第62話
緩やかな坂道を下って行く。道幅は人二人が通れるくらいあり、地面を確認すると整備されたらしき痕跡も見られた。道の両脇には、彩り鮮やかに色づいた葉を見せる木々があり、感じた季節感は春くらいだろうか。暑くもなく、寒くもない。
「ちょ、ちょっと速くない?」
先を行く、ガスキュールは想像とは違い歩く速さが早い。
「これは失礼致しました」
ガスキュールは息を微塵も乱さずに桜に言ったのだった。
桜は思っていたのだが、やはり、ガスキュールは只者ではない。それに、ガスキュールは歩く足音を一切立てなかった。
「ガスキュール、あなた一体何者なの?」自然と疑問が桜の口から出た。
「私でございますか?私は、バルディ様の忠実なる僕であり、ただの執事でございます。それ以上でもそれ以下でもございません」
ガスキュールは顔色を一切変えずに答えたのだった。
「食えない男ね」
「私をお食べになる?おお、姫様こそ食えませんな」
「ここで漫才をする気はないわ。先を急ぎましょう」
「失礼致しました」
口論ではガスキュールに分がありそうだった。
仕方ないので、二人並んで黙々と歩を進めた。
暫くすると、周りの景色が変わり始めたのに気付いた。背の高い木々は姿を消し、これは…この香りは、桜の知る花の香り。そうだ、これはスズランの香りに近い。そして、少し開けた場所に出た。
「これは何なのかしら?」
黄色い背の低い花々に囲まれているようだ。
「これでございますか?これは『リッカ』と呼ばれる恵みの花というものでございます。大変に縁起の良い花でして、巡礼者はこれを一輪摘んで始まりの樹に供えるものです」
視線を先に送ると、この世界に来てから初めての人影らしき姿が複数人目に入って来た。巡礼者だろうと思われた。その巡礼者は、リッカの花を摘んでいるようで、それを大事そうに抱えている。遠目に見えた建物は、簡素な木造の平屋だった。
「この小屋は、巡礼者のための休憩所になっております」
「そうなのね。私達も摘んで行きましょう」
「私もでございますか?」
「そうよ。習わしでしょう?」
「…姫様がそうおっしゃるなら仕方ありませんな」
「何よ?何か問題でもあるのかしら」
「ございません。姫様の仰せのままに」
桜は、リッカの花を一輪摘むと、ガスキュールにも摘むように視線を送った。そのガスキュールは不承不承のような顔つきで、一輪摘んだのだった。
「バルディ様の別荘までもう少しです。その前に始まりの樹に供花すると致しましょう」
「わかったわ」
建物らしきものが遠目に確認できたが、多分、あれがバルディの別荘だろうと思われた。その少し先に始まりの樹らしきものが確認できたが、桜はその大きさに圧倒されることになった。
そう、始まりの樹は、その幹回りが150mはあったと思われたからだ。見上げると、高さは30mくらいあろうか。枝葉は豊かに茂り、広葉樹らしく青々とした葉が見えた。
「姫様、いかがなさいました?」
「何でもないわ。私の想像以上の大きさに、ちょっと驚いただけよ」
「では、姫様からどうぞ」
始まりの樹には、祭壇とかは一切ない。桜は、リッカの花を始まりの樹の根本に供えた。
ガスキュールは困った顔をしながらも桜に習った。
周りを見ると、巡礼者達が神妙な面持ちでリッカの花を供えて、一言二言祈ったかと思ったら、皆、その場を後にし、次の巡礼者と入れ替わった。
リッカの花は、不思議なことに淡く瞬いたかと思ったら、始まりの樹に吸い込まれるようにその姿を消していた。
「では、バルディ様の別荘に参りましょう」
「私に選択肢はないのね。わかったわ」
そう会話を交わし、桜とガスキュールはバルディの別荘を目指した。




