第6話
海人の父の会社は、自宅から車で約40分の距離にある。電車でも行けなくもないが、乗り換えが面倒なのもあるし、駅から会社は少し距離があるので、大抵の人は車を利用していた。車で行ける距離としては、そんなに遠いものでもない。
海人は軽自動車を持っている。アルバイトをして貯めたお金で買った中古の軽自動車だ。
大学入学の時に、父が車があった方が便利だろうと、車の購入までしてくれようとしたが、大学の学費も出してもらい、おまけに車まで買ってもらうのは、ただのボンボンなので、それは辞退していた。
最初は中古のスクーターを自分の貯金で買い、大学2年まではそれで通い、3年の始めの頃にバイトで貯めたお金で、今の中古の軽自動車を買うことが出来た。中古の軽自動車だが、前のオーナーが女性であったらしく、車の外装も内装も綺麗で、中古とは言わなければわからないくらいだ。
家の玄関を出て車庫の軽自動車に「どうぞ」と桜に同乗を勧めた。
桜は「お邪魔しまーす」と車の助手席に座った。
初めて乗るわけでもないのだが、こういう雰囲気が出せるのは、桜の性格だと思われる。明るく気が利いて、何事にも前向きな性格の持ち主である。
海人は車のトランクに父の着替えと弁当の入った、バッグを入れると運転席に乗り込んだ。
「じゃあ、桜ちゃん。行くよ」
そう言って車のスタートスイッチを押し、エンジンをかけた。
桜は「レッツ・ゴー!」…と楽しそうであった。
ハンドルを握り、車を運転する間に海人は、父親の会社について話そうと思っていた。桜が父親の会社に行くのは初めてであったからだ。
海人が言おうと思っていたら、桜の方から話しを振って来た。
「海人君のお父さんの会社って、最近良くテレビのニュースに出てた会社でしょ?」
海人にしては、予想外の展開であった。父の会社を桜は知らないと思っていたからだ。
「大当たり…だけど、良くわかったね」
桜が更に言葉を重ねた。
「だって、会社名が『夏目研究所』で、海人君のお父さんもテレビに出てたから」
最近、テレビに度々出ている海人の父の名前は、夏目健一郎であった。
桜の好奇心が隠せない質問が続く。
「海人君のお父さんの会社って、何かを作っているんだよね。どんなことしてるのかな?」
海人は、わかりやすく説明することにした。
「あのね、父さんの会社は、父さんが経営し所長を務める会社で、民間から軍まで、色々な開発を依頼されて、研究したり、作ったりする会社なんだよ。正確なところは、企業秘密とか守秘義務とかで教えてくれないんだけどね」
それを聞いた、桜は目をキラキラさせている。
「じゃあ、私が使っているものの中にも、海人君のお父さんの会社?研究所?で作ったものがあるかもしれないのね?」
桜の考えは、ある意味で正しく、ある意味で間違いとはいわないが、少し違ったので、海人は自身の持ちうる知識から、わかりやすく桜に説明することにした。
「製品そのものはないと思うけど、研究された技術が使われているのは、結構あるかもしれないね」
桜はどうやら納得したらしく、「そっかぁ」と頷いている。
そんな何気ない会話をしている会社への道中に、何やら異変があるのがわかった。警察車両である、パトカーを度々見かけ、更に行くと、検問まであったからだ。
そして、父の会社の前に着いた時に、その疑問は確信へと変わった。パトカーだけではなく、自衛隊の車両までを見かけたからだ。
どういうことだと思われた。これは明らかにおかしい。海人の脳裏には、少しならずに不安が過ぎった。
桜もこのただならぬ雰囲気に気づき、不安げな表情を浮かべていた。
腕時計で時間を確認すると、午後5時を少し過ぎていた。
海人は、桜に「ちょっと、待っててね」と言い残し、車を降り、会社の入り口正面にある守衛所へと逸る気を抑えて歩を進めた。