未来的異世界
数十分の移動を経てたどり着いたターミナルは、ケインの知るターミナルとは、随分違っていた。
離陸、着陸するあらゆる飛行物は羽を持つことなく、オスプレイのように滞空し、緩やかに着陸していた。また、離陸も同じ状態であった。
さらに不思議なことに、それらの飛行物は、一部が空に向けて飛び、見えなくなるまで上昇し続けていた。
「これは、いったい・・・」
ケインは、丸眼鏡の男性に連れられ、ロビーを抜け、箱型の何かに乗せられた。
「ケイン様、急ごしらえの個人輸送機ですので、少々手狭ですが、どうかこらえていただきたく思います」
「いや、え?あの」
「すでに離陸を開始しておりますので、大気圏外に出たのち、加速が始まります。初めてのため、酔いがあるかと思いますが、どうか、伯爵家の次期当主として、こらえていただきたく思います」
「いや、そうではなくて」
丸眼鏡の男性は、ケインを先導し、一つの部屋に入れば、彼を椅子に座らせ、水と炭酸水を用意していた。
しかし、ケインは未だに受け入れることが出来ていなかった。
自分が、初めて宇宙に出ようとしている事実に。
「う、宇宙は真空で、寒いと聞くが、艦内は大丈夫なのか!?」
「問題ございませんので、どうかお気を楽に」
「無重力の中で、人間は長く生きていけるのか!?そもそも、加速って、光りの速度なんて人体に影響はないのか?!」
「問題ございません。一度落ち着いてください」
丸眼鏡の男性は、グラスを前に差し出し、ケインに落ち着きを促す。
ケインは、一度に飲み干し、深呼吸をする。
「ま、待ってくれ、宇宙は初めてなんだ。いったん、一旦おろしてくれないか?」
「すでに光速ですので、伯爵領からはだいぶ離れております。急な着陸は緊急時以外では難しいかと」
「いや、いやしかし・・・」
手を握り、そして広げる。いくらくりかえしても、感覚に変化があるわけでもなく、水は水の味がした。
これといって大きな揺れを感じることもなく、室温が急激に寒くなることもなかった。
それゆえに、底知れぬ恐ろしさを感じ、終ぞ緊張を解くことが出来なかったケインは、ついに気絶へ至った。
「ケイン様、ケイン様!、ケイン様!?ケイン様ーーーー!?」
丸眼鏡の男性が呼び叫ぶ声だけが、その部屋に響き渡っていた。
「ケイン様!起きてください!」
けたたましい声により、本日2度目の起床を果たす。
「はっ!?」
胸元は汗をかき、シャツが貼りつく感覚が、妙に生々しく感じた。
未だ航行中の艦内は穏やかで、宇宙にいることに現実身を帯びないまま、時間が過ぎていった。
「ケイン様!」
「ケイン様、しばし失礼いたします」
丸眼鏡の男性の声の後、青年の声が礼を述べると、ケインの両肩から首、顔を両手で触り、目を覗き込んだ。
男性は青髪のイケメンで、スーツに白衣を着ていた。
暫く両目を交互に見つめられ、男性は離れた。
「目に異常はありません。脈や呼吸に関しても問題ありません。ただ、呼吸が乱れておりますので、緊張性の何かかと思います。脈拍も少し速いです。お水を飲み、安静にすることをお勧めいたします」
男性はケインに頭を下げ、ケインの状態に関して述べていく。
「わ、分かりました。直ちに部屋を用意いたします。クライン先生には、今しばらくケイン様のご様子を見ていただきたい」
「承知いたしました。聞いたところ、今回が初の宇宙の様で、この年になって初の宇宙は、恐怖を抱くこともあると聞きます。暫く様子をみましょう」
丸眼鏡の男性は、クラインと呼んだ白衣の男に頭を下げ、先導して部屋を退出した。
ケインは、両手の開閉を繰り返し、膝から下の足を前後に揺らした。
「・・・気絶していたのか・・・」
呼吸が整い、汗が乾く頃には、今自身がどの様な状態だったのかを知る。
気持ちは収まったものの、喉が渇き、近くのコップにボトルから水を注ぐ。
水を口に含み飲み込めば、先ほどよりもより落ち着くことができた。
「宇宙か・・・宇宙の乗り物はこういうものなのだな」
宇宙という広大な空間を旅客輸送船に乗り移動している、そうしたまさに異常な常識を受け入れ、初めてケインの異世界生活は現実味を帯びていった。
やがて、14日間の旅路を経て、ケインは首都に降り立った。