第71話
小高い丘の上だった。
サーシャ、バルディとガスキュールの三人が姿を現したのは、小高い丘の上だった。
サーシャを抱きかかえた、バルディはその軽さに驚いていた。何と痩せ衰えてしまったのだろうか。深い悲しみがバルディを襲う。
丘を下りた先に、大きな大きな樹が見える。あれがきっと、始まりの樹だろうと思われた。
サーシャは、始まりの樹を遠目に「大きな樹。あれが始まりの樹…。父様、お願いします。あそこに私を連れて行って下さい」と、弱々しい声で訴えた。
「勿論だ。そのためにサーシャをここへ連れて来たのだからな。その前に、やるべきことがある。始まりの樹の近くに別荘となる建物を作ろうではないか」
パチリ!
バルディが指を鳴らすと、三人は始まりの樹の隣の草地に瞬時に移動した。
「ここいらがよかろう」
パチリ!
更にバルディが指を鳴らすと、草地の一部が均され整地された地面が現れた。
「よし、次だ」
パチリ!
三度バルディが指を鳴らすと、その整地された草地に建物が現れた。
「上出来だな」
2階建ての木造の質素な建物にバルディは満足そうだ。
「まあ、素敵」抱えられた、サーシャも嬉しそうだ。
「サーシャよ、この別荘には長逗留が出来るように、厨房から寝室もある。お前が不自由することはあるまい」
「はい、ありがとうございます」
「お食事は私がご用意させていただきます。お任せ下さいませ」そう言ったのは、ガスキュールだ。
「楽しみにしていますね、ガスキュール」
「ははっ」
「始まりの樹に行く前に一息つこうではないか。ガスキュール、茶の準備を致せ」
「ははっ、お任せ下さいませ」
その言葉を合図にしたように、三人は別荘の扉を入った。サーシャはバルディに抱えられたままだ。
食堂に入ると「この世界は何だか空気が心地よいですね」
「そうか?」
「はい…座らせて下さい」
「大丈夫か?」
「はい、何だかちょっと元気になった気がします。きっとここの空気が私に合うのかもしれません」
「そうか、それは良かった。どれ」
バルディは、抱えたサーシャを椅子に座らせた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
そこに「バルディ様、サーシャ様、お待たせ致しました」ガスキュールがお茶と茶菓子らしきものをトレイに載せて厨房から出て来た。
「まあ、良い香り。それに何だか美味しそうな匂いもするわ」
「お茶の葉は、ペシャ地方の最高級茶葉でして、この茶菓子は私の手作りでございます」
そう言うや、ガスキュールは、バルディとサーシャに給仕を始めた。
サーシャには自然と笑みが出ている。
「父様?」
バルディは何だか気の抜けたようで、らしからず気が抜けていたようだ。
「おお、そうだな。サーシャが心持ち元気そうであったので、我としたことが気を抜かれておった。どれ、食すとするか」
「はい、変な父様」
バルディは、久しぶりに愛娘の笑みを見た気がした。
「始まりの樹には、明日にでも行くとしよう。本日はここで休むものとする」
お茶を楽しんでいる、サーシャの様子を伺うように、バルディが言った。
「わかりました。始まりの樹は逃げませんからね。父様の言う通りに致します」
一同は暫くひと時の休息を皆で楽しんだ。
終えるや「どれ」そう言った、バルディはサーシャを抱え上げ、寝室のある2階へと階段を上る。
「父様?」
「よい、休まぬとならぬからな」
「ありがとうございます」
「寝室には後ほど、ガスキュールに簡単な夕食を運ばせるので、それを食したら寝るといい」
「わかりました」
「では、明日だ」
「はい、お休みなさい」
その日は、何だか調子が良かった。
サーシャは、この何でもない幸せがずっと続けばいいのにと願った。
明日が普通に訪れるという何でもない、しかし、かけがえのない幸せが。
そんなことを思いながら、ベッドの中でサーシャは、深い眠りへと落ちて、夢の世界の住人となった。




