れば長くも感じるが、ほとんどの時間を睡眠に費やしたケインは、長期的な閉鎖空間での生活から脱し、外の広大な空間の中、立ちすくんでいた。
急激な変化に弱いケインは、再び頭痛と目眩に襲われつつも、丸眼鏡の男性に連れられ、首都ターミナルを出た。
「既にお車の手配は済んでおります。旦那様の病院まで今しばらくかかりますが、ご辛抱ください」
丸眼鏡の男性は、ターミナルを慣れた動きで通過し、税関と思われる場所も通過、ターミナル正面ゲートと思われる場所に出ると、目の前の黒い車に近づき扉を開ける。
「こちらにどうぞ」
彼に促され、乗車すれば、彼もケインの後に乗車、既に座席についている運転手と思われる男に行き先のみを伝え。
「首都中央病院まで」
「承知いたしました。」
運転手は簡潔に返事をすると、早々に車を発進させた。
首都の惑星は、思ったほど高層ビルがあるわけでもなく、石と木、鉱石を使った建物が数多く散見された。
道路に関しても、よく見れば、アスファルトで作られた石畳のようにも見え、謎の技術などが垣間見えた。
暫く街並みを楽しんでいると、これまた石造りの巨大な建物近づいていた。
大きな柱が並ぶ内側に車を進めると、メイン玄関の車寄せと思しき場所に停車した。
「ケイン様、到着いたしました」
丸眼鏡の男性は、早々に降りると、扉を開けたまま、ケインの降車を待っていた。
ケインが降りれば扉を閉め、早々に歩き始める。
「しばしお待ち下さい。旦那様への面会許可を取り付けてまいります」
そう言うと、颯爽と受付に向かった。
暫く移動続きだったため、異様な疲れを感じたケインは、そばにあるソファーに腰掛け、天井を見あげていた。
受付のロビーは白い石造りと思われる場所が多く、電気こそ蛍光灯のような形をすれども、建物の重厚さにしばし息苦しさを感じた。
「ケイン様、準備が整いましたのでご案内いたします」
丸眼鏡の男性の声に視線を向ければ、スーツに白衣の壮年男性が頭を下げてきた。
「グラウス伯爵閣下の主治医をしております、ベルナーと申します。私が閣下の病室までご案内いたします。クリス様は、こちらでお待ちいただきます」
丸眼鏡の男性は、頷き、ケインに頭を下げる。
「では、こちらへ」
ベルナーあとをついて行けば、エレベーターにて上層階の病室に案内された。
やがて一つの病室に辿り着いた。
ベルナーはノックをする。
「グラウス伯爵閣下、ご子息のケイン様がお見えになりました」
暫し時間を置き、返事を聞くことなくベルナーは扉を開ける。
その病室は思った以上に静かで、寝室の様な印象を持った。
「おお、ケインか」
しわがれた声は、部屋窓際にあるベットの上からだった。
そのベットには、生命維持装置や呼吸器、心拍数を確認する機材など、一切の医療機器がなかった。
「よく来たな」
「・・・父上が危篤とお聞きし、居ても立ってもいられず」
グラウス伯爵は、申し訳なさそうに眉根を下げ、俯いた。
「今だ15のお前に全てを託すのは、些か早すぎるとは思うが、もはや私の時間は僅かしかない。そこで、儂は伯爵位をはじめとした、あらゆる権威をケインに譲ろうと考えておる。ちょうど、先月誕生日だったゆえ、父からの最後のプレゼントだ」
「父上・・・」
話をする限り、非情にまともで温厚な人間に感じ、これまで知らなかった人物であっても、心が痛む思いがした。
せめて、もう少し生きていてほしい、そう思える人物だった。
「ここ数日が山場のようだ。伯爵家の事、頼んだぞ」
父は、虚ろに言葉を言い、安らかな眠りに入ってしまった。
「寝てしまわれましたので、本日はここまでにございます。最近、特に睡眠時間が増えておりますので、ここ数日が山場かと」
「そうか・・・」
会話らしい会話をする間のなく、面会は終わってしまった。
その後、丸眼鏡の男性、クリスの先導で都内の伯爵家縁ある企業のホテルに移動し、暫く滞在することとなった。
父は、仕事中に意識を失い、病院に運ばれたという。
財務政務官僚として働いていた父のポストは早急に退職扱いとなり、首都での伯爵家つてはなくなった。
いくつかの縁ある企業が参入している首都では、その縁のみが命綱であった。
「ケイン様、こちらに昼食をご用意しております」
クリスは、ダイニングの席を引き、移動するよう促す。
応じるように席を立ち、勧められた席に座れば、窓の外に首都の街並みを一望する事ができた。
「随分と良い部屋だな」
クリスは、右隣の椅子に座り、グラスに水を注いでいく。
「ランベール家のフロント企業の子会社の子会社が運営するホテルです。都内の建物ですので、騒がしいかと思いますが、何卒ご容赦ください」
ここ数日の移動に次ぐ移動で、時間と体調に余裕のある食事は久しぶりだった。
妙に静かな空間は、時間が静かに、遅く進んでいるように感じた。
「・・・父が存命の間に会えて良かった。父の死亡に間に合わなかった場合、どうなっていたのだ?」
父の危篤にこれほどまで急ぐ理由に関して、暫し気になっていたケインである。
クリスをはじめとしたランベール家の人間は、素早く行動し、いち早くケインをグラウス伯爵に合わせたいように感じた。
「・・・偽造遺言書の作成や、様々な関係各所への根回しを行い、ケイン様の継承者としての正当性を担保する必要がありました。現在のランベール家は、旦那様の決済なしには何一つ決定する事が出来ませんでしたので、後継者であるケイン様にその権利をお譲りいただかなければ、明日にでもお取り潰しにあっていたでしょう」
クリスは暗い未来を想像したかのように、暗い顔になった。
「ケイン様には、数週間の間、無理強いいたしまして、申し訳ありません。どうか、私自身のみに罰をお与えください」
ケインは、その異様な迅速さに懸念を抱いた為に聞いたのであって、彼の行動が罰せられるべきものではない。
「いや、助かった。おかげで父上のお顔を見ることもできた。これもクリスのおかげだろう。ありがとう」
「ケイン様っ」
クリスは手で丸眼鏡をあげ、目尻を揉む。
事実、クリスの行動がなければ、平穏な当主の交代は不可能だっただろう。
翌日、伯爵家当主、ランベール・フォン・グラウスは死去した。
前日の睡眠は、眠るように亡くなる前兆だったのだろう。
翌日、ケインが訪れ、受付をする間に、グラウス伯爵は老衰に至った。