第70話
桜はぼんやりした意識がはっきりとすると、状況がわかって来た。
いつまで続くのか、これはサーシャの記憶である。
サーシャ14歳の春。
「サーシャよ、我が愛しき娘。我は心配で心配でどうかなってしまいそうだ」
ここはサーシャの寝室で、サーシャは衰弱しており、バルディは真剣にサーシャの横顔を伺っている。
「父様、私は長くは生きられそうにありません。先立つ親不孝をお許し下さい」
「案ずるな。国の名医だけではなく、世界中の名医を呼び寄せて治してみせるぞ」
「しかし、父様。私のこの病は…ただの病ではありません。これは私の生誕における呪いのようなもの…」
サーシャの母は、白の魔法使いの素養が眠っていた。それが黒の魔法使いである、バルディの妃となり、サーシャは母の素養を受け継いだのだが、そこに黒の魔法使いの素養まで受け継いでしまっていた。白の魔法使いと黒の魔法使いの血がサーシャの体の中で反発し、それがサーシャの体を蝕むこことなった。サーシャの母フレイは、サーシャを産んだ時にその命をサーシャと引き換えのように落としている。
それから、バルディはサーシャの治療に全ての持てる力を注いだ。しかし、医者による治療は何の成果を見せず、サーシャの容体は悪化の一方だった。
衰えて行くサーシャは父である、バルディにある願いを伝える。
「父様、この世界には、始まりの樹というものがあるらしいですね。私をそこへ連れて行って下さい。お願いします」
弱々しいサーシャの言葉に、「しかし、…」どうしたらいいのか迷っているようだ。
「父様、私は私だけではありません。私には魂の双子がおり、片割れが世界のどこかにいるのを感じます。私の思いを彼女に伝えたいと思います。どうか、お連れ下さい」
「わかった。時は急げというものだな」
「そうですね。私の命の灯が消える前に。父様お願いします」
「ガスキュール!」そう言うと、音も立てずに、ガスキュールが姿を現した。
「お呼びでございますか」
「始まりの樹のある世界に、サーシャを連れていくものとする」
「今からでございますか?」
「そうだ。サーシャのたっての願いであるからな」
ガスキュールは、今まで見せたことのないような真剣な顔をしている。
「姫様は大丈夫でございましょうか?」
「それは我にもわからず、天のみが知るものぞ」
そして、何とも言えない沈黙が流れる。
「ガスキュール、供を致せ」
「ははっ、バルディ様の仰せのままに」
バルディは思案を巡らし、「始まりの樹の近くに我が仮の宿を建てるものとする。一先ず、そこで落ち着こうではないか」
「ははっ」
バルディは、その時点で察していた。これがサーシャとの今生の別れになるかもしれないと。それ程に、サーシャの容体は悪く、悪化の一方だったからだ。
「では、行くとするかの」
バルディはそう言い、指をパチリと鳴らした。
そして、その場のバルディ、サーシャとガスキュールは姿を消した。
サーシャは何故、始まりの樹に行きたいのかを知る者は無く、それは、始まりの樹を目の前にすると判明するこことなったのだが。




