第8話
エレベーターは研究棟に入ってその正面に位置していた。訪れたことのある海人にとっては、迷うはずもない。
「桜ちゃん、ついて来てね」そう言い、桜をエスコートした。
海人を先頭に進み、エレベーターの入り口に到着した。桜は少し周りをキョロキョロしていたが、怯えている様子はなかった。
エレベータの正面には、セキュリティーカード読み取り装置があり、海人はカードを装置に翳した。読み取り装置に反応があり、エレベーターのドアが音もなく開いた。ここまでは何の問題もなく、この後に海人は今までと違うものを目の当たりにすることになる。
「桜ちゃん、入ろうか。特に問題もないと思う」
「うん、海人君について行くから」
エレベーターのドアを潜り、中へと入る。特に変わりは…無いと思われた。だが、海人はある違いを見つけることとなった。タッチパネル式モニターのタッチボタンに地下5階を示すボタンを見つけたからだ。多分、レベル5のセキュリティカードによるものだと思われた。以前は、地下4階までしかなかった。
海人は意を決し、地下5階のタッチボタンを押した、その時であった。エレベーターの室内に女性の声であろう、アナウンスが流れてきた。
『このセキュリティカードは、当研究所内すべての鍵となります。くれぐれも、紛失なされないよう、お気をつけ下さい』
音声に少し不自然さを感じたので、機会音声だと思われる。アナウンスが終わると、エレベーターは動き出し、体にずしっと下へと重力を感じた。
「私、地下5階もある建物は初めて。ちょっとドキドキする」桜が少し不安げに呟いた。
海人は「俺もだよ。地下4階までは行ったことがあるんだけどね。地下5階は初めてだよ。大丈夫。父さんもいるし、用事を済ませたらさっさと帰ろう」
「うん、そうだね」
「そうそう」
そう言っているうちに、エレベータの表示は次々に変わって行った。B1、B2、B3、B4と最後に目的地のB5へと…と思ったが、B4からB5に変わるのが、他の階に比べて長かった。表示がB5に変わるまで30秒くらい掛かり、地下5階は、他の階より深くにあるのかもしれない。
エレベーターが止まると、『地下5階に到着いたしました』とアナウンスが流れ、音もなくドアが開いた海人と桜は「長かったね」と目で会話をして、お互いの表情を確認した。
地下5階は広かった。海人が想像していたものを超えるくらいに広かった。エレベーターから出た廊下の先の奥が見えないくらいに広かったからである。
そして、先程聞いた特殊開発ルームを探そうとしたら、桜が幸先よく案内板の様なものを見つけ、海人に伝えた。
「海人君、ここの案内板の様なもに書いてあるよ」
海人よりも早くに見つけた桜のお手柄で、海人は気づかなかった。そこで見た案内板を見ると、地下5階の広さに再度驚かされることになった。地下5階には、大小30くらいの部屋があったからだ。この案内板に気づかなければ、迷子になっていたであろう。
案内板を見て、父のいる特殊開発ルームはどこか…見つけた。突き当りの一番大きな部屋であるらしかった。
海人は桜に「行こう」と促し、父のいる部屋を目指した。途中に海人も桜も、あることに気づいていた。どこの部屋にもセキュリティカードの読み取り装置らしきものがあり、何といっても驚いたのは、途中で通路に一切音が漏れていなかったからだ。完全な防音措置が施されているらしく、それほどに重要なのであろう。
5分くらい通路を進み、今回も桜が先に見つけた。
「海人君、あったよ。お父さんの特殊開発ルーム。本当に広いんだね。びっくりしちゃった。本当に良く歩いたなぁ」
桜はそう言い少し笑顔を見せた。やっと目的が果たせそうだからだろう。
海人は今回は少し時間が掛かったものだと思っていた。そして、ドアの横にある読み取り装置に、セキュリティカードを翳した。ドアは、電動式らしく、作動音を微かに発しただけで、横にスライドして開いた。
ドアが開くと同時に白衣を着た父の嬉しそうな声が飛んで来た。
「桜ちゃん、待っていたよ。海人は、まあオマケだな」
そう言い、海人の父は、桜の手を取りはしゃいでいる。現金な父であった。
海人は父の手を払いのけ、バッグを渡した。
「父さん、着替えと弁当が入っているからね」そう言い、父の様子を伺うと、少し疲れてはいるかのように見えたが、特段変ったことはなかったようだ。泊まり込みのためか、無精ひげを生やしているくらいだ。
海人の父は、ニヤリと笑みを浮かべ「おう、サンキューな。確かに受け取ったぞ。母さんにありがとうと言っておいてくれ」胸をそり返しながら、笑いながら返答していた。
海人は所長であり、会社のトップがこんな軽い人間でいいのかと毎度思っていた。家族に見せる顔と会社で見せる顔が違うかもしれないのだが。しかし、目標は達成できたので、その安堵感と父の元気な姿を見て、ほっとした自分がいるのも気づいていた。
そして、海人は胸の中にしまっておいた、あることを聞いてみることにしたのだった。
「父さん、会社の周りに警察や自衛隊の車両があったみたいだけど、何かあったの?」
父は笑みを浮かべながら、一瞬逡巡の影を見せ、何かを少し試案しているようだ。そして、海人と桜に説明を始めた。
「海人、それに桜ちゃん。これは内緒の話しなのだが、二人なら安心だと思うので話す」
絶対に他人に話すなと他言無用だとも付け加えた。父の顔は、いつの間にか真剣な表情に変わっていた。
「その前に、ここではまずいな。二人ともついて来なさい」
言われた海人と桜は、お互いに顔を見合わせると、お互いが戸惑っているのがわかった。
海人の父は、部屋の奥へと視線を送った。そして、その奥の部屋へと歩みを進めた。